腰痛治療は北京堂へ

 腰痛の鍼治療     2001年4月更新


  さて今回は、膝から少し上がって、再び腰の痛みについてお話しします。

腰のツボ

 ぎっくり腰のツボというと、睛明、攅竹、人中、承漿、傷穴、腰腿点、腰痛点、後谿、懸鐘、委中、殷門などがあります。そして委中以外を腰痛治療に使うときは、置鍼して腰をひねったり前後に曲げて動かさせるのが一般的な治療法です。懸鐘や委中、殷門を使うのは、坐骨神経によって腰と通じていますが、顔や手の穴位を取ることは、どうも納得ができません。脳では顔や手の占める面積が大きいから、そこへ刺鍼すれば刺激で何とかなるのでしょうか?
 北京堂では、そのような納得できない治療は、最後っ屁としてシブシブ使います。
 では、いつものように北京堂が得意な、局所治療について語ります。

腰痛の原因―尿管結石
 腰痛の原因は色々あるのですが、前に坐骨神経痛のところで述べたので、ここでは少し補足する程度にしておきます。
 患者さんが腰痛と訴えて来られる場合に、必ずしも腰痛でない場合が少なからずあります。その代表的な例として尿管結石があります。
急に痛みが襲ってきて、腰が痛くて全く動けないので、てっきりギックリ腰と勘違されますが、鍼をしても即効性はありません。ですからギックリ腰のような症状であっても鍼をして効果がないときは、ほぼ尿管結石と思って間違いありません。
 尿管結石は、腎孟から落ちた石が、尿管という細い管に引っ掛かって炎症を起こします。尿から石ができるというと変に思われる方もあるかもしれませんが尿の主成分は、尿酸カルシウムやシュウ酸カルシウムです。シュウ酸はホウレンソウなどに多く含まれていますが、そうした酸と体内のカルシウムが結合し、、さまざまな理由で核ができて結晶が成長し、それが腎孟からポロリと落ちるのです。よく、トイレが黄ばむことがありますが、あの黄白色の汚れが固まってできた石と思ってもらえばよいでしょう。この石が尿管にストンと落ちるのですが、そのまま膀胱へすんなり流れて行かないのです。その理由は、尿管ストローが腎孟尿管移行部、外腸骨動脈交差部、膀胱壁部の3ケ所で狭くなっていて、そこに引っ掛かって落ちないからです。狭い管の中を、ゴツゴツした石が擦りますので、管壁は傷付けられ、炎症を起こして痛みます。
 この尿管結石は前触れもなく、突然襲ってくる痛みなので、よくギックリ腰と間違えられます。しかも身体を動かすと、石が動いて痛むので調べることもできません。
 尿管は腰の奥、大腰筋と腸の間で、腹大動静脈の近くにあります。ですから腹の奥とか腰の奥が痛むため、ほとんどの人が大腰筋の痛みと勘違いしてしまいます。特に腎孟尿管移行部に結石が引っ掛かった場合は、位置が上にあるので判りにくいのです。

腰痛の原因―腰椎の骨折
 次に考えられる原因として、腰椎の骨折があります。
 知り合いの高齢の患者さんが、ギックリ腰をしたというので呼ばれました。ギックリ腰の治療しても起き上がれません。そこで腰が痛くなった時の状況を尋ねてみると、庭で草を抜いていたとき、草にだまされて尻もちをついてから痛くなったとのことです。呼ばれたのは、夜の6時頃だったでしょうか。そのときに腰から音がしなかったかと尋ねると、そういえば音がしたとのことです。「ギックリ腰の治療をしても起き上がれないのだから、たぶん骨折だろう」と言って帰ろうとしました。そこへ患者さんの娘が帰ってきました。その娘というのは、看護婦から看護婦学校の先生になり、現在では看護婦を引退している人です。彼女の言うことには「そんなに簡単に骨は折れない」とのことでした。翌日に入院したのですが、やはりレントゲンにより、腰椎の骨折が確認されました。
 骨折も痛くて全く動かせないので、ギックリ腰だと思ってしまうのです。
 この経験で判ったのは、退職するような高齢になると、ちょっとしたハズミで骨折する人もあるということです。

 ギックリ腰で治療しても治らない場合、なぜ治らないのか説明しなければなりません。こうした患者さん達には「あなたは骨折でギックリ腰ではなかった」とか「尿管結石だ」とか言います。そしてレントゲンで確認してもらうのですが、骨折はともかく尿路結石の場合は「本当に結石だったことは結石だったが、それにしても米粒のような石が、そんなに痛むものだろうか?」と疑問を持った患者さんもおられたようです。でも鍼灸師は、治らない理由さえ説明すれば、無理に治療する必要はありません。むしろ治りもしないのにズルズルと治療を長引かせることが、信用を落とすのです。

その他の原因
 ほかにギックリ腰とは思わないが、腰背痛と間違いやすい疾患に、胆石や盲腸があります。こうした腸が痛む場合にも、患者さんが腰背痛と勘違いするケースがよくあります。やはり最初は患者さんの言うことを信じて治療するのですが、治らないので腹部を押さえてみて、「こりゃあ腰じゃなくて腹だ」というようなことがあります。ほかに脊椎カリエスや癌の転移などでも痛みます。ですから原因がよくわからなかったり、鍼治療しても効果が上がりにくければ、徹底的に検査してもらった方がよいと思います。

  『霊枢・経脈』を見ると、膀胱足太陽之脈の是動に「背痛腰似折、髀不可以曲(背が痛く、腰は折れるよう、大腿は曲げられない)」とあり、肝足厥院之脈の是動は「腰痛、不可以俯仰(腰痛で、腰を前後に曲げられない)」と言っています。
 『素問・刺腰痛篇』には「足太陽脈、令人腰痛、引項脊尻。背如重状(足太陽脈の腰痛は、後頚部と背骨から尻まで突っ張る。背中が重い)」
「少陽、令人腰痛、如以針刺、其皮中。循循然、不可以俯仰(足少陽の腰痛は、針で皮膚を刺すようである。徐々にひどくなって、腰を前後に曲げられない)」
「陽明、令人腰痛、不可以顧(陽明の腰痛は、腰をひねれない)」
「足少陰、令人腰痛、痛引脊内廉(足少陰の腰痛は、背骨の内側が突っ張って痛む)」
「厥陰之脈、令人腰痛、腰中、如張弓弩弦(厥陰の腰痛は、腰中が、強い弓の弦が張ったように突っ張る)」
「解脈、令人腰痛、如引帯。常如折腰状(解脈の腰痛は、帯を引っぱられるようなありさまである。いつも腰が折れている)」
「同陰之脈、令人腰痛、痛如小錘居其中、怫然腫(同陰の腰痛は、腰の中に金槌でも入っているようで、腫れぼったい)」
「陽維之脈、令人腰痛、痛上怫然腫(陽維の腰痛は、痛む上が腫れぼったい)」
「衡絡之脈、令人腰痛、不可以俯仰、仰則恐仆。得之、挙重傷腰(衡絡の腰痛は、腰を前後に曲げられず、身体を反らすと倒れそうになる。重いものを持ち挙げて腰を傷付けたものである)」
「会陰之脈、令人腰痛、痛上漯漯然汗出(会陰の腰痛は、痛む上にビッショリと汗をかく)」
「飛陽之脈、令人腰痛、痛上怫怫然(飛陽の腰痛は、痛む上が腫れぼったい)」
「昌陽之脈、令人腰痛、痛引膺、目然、甚則反折(昌陽の腰痛は、痛みが胸まで及び、目がぼんやりし、ひどければ反り返る)」
「散脈、令人腰痛、而熱。熱甚生煩、腰下如有横木居其中(散脈の腰痛は熱い。熱がひどいと煩躁する。腰の下は、横木が中にあるようだ)」
「肉里之脈、令人腰痛、不可以咳。咳則筋縮急(肉里の腰痛は、咳ができない。咳をすると筋が引きつる)」
「腰痛、侠脊而痛、至頭几几然、目欲僵仆、刺足太陽中出血(腰痛で、背骨を挟んで痛く、それず頭に達して引きつり、目がぼんやりして倒れそうになる。足太陽の委中を刺して出血させる)」
「腰痛上寒、刺足太陽、陽明。上熱、刺足厥陰。不可以俯仰、刺足少陽。中熱而喘、刺足少陰。刺中出血(腰痛で上部が冷えれば、足太陽と陽明を刺す。上部が熱ければ、足厥陰を刺す。前後に曲げられなければ、足少陽を刺す。中が熱くて喘げば、足少陰を刺す。委中を刺して出血させる)」
「腰痛、上寒不可顧、刺足陽明。上熱、刺足太陰。中熱而喘、刺足少陰。大便難、刺足少陰。少腹満、刺足厥陰。如折不可以俯仰、不可挙、刺足太陽。引脊内廉、刺足少陰(腰痛で、上部が冷えてひねれなければ足陽明を刺す。上部が熱ければ足太陰を刺す。中が熱くて喘げば、足少陰を刺す。腰痛で便秘があれば、足少陰を刺す。下腹が脹れば、足厥陰を刺す。腰が折れるように痛み、前後に曲げられず、腰を挙げることがきなければ、足太陽を刺す。背骨の内側が突っ張れば、足少陰を刺す)」
「腰痛引少腹、控、不可以仰、刺腰尻交者……発鍼立已(腰痛が下腹に及び、脇腹が腫れぼったく、身体が反れないければ、腰と尻が交わるところを刺す……刺鍼すれば、ただちに治る)」
 と、さまざまな腰痛が描かれています。そして『素問・刺腰痛』には、終わりに「発鍼、立已」と書いてあります。つまり刺鍼すれば、ただちに良くなるという意味です。慢性か急性かによって違いますが、急性腰痛ならば抜鍼すると9割ぐらい治った感じがし、慢性でも5割ぐらいは治った感じがします。それが腰痛治療の特徴なので、そうした状況にないときは、どうやら他の原因がありそうだと推測できます。

腰痛症状
 古代の腰痛症状を分類すると、主に3つに分類できます。一つは帯を前に引っ張られるような症状で代表される、前屈みで腰を伸ばせない状況。私の訳した資生経では佝傴と表現されていますが、腰が曲がった状態です。
 次は反折で代表される、身体が反り返って前に屈めない状態。
 そして不可以顧で代表される、左右に腰をひねれない状態です。

 それぞれの筋肉で考えてみます。
 鍼の書物には「筋脈が引きつると痛む」と書かれています。筋肉が引きつると、そこを通っている神経も圧迫されますので腫れぼったい感じがしたり、局部的に筋肉が堅くなってシコリとなれば何かが入っているような気がします。

腰が前屈みになって伸ばせない―大腰筋のひきつり
 腰が前屈みになって伸ばせない状態ですが、背骨の前側にある筋肉が痙攣して引きつると、その筋肉を無理に伸ばすような姿勢ができません。腰部で、背骨の前側にある筋肉はというと、大腰筋になります。この筋肉は、「筋性の坐骨神経痛」のところでもでも紹介しましたが、背骨の第12胸椎から第5腰椎までに起こり、大腿骨小転子に止まっています。この筋肉は、背骨から腹腔までの厚みがあって、横隔膜に接しています。それで咳をすると痛むのです。咳をすると横隔膜が激しく上下しますが、大腰筋は横隔膜と接しているため、大腰筋が刺激されて痛むのです。また小腰筋も同じように走行しています。これは第12胸椎と第1腰椎から起こり、寛骨の腸恥隆起に止まっているので、やはり同じような症状が起きます。痙攣した筋肉は、血管や神経を締めつけているので、ちょっとした刺激でも神経が痛みを感じます。腸を動かす自律神経も背骨の裏側から出ていますので、腰痛もあるが便秘するという人は、大腰筋が自律神経を圧迫している可能性もあります。だから大腰筋を治療すると「腰痛が治ったうえに、足も痛まなくなった」とか「腰痛が治ったついでに、便秘も治った」などと言われます。大小腰筋は深部にあるので、腰を押しても全く痛みを感じません。また深部だから痛む位置も正確に判らず、左右すらはっきりしません。鍼を刺入して筋肉へ当たったときに、初めて左右どちらの筋肉が痙攣しているか判ります。
 「坐骨神経痛」編でも紹介しましたが、この筋肉を坐骨神経が貫いているため、腿にも痛みが現れたりします。それを中国では腰腿痛と呼んでいます。
 この治療は坐骨神経痛の治療と同じですが、梨状筋は無関係だから、お尻へ刺入する必要はありません。

骨折や尿管結石との鑑別診断
 骨折や尿管結石との鑑別ですが、骨折の場合は尻もちをついたり、そのときの状況を詳しく尋ねれば判断できます。尿管結石との鑑別ですが、ギックリ腰は安静にしていても痛みますが、尿管結石はじっとしていると痛みが少ないです。しかし動く瞬間に石が擦れて痛みます。それに大腰筋が痙攣していると腰を伸ばせないのですが、尿管結石は腰をピンと伸ばしていますから区別できます。それに立ったまま背骨あたりをドンドン叩いてやれば、結石ならば衝撃で石が動くので痛みます。ギックリ腰は割と平気です。

大腰筋への刺入方法
 大腰筋への刺入法については、「坐骨神経痛」編で紹介しましたので、ここには詳しく述べません。しかし、そこでチラッと触れましたが、男と女の臍下1cmにおける違いを紹介します。下図は、文字が見にくいのですが、人の輪切りです。いろいろな輪切り書を見ましたが、筋肉の付き方が次のように如く異なります。女性は腹直筋や腹斜筋が薄く、しかも大腰筋が椎体の下まで達していません。それにひきかえ男性では、全体の筋肉が厚く、特に大腰筋が発達しています。上が背中ですので、見えにくいのですが、上から脊柱起立筋、腰方形筋、大腰筋となり、なにやら文字の書いてある部分は腸で、腹腔になります。恐らく女性では、妊娠して胎児が入るため、こんなに薄くなっているのでしょう。骨盤腔も、大腰筋と腸骨筋が非常に薄くなっています。こうしたことから女性に膝が痛む人が多いのもうなずけます。文字が消えましたが、一応左男、右女です。

 身体が反り返って前に屈めない状態は、背骨の後ろ側にある脊柱起立筋が痙攣しています。この筋肉は背中側の表面にあるので、手で押すと痛みを感じます。この筋肉は、頚の後ろから始まって、腰骨の中央に達しています。背骨の後ろ側にあって痙攣しているのだから、この筋肉を伸ばすような動き、つまり前屈みになると痛みます。そして上は後頭部、下は腰骨中央まで達しているため、その間に影響を与える神経は数知れません。たとえば後頚部の筋肉が引きつければ、そこには風池という眼に関係したツボがありますし、そこから頭に神経が走ってます。後頚部は血圧にも関係しますので、頭がクラクラしたりします。また頚から背中にかけての脊柱起立筋は、背中が痛むことは当然ですが、胸椎から肋間神経が出ますので、胸が痛くなったりします。この脊柱起立筋が突っ張ったときは、同じ腰でも上部、つまり腰と背中の境目あたりを押すと痛みがあります。

多裂筋
 「前屈みすると痛いのに、背中も痛くないし、腰上部にも痛みがない。むしろ腰と尻の間が痛む。これはどういうことなのか?」という、質問があがるかもしれません。黙っていたのですが、背骨の後ろ側には、もう一つ小さな筋肉があります。腰骨中央から腰椎の2~3番目にかけて、二等辺三角形の小さな筋肉があります。それは多裂筋で、これこそ局所にしか痛みがなく、局所治療で治ってしまいますので触れる必要がないと思ったのです。この筋肉は、腰の下部を強く圧迫すると痛みますが、他には全く症状がありません。痛むのですが、放っておいても他に影響を及ぼすようなことはありません。その上部で腰椎の肋骨突起間に着いている筋肉は横突間筋です。多裂筋は結構厚みがあるので痛みます。ひどければ椅子に腰掛けていても痛みます。多裂筋については、その上を2寸ぐらいの鍼で絨毯爆撃してやれば治ります。

脊柱起立筋
 問題は脊柱起立筋のほうです。
 これは腰背痛と呼ばれる腰痛で、腰と背中の境目、だいたい背骨の12番目前後に痛みがでます。しかし慢性になると、上後腸骨棘に痛みがでてきます。図で言うと、背骨の下にある両側の楕円形をした出っ張りです。最初の図を見てもらうと判りますが、脊柱起立筋は腰椎までが筋肉ですが、仙骨あたりで白くなっています。その白くなった部分は、腱に変わっていますよという表現です。筋肉と骨は組織が違うので、筋肉は骨に付着するとき、骨膜に似た組織に変化します。その部分を腱と呼びます。
 中国では、筋肉を肌肉と呼び、腱を筋と呼んでいます。でも古代中国では、肌肉は皮下にある脂肪組織を意味し、筋は筋腱と言って、筋肉と腱を一緒に呼んでいました。
 最初は、脊柱起立筋の中央部分が痛くても、時間を経れば筋肉と骨の付着部に痛みがでてくることは、鍼灸の世界では、よく知られたことです。その証拠に、筋腱と骨の付着部は、痛みのでるツボとして、膝でも曲泉や膝眼、鶴頂がありました。肩では肩三鍼という痛みのでるツボがあります。
 そして上後腸骨棘の胞肓穴があります。しかし、その実体は、脊柱起立筋の痙攣なので、それを緩めるためには少なくとも第7胸椎の両側2cmぐらいから第5腰椎の両側まで、各背骨の間へ刺入してゆきます。もちろん痛む側だけで結構ですが。そうして20~40分ぐらい留鍼しておけばほぐれます。
 えっ!この方法には、いろいろと疑問があるって?だいたい今まで置鍼といっていたのが、なぜ急に留鍼になったのか?それはパンフレットに置鍼と書いていたら、患者さんに「置き鍼」と読まれて、非常に怖がられたからです。「置き鍼」というのは、明治時代にやられていたようですが、身体に鍼を入れて、ペンチか何かで鍼を切っちゃう方法です。とうぜん現在は禁止になっています。おおかた鍼の管理が悪い人が、鍼が切れちゃったから置き鍼だと誤魔化したのでしょう。置き鍼では、体内に一生鍼が刺さったままなので、後に障害がでることは言うまでもありません。留鍼は、鍼の聖書である『黄帝内経』に書かれている言葉で、「鍼を一時的に留めておく」という意味です。中国でも留鍼と呼びます。このほうが意味が分かりやすく、恐怖感もないと思います。

背中の刺し方
 なんで胸椎が2cmで、腰椎が3cmなのかというと、背骨は下にゆくほど重量がかかるため、それに応じて大きくなるので、下の腰椎は相当の面積に筋肉が載っています。2列に刺入したほうがよいのではと思うくらいです。
 各背骨の間じゃなくて、棘突起間の間違いじゃあないかって?華佗夾脊穴というのがあります。これは棘突起間の外側と、棘突起の外側という解釈があります。棘突起は、けっこう下向きに伸びていますが、頚では前にカーブ、胸椎では後ろへカーブ、腰椎では前にカーブしていますので、棘突起間だと第7頸椎や第1胸椎あたりはうまく入るのですが、下へゆくほどズレがでて、うまく横突起間に鍼が入ってくれないのです。だから棘突起間にすると、深く入るのもあれば、浅くしか入らない鍼もでて、ムラになってしまいます。むしろ上手に入った鍼と鍼の間隔をみて、それを参考に刺入したほうがよいようです。私見では、華佗夾脊穴を第7頸椎付近および腰椎では棘突起間、第7胸椎から第12胸椎までは棘突起の外側がよろしいのではないかと思います。そうしないと横突起や肋骨突起の椎弓に邪魔されて、あまり入りません。
 中国の本には、背中の穴位には留鍼してはいけないと書いてありますが、これはもっともな意見です。
 背中には、胸郭に肺が入っています。鍼の聖書である『黄帝内経』には「鍼は正しく持て。左右に刺入してはならない」と、垂直に刺入するのがベストと書かれています。しかし、この方法で背中の兪穴へ刺入すると、肺に刺さってしまいます。だいたい背兪穴は背骨の外側1.5寸にあり、背骨から約3cm離れています。この距離から刺入すれば、肺に刺さってしまいますが、肺は軟らかいので当たった感覚がありません。そして頻呼吸や胸痛などの症状が起きます。「肺に小さな穴が開いたぐらいで、そんなことになるはずがない」とおっしゃる方もおられるでしょうが、実際はなるのです。後遺症は残りませんが。
 つまり、鍼は軟らかくとも、刺した部分は胸壁に固定されているので動きません。しかし人は呼吸しているので、横隔膜に伴って肺も上下しているのです。そこで壁から出た鍼に刺さった肺が、上下に動いている図となり、肺が引き裂かれて切れた状態になるのです。恐らくその中国の本の著者は、背中で留鍼をしていて、その間に呼吸で肺が切れて、息ができなくなった経験を持っていると思います。それで留鍼するなといったのではないでしょうか。(詳しくは三和書籍『刺鍼事故』劉玉書を参照)
 
 実際、別の本にはこうあります。肺に鍼を刺しても大丈夫。ただし、相手が呼吸する前に抜け。
 確かに、そうすれば小さな穴が開くだけだから、すぐに塞がってしまうでしょう。これも自らの治療経験に基づいたものと思われます。しかし、すぐに抜いたら効果がないのではないでしょうか?
 これは刺鍼法に問題があって、留鍼に問題があるわけではありません。肺に入らないように刺入すればよいのです。もし刺さったら、呼吸する前に抜けばよいのです。うちの嫁さんにも、「あれ?もしかして少し刺さったかな」と感じることがあります。その瞬間に抜きますので、本人はなんともないと言っています。      右図は脊柱起立筋

 三国時代の名医である華佗も、恐らく最初は気胸ばかり起こしていたことでしょう。その証拠に華佗が編み出した夾脊穴は、背骨の外側0.5寸ないし1寸にあります。0.5寸と1寸の両説あってはっきりしないのですが。
 特に外側1寸のほうは、直刺すると椎体に当たり、肺に刺さらないばかりでなく、背兪穴と同じ効果が得られます。椎体の外側が、ちょうど中心から2cm離れています。だから椎体の外側に当たって止まります。こうした穴位を開発したと言うことは、数々の失敗をして、人に罵られたからに違いありません。ただ私の感では、背骨の外側1寸はギリギリのラインなので、少し椎体の方を向けて刺入すれば、絶対に椎体で止まって肺に刺さらないはずです。
この距離も男女差があって、女性では1.3、男性1.6寸の鍼、痩せてミイラのようなおばあさんで1寸、太った女性や男性では2寸の鍼が適当かと思います。筋肉質の男性では、2.5寸鍼が必要なこともあります。鍼体は少し残しますので、その程度が適当でしょう。そして、ほかの鍼は、それなりに入っているが、新しく打った鍼がもし根本まで入るようなら、すぐに引き上げれば問題が起きません。そこで何故入ったかぼんやり考えていたりすると、患者さんが呼吸して気胸になります。気胸になったら聴診器で呼吸音や心臓の鼓動を聞き、気胸と確認したら病院送りです。だから肺が動く前に抜いてしまいます。鍼が浅くしか刺さらなかったら、あわてることはありません。ゆっくり抜いて、刺入部位を上下にズラせばよいのです。あまり巧く入りすぎますと、肋間神経を刺激して、前胸部にまで鍼感が走るので、患者さんが嫌がります。神経を刺激しても、しかたないので、筋肉層へと引き上げてください。

 恐らく華佗は、どうしても『黄帝内経』の直刺を守りたかったのでしょう。背骨に向けて斜めに刺入すれば、何事も問題が起きないのですが。それから背中の穴位だからといって、背骨から3寸離れた穴位に刺鍼することはやめてください。あのラインは膏肓があることから判るように、お灸のツボで刺鍼する部位ではありません。肉が最も薄く、灸の熱が肺へよく届くのです。そのように肺と隣接した部位に刺鍼すれば、1寸も刺さないうちに気胸が起きてしまいます。それから内部に内臓がある場所では、鍼でつついたり鍼を回したりなどの操作をしないことは、言うまでもありません。
ただ、そのまま押し入れ、少し深く入りすぎるようならば、直ちに抜いて方向を変える。これがポイントです。 
 どうしても背骨から3寸ラインへ刺鍼したかったら、円皮鍼か梅花鍼を使うべきです。梅花鍼で叩刺して、ゴム製の吸玉で血を吸わせれば、即座に痛みが取れます。ゴム製の吸玉がミソです。ガラスやプラスチック製では、肋骨の間から空気が入って、吸着しません。ゴムの吸玉ならば、デコボコしたところへでも、吸い口が変形しながら吸着します。

腰方形筋
 最後に、第12肋骨と腰骨(腸骨稜)を繋いでいる腰方形筋について話ます。肋骨も腸骨も厚さがないため、それに付着する腰方形筋も厚みのない形をしています。この筋肉は腰椎の肋骨突起にも付着し、腸骨と肋骨を繋いでいます。ですから背骨の傍らへ刺入しても、鍼の表面積は非常にわずかです。両側にあるのですから、身体を左右にひねると、中心の背骨はあまり動きませんが、腸骨と肋骨間は広くなったり狭くなったりします。縮んでいるのだから広がる動きをすると痛むのですが、縮む動きをしても影響しませんせんので左右が判ります。これが「不可以顧」で代表される腰方形筋の痙攣です。これまでの筋肉は、背骨を挟んだ前後にあるため「前に屈む」とか「後ろへ反る」ときに痛みましたが、これは背骨の横に着いているため、前に曲げても後ろに反っても、その瞬間が痛みます。
 大腰筋は、腰掛ければ楽だが、立ち上がるときに大変。また脊柱起立筋や多裂筋は、立っていると楽だが、腰掛けると大変。こうした鑑別ができたのですが、この腰方形筋は身体の横についているため、立っても腰掛けても長さに変化がなく、立つ瞬間とか腰掛ける瞬間に痛みます。だから「不可以俯仰」つまり前に屈んでも、後ろに反っても、その瞬間に痛みが出ます。しかし所詮は薄い筋肉ですので、動けないほど痛むことはありません。
 このような薄い筋肉ですから、上から刺しても当たりません。男女の輪切り図を見て下さい。上から刺しても、手の甲に刺しているようなものです。こうした場合、たとえば後谿へ刺鍼する場合、労宮とか合谷へ向けて刺入しますわなぁ~。これも同じように、身体を横にして、横から背骨に向けて刺入します。こうすれば筋肉の最も幅広い部分へ刺入できるので効率的です。1cmしか刺入できないのと、10cm刺入できるのでは、えらい違いです。

 また朱漢章の『小鍼刀療法』には「第三腰椎症候群」なるものが記載されています。それによると、腰椎のうち真中の第三腰椎は肋骨突起が大きいため、激しい運動によって肋骨突起の先端が筋肉と擦れて筋膜が破れると、第三腰椎肋骨突起の先端と筋肉が癒着する。そのために動くと痛みが出ると主張しています。この本では小鍼刀を使って剥がすと書いてありますが、肖万坤と鄭鳳潔の『軟組織損傷松針療法』には、太い鍼を刺せば血流がよくなって自然に治ると書いてあります。朱漢章は、新版の中医教材を書いている先生。肖万坤と鄭鳳潔は、中国陸上馬軍団の専用医師です。どちらも捨てがたいのですが、私の経験では太い鍼でも治るようです。

 こうして『素問・刺腰痛』は、大腰筋、脊柱起立筋・多裂筋、腰方形筋の症状に分類されたのでした。

中臀筋と小臀筋
 腰ではないのですが、よく腰痛だといって来られる方に、中臀筋と小臀筋が痙攣して痛む人がおられます。この場合は、立っていると楽なのですが、椅子に座ったり、しゃがんだりすると、腸骨稜と大転子を繋ぐ中小臀筋が引っ張られて痛みます。その場合は、この筋の付着部である腰骨、つまり腸骨稜に痛みがでます。つまり腰骨が横のラインに沿って痛む人ですね。腸骨稜は、脊柱起立筋も腱膜となって付着していますので、一見すると区別できないようですが、脊柱起立筋は中央部の痛み、中臀筋は少し外側に痛みがあるし、中小臀筋を押さえてみれば判ります。また梨状筋が痙攣している場合もあります。こうした尻の痛みを、すべて腰痛だといって来られるので面倒です。また外側大腿皮神経が、腰椎から大腰筋に出て、腰方形筋を通り、中小臀筋を通過している人がありますので、それが痙攣して大腿外側に痛みが出ることもあります。
 この中臀筋が引きつると、椅子に腰掛けると痛むことも確かですが、身体が横に歪んで斜めになることが多いのです。
 お尻の筋肉が痙攣しているのに、腰痛だと言って来る患者さんがあるので、よくお尻を触ってみることが重要です。特に老人看護の方や看護婦さんなどは、病人をお風呂へ入れるときに、どっかに片足をかけて力を入れるため、中小臀筋が痙攣したりします。だから老人看護の方や看護婦さんで、腰が痛いと来られた方は、お尻ではないかと疑ってかかる必要があります。
 まあ、筋肉は人による個人差が少ないのですが、静脈や動脈、神経などは個人差がひどく、とくに静脈や神経の通り道は、個人によって場所が違いますので、北京堂のいうことを絶対本当だと信じ込まず、まぁ大体において、こうしたものだと思ってください。当たらねど遠からず、半分ぐらい信じてちょうどいいぐらいですかね。信じられるのは、どこからどこまで筋肉が着いているかとか、骨の数ぐらいなものです。それだって怪しい人がいる。それぐらい、いい加減なものですよ。
 背筋にしたって、付いている場所は共通なんですが、太さはバラバラです。今まで一番背筋が細かった人は、90歳ぐらいの婆さんで、背筋が5mmぐらいしかなく、すぐに背骨へ当たりました。太い人は何人かいましたが、石屋さんと、大学で重量挙げをやっているという人。何でも軽自動車ぐらいならば、二人で運んで隙間に入れてしまうそうです。背筋の厚さは6㎝ぐらいで、日本鍼の二寸半をつっこんで、やっと背骨に達しました。ふつうの背筋が厚い人なら二寸も入れれば届くのですが、当たり前なら腰へ使う鍼を背中へ入れているのですから、幾らでも入るので、けっこう恐かったです。でも背骨に達しなければ、肺へ入る恐れもあるので、鍼が背骨で止まっていることを確認せねばなりません。5mmと6㎝では、12倍の差があります。同じように大腰筋、臀筋なども差があるので、何㎝入れたらよいかという問題は、人を見て決めるとしか言えませんね。だいたい大腰筋はウエストを見て、また性別によって、また年齢によって決めるしかないですね。男は厚く、肉体労働をしていれば厚く、20歳以下なら細くて、25~40歳ぐらいなら太く、それ以上で痩せていれば細くなる。身長が小学生ぐらいで、痩せていれば、大人でも二寸鍼で大腰筋に届きます。また身長が180㎝以上あれば、三寸半を使わないと効果が悪かったりします。
 いろいろと試した結果、筋肉は貫いてしまうと効果が悪く、達しなければ効果が無く、そこに鍼尖が達しているのが最も効果があるようです。だから大腰筋へ刺入するときも、足の挙がり具合とか、筋肉の力も考慮し、一般には二寸半から三寸を刺入し、それで効果が悪ければ三寸半を使うというように、状態を観察しながら鍼を長くしてゆきます。だから深く刺入すれば、深く刺入するほど効果があるというのは嘘です。中国の先生には、そう考えている人も多いのですが、それは昔の中国鍼が、鍼の表面がザラザラで、貫いたとしても鍼体のトゲトゲで効果があったからです。つまりトゲだらけの薔薇を身体に入れて治療していたようなものですから、現在のスベスベ鍼では、貫いてしまっては効果が悪いのです。だからその筋肉が、どの深さから始まって、どの深さで終わるかが重要になってきます。また一つの筋肉でも、全体が引き吊っているわけではなく、その筋肉の一部の筋線維が引き吊っているのですから、同じ大腰筋にも問題のない部分と引き吊った部分があります。例えば人民衛生出版社『人体断面解剖図譜』を見てみますと、69ページの男性の写真など、左側の大腰筋の中心部が白くなっています。その部分が引きつって瘢痕化しているため、白くなっているのです。そこが病巣部となっています。つまり大腰筋に刺鍼するだけでなく、その筋肉で硬くなっている部分を鍼で捜さねばならないのです。そこへ鍼尖を当てます。
 ここに挙げた図は、ほとんどベースボール・マガジン社の『運動解剖学図譜』中国語版の挿し絵です。
 まとめると、一口に筋筋膜性腰痛と言っても、①腰の伸ばせない大腰筋痙攣、②前屈みの出来ない脊柱起立筋の硬直、③椅子に腰掛けると痛んだりすれば中臀筋や腰部下部にある多裂筋の硬直、中臀筋では腸骨稜が痛んだり、身体が横に斜めになり、多裂筋では中央部が痛むので区別できる、④腰掛ける瞬間や立ち上がる瞬間に痛み、腰を左右にひねれない腰方形筋の硬直に分けられること。そして脊柱起立筋、中臀筋は押さえれば痛むから判ること。多裂筋は脊柱起立筋がクッションになっているから押しても判りにくいが、強く押さえると鈍い痛みを感じるから判ること。大腰筋は、腰椎の肋骨突起で遮断されているため、押しても痛みを感じないが、横隔膜と接しているため咳をすると痛むこと。また咳をしても痛むため、尿管結石と間違えやすいこと。だが尿管結石は真っ直ぐ立っているが、ギックリ腰は大腰筋が痙攣しているため腰を伸ばせない。あと外から叩いても大腰筋痙攣では響かないが、尿管結石では外から叩くと響くことが鑑別のポイント。腰方形筋は、患者を側臥位で寝かせ、上から圧迫すれば触れること。以上が北京堂式腰痛治療のポイントです。だから北京堂の弟子などは、すべてこうした事柄、例えば腰を曲げて入ってくるとか、椅子に腰掛けると痛がるとかを見て、最初にどの筋肉が硬直しているのか当たりを付けるのです。辨病でも辨証でもない、辨筋。あまり美しい響きではないですね。便菌みたいで。
 最後に、もう一つ。以前に、脊柱起立筋が凝って、背骨の奥まで刺鍼しているのに関わらず、何ヶ月も一向に治らない患者さんがいました。一時的にしか治らないのです。それで腋も痛いから刺してくれと言う。そこで腋から肩甲下筋、烏口腕筋、大円小円、棘下筋の集中した部位へ刺入し、大胸筋まで到達させ、40分ほど置鍼して緩めたら、それで脊柱起立筋の凝りが取れたのでした。凝るのは胸椎の5から10ぐらいなので、神経的には説明が付かないのだけれど、恐らく個体差で、その辺りから出ていた神経が大小円筋にでも行っていたのだろうか? それとも筋肉と神経のリレーで、そうなったのだろうか? いやはや人間の身体には、時として説明の付かないことがあります。でも、経験として、背骨の周囲へ幾ら刺鍼しても凝りの解れない場合、背中側の臑兪辺りから中府付近へ透刺すると、脊柱起立筋が緩むことがあります。

「北京堂式、
腸骨筋刺鍼」
 腸骨筋はレアなので、記載する必要がないと思ったのですが、レア過ぎて刺入方法を忘れている弟子に注意。
 まず「北京堂式、腸骨筋刺鍼」では、患者を仰向けに寝かせます。次に膝裏へ三角枕を入れます。ここで三角木馬ではないことに注意してください。三角木馬は痛いので、あくまでも三角枕を入れます。
 こうして腹筋を緩めたら、さりげなく腸骨稜を探ります。そして腸骨稜の上から下まで3~4本ほど刺入します。男は直刺に近い斜刺で、女は斜刺で刺入します。なぜ女は斜刺かというと、骨盤が広がっていて、お尻が大きいからです。3~3.5寸の5~10番鍼を刺入します。こうして左右の腸骨筋へ同時に刺入しますが、片方だけでも結構です。
 骨盤に当たれば、刺尖転向により角度を変更しながら刺入します。鍼を寝かせ過ぎると、腸を傷付けて腹膜炎が起きたり、腸骨動脈を傷付けるので、寛骨に沿わせながら角度を変えつつ刺入します。


 さて、無駄話を再び。

 これまでに鍼感の伝導、そして運鍼操作から、経脈は血管や神経ではなく筋線維だとの主張を繰り返してきました。『内経』に「経穴は神気の遊行出入するところで、皮肉や筋骨ではない」とあるじゃないか。だから筋肉である筈がない。なにバカなこと言ってんだと有識者の声が聞こえてきそうでございます。
 この句に基づけば皮肉筋骨以外の組織、つまり脈か髄、現代の概念で申しますと血管か神経になります。脈が血管は理解できるが、髄が神経とは、どういう神経していると叱られそうです。これは脳髄、脊髄、骨髄という単語を見て判るように、骨に囲まれた組織を髄と呼んでいます。そして鍼聖書には、もっとも大きな髄は脳であるとし、脳を髄海(髄の集まりという意味)と呼んでいます。もっとも骨内部にある髄が、骨を栄養しているんだという誤った考えもしていますが、当時では脳や脊髄、骨髄は骨を栄養しているもので、考えたり感じたりする組織ではないと考えられていたのです。そりゃあ指導者を頭と呼んでいるので重視したように見えますが、実は古代中国では、戦争で本当に敵の大将を討ち取った証拠として頭を持ち帰り、確認するだけのものだったのです。心臓を持って帰っても、白雪姫のときのように動物の心臓か本物か区別できないですから。この頭は、確かに本人のものと確認されたら鍋でドロドロになるまで煮ます。
 ああ横道に逸れてしまった。経脈走行を調べてみますと、血管の走行とは似て非なるもので、また神経の走行とも違っています。古代では髄が骨の中を通っていると考えられていたので、これは除外することにします。すると血管ですが、上肢でも下肢でも血管と経脈は、およそ一致していません。一部が重なるかなという程度です。しかし筋線維と経脈走行を比較してみてください。ピッタリ一致しています。ただ体内の経脈では、体内に横紋筋は心臓だけですから一致していません。しかし動脈や静脈とは、かなり一致しています。だから経脈とは、四肢などの体表は筋脈、体内では血脈、両方を総合したものを経脈と言っているのではないかと思います。ただ実際に刺鍼するのは経穴がある体表四肢の経脈だけで、体内の経脈は連絡関係を知るのみで刺鍼しませんから、実用的な経脈は筋肉と考えます。経脈は十二ありますが、12を筋肉の塊である手足の数4で割れば3になり、それは太陰、少陰、厥陰;太陽、陽明、少陽と陰陽を分けた数3とも一致するので、手足の筋肉から12経脈を決めたとするのが自然に思えるのですが。
 こう考えると経脈である筋脈へ刺鍼し、体内にある正経の血脈には刺鍼しないとなります。つまり筋肉には刺鍼してよいが、血管に刺鍼すると悪い。『素問・刺禁論』には「刺上、中大脈、血出、不止死。刺面、中溜脈、不幸為盲。……刺舌下、中脈太過、血出不止、為。刺足下布絡、中脈、血不出、為腫。刺、中大脈、令人仆脱色。刺気街、中脈、血不出、為腫鼠仆。……刺手魚腹、内陥為腫」と、血管へ刺鍼すると問題が起きることが述べてあります。もっとも、ここには内臓に刺鍼たり、脊髄や中枢神経へ刺入して問題が起きることも述べてありますが、筋肉へ刺入すると問題が起きるとは一言も書いてありません。ここには内臓、血管、脊髄や脳髄などの神経へ刺鍼すると危険なことが書かれています。心臓は横紋筋だから、危険はないのではと考えられる素人さんもいらっしゃるかと思います。心臓は動いて摩擦するため心嚢という袋に入っていますが、心臓に刺して穴を穿つと、心臓の収縮によって穴から血が噴き出します。その血が心臓と心嚢の隙間に溜り、心臓を圧迫します。心臓は縮むことはできますが、広がることは弾力性で広がります。しかし圧迫されたままですと、広がる力はありませんので収縮したままになります。特に心臓疾患かがあるときに心臓へ刺さりやすいと書物には記載されています。
 つまり鍼聖書には、血管や神経へ刺鍼してはならないと記載されていることが言いたかったのです。経脈は刺鍼するものですので、それが刺鍼の禁じられている神経や血管である筈がありません

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