五十肩の鍼治療 2002年5月21日更新
さて、今回は、また腰から少し上がって肩の痛みについてしゃべります。
五十肩のツボというと、局部取穴では肩三鍼、肩髃、極泉、遠道穴では対側の条山(条口から承山への透刺)や陽陵泉などへの運動刺鍼が知られています。条山は、対側の条口から承山へ3寸10番の鍼を透刺して、痛む肩を痛む方向に回しながら鍼を押したり引いたりするのです。鋸引きといって、5~6寸の鍼で透刺し、反対側に突き抜けた鍼の先を左手で持ち、鋸をひくように前後させるなんてドギツイ方法もあります。陽陵泉は一般に同側を取り、2寸10番の鍼を出し入れさせながら痛む腕を動かします。すると中国医学の不思議、肩の痛みが足で徐々に消えて行きます。
私の経験では、極泉から肩髃や肩髎などへの透刺は少々効果があるように思いますが、肩三鍼は疼痛点ではあるものの治療点ではないという気がします。やはり遠隔穴の条山や陽陵泉は効果があります。しかし、しばらくすると痛みが復活してくるようです。肩の痛みは腓腹筋と関係があるとのことで、こうした遠隔穴を使っているようですが、私にはどうも納得できません。
では、いつものように北京堂が得意な、局所治療について語ります。
五十肩と坐骨神経痛の共通点
五十肩は、ある程度腰痛とも関係があります。というと前回にも坐骨神経痛は膝の痛みと関係があり、腰痛も坐骨神経痛と関係があると言っていたので、なんでもこじつけるとの非難の声が聞こえてきそうです。
そうです。なんでもこじつけ、関連づけているのです。その関連は、こうです。
腰痛の種類に、腰背痛というのがありました。これは主に脊柱起立筋の痙攣が原因だと言いましたが、脊柱起立筋は、上は後頭部から下は腰骨に付着していました。ですから頚や背中とも関係があります。ただし腰背痛の場合は、胸椎7番目ぐらいから下に問題がありますが、五十肩は胸椎6番目ぐらいから頚椎にかけて問題があります。そして肩に下がる神経は、第5頚椎から第1胸椎までの神経によって構成されています。そのため頚から背中までの脊柱起立筋を緩めることは、腕に行く神経の根部を緩めることになります。次のように筋肉を表面から剥いでゆくと、脊柱起立筋の下にもゴチャゴチャと小さな筋肉がたくさん骨に付着していると判ります。
ここでは天安門騒ぎの時に西単の新華書店で買った、人民体育出版社の『運動解剖学図譜』を94~95ページと、104~105ページの図を引用します。こうした絵を模写するのは、嫁に下手うまと呼ばれている私でも大変ですから。頚や肩は筋肉が多いもので。
ここで坐骨神経痛との共通点を見てみましょう。坐骨神経痛のとき、その原因として椎間板ヘルニアが多いと述べました。五十肩も坐骨神経痛と同じで、五十肩かなと思ったら頚椎ヘルニアだったりします。そのヘルニアが肩の神経を圧迫して痛みが起きていることがあります。逆に頚椎が脊髄を圧迫して、坐骨神経痛の起きていることもあります。さらなる共通点は、坐骨神経痛はギックリ腰をほったらかしにし、腰痛から進行したものが多いのですが、五十肩も頚や肩の痛みをほったらかしにし、それが進行して起きたものが多いのです。それに坐骨神経痛が重量物を持ったり、前屈みの姿勢が原因であったように、五十肩の場合も頚を前屈みで長時間下を向いたりすると、頚椎に実際以上の力がかかって障害されて起こります。また下を見つづけると、頚の後ろ側の筋肉群が頭を支えるため収縮しっぱなしになり、筋肉が収縮すると、筋肉を貫いている血管が圧迫され、血の循環が悪くなって、ますます筋肉が収縮し、神経を締めつけるという悪循環に陥ります。また中国の書物には、頭に荷物を載せて運ぶ民族は、やはり頚のヘルニアや肩こりが多いと記載されていました。
ヘルニアならば、坐骨神経痛のレーザー治療と同じく、光ファイバーを入れてレーザーで椎間板を蒸発させ、圧力を低めればよいじゃないかとなります。ところが話は、そう簡単ではないのです。
腕へ行く神経は、首の骨から左図の右側、頚深層で側面に付いている筋肉の間から出ています。図は人民体育出版社の『運動解剖学図譜』165ページを引用。左端図の頚側面の筋肉が後斜角筋、中斜角筋、前斜角です。この間から腕に行く神経が出ています。
腰の場合は、筋肉が大腰筋、腰方形筋、脊柱起立筋の3つですが、頚には細かい筋肉が沢山あり、神経も豊富なうえ、作りもキャシャなため手術のような切った貼ったには向きません。ですから頚椎ヘルニアに対しては、ゆっくりと引っ張る方法が一番安全かと思います。私がいた北京中医学院は、鍼灸科でなくて鍼推系(鍼灸・接骨系)だから骨接ぎもありました。そこの先生は「腰は頑丈だから、どんなに引っ張ってもよい」と言って、患者をベッドに捕まらせ、反動をつけて足を引っ張っていました。その先生でも頚を引っ張るときは「頚はキャシャだから、ゆっくり引っ張らないと危ない」といって、患者を腰掛けさせて顎に手を当て、ゆっくりと引っ張っていました。先生は急激に頚を引っ張り、頚髄を損傷して半身不随にすることを怖れていたのです。 だから徐々に引っ張る方法がベストです。牽引の方法ですが、ハルピンの医科大学がおこなった実験によると、毎日30分以上は引っ張らないと効果がないとのことです。
その説明によると、頚の椎間板に長時間に渡り圧力がかかって、椎間板が漬け物のナスビやキュウリのようになっている。そのために神経根を圧迫したり、上の頚椎と下の頚椎の間隔が狭まり、神経根を圧迫して神経が痛む。漬け物のナスビやキュウリは、強い力で引っ張っても切れるだけで元に戻らない。だから徐々に引っ張って圧力をマイナスにしてやれば、シワシワになった椎間板は周囲からの水分が徐々にしみこみ、再びふっくらとした椎間板に戻るので、そのふっくらした椎間板に支えられて頚椎間が広がり、神経根は圧迫されなくなるので、腕は痛まなくなると解説されています。一般の病院では10~15分ぐらいしか引っ張らないので、頚を引っ張っても、漬け物ナスビを強い力で引っ張っているようなものですから、あまり効果がありません。ですが家庭用の牽引器を持っていれば、毎日30分以上引っ張ることができ、おまけに自分で調節するので危険性がありません。ゆっくり引っ張れば、漬け物ナスビを真水につけて戻すが如く、椎間板もふっくらとしてきます。家庭用牽引器の使用比較については、当ホームページQ&Aに使用感覚を書いています。その使用感覚は、私の意見ですが、患者さんの同感も得ています。もしかして私が、こうでしょうというので、患者さんも影響されて同意した面もあるかもしれませんが。次の図は、ただ舌骨から肩へ行く細い筋肉もありますよというだけ。
頚腕症候群に関係する重要な筋肉群が、右図の右側の図です。『運動解剖学図譜』169~170ページ引用。左図のように舌骨から肩を通って肩甲骨に付着している細い筋肉もあります。右図は、上の左図から腕神経叢を圧迫する重要な筋肉だけを露わにした物です。上の図は、あまり本筋と関係ないですが、この下の図が重要です。下の左図は、その3斜角筋のなかで、腕へ行く神経は前斜角筋と中斜角筋の間から出ていること。そして下の左図から判るように、その間を通る組織は腕へ行く神経だけでなく、腕へ行く血管も通っているので、この前斜角筋と中斜角筋の2筋が引きつれば、腕神経叢を圧迫されて、腕に痺れや痛みが発生するだけでな
く、鎖骨下動脈も圧迫するので、腕の血流が悪くなって、腕が冷たくなることが予想できます。下右図の汚い字で書いてある図は、筋肉や血管を取り除いた図で、頚神経4(頚椎4~5の間から出る神経)から胸神経2(胸椎2~3の間から出る神経)までを描いています。左端が頚椎や胸椎間から出てきた神経根部、それらの7神経が合流して3本の神経幹となり、下左図の前斜角筋と中斜角筋の間から出ているという図式になります。しかし、合流して3本になっているといっても、ガラスやプラスチックのように融合しているわけではなく、本体の神経は頚椎内の背骨の中にあって、そこから電話線のようにコードを出しているだけですから、そのコードが束ねられたり分かれさせられたりして7本が3本になったり、また分かれたりしています。融合しているわけではないので、例えば一つの神経線維を刺激したら、その刺激が神経根部では複数の神経根に伝えられるわけではなく、そこへコードを出している神経根へしか信号は伝わりません。つまり電話線と電話局の関係です。もし一つの電話からの電気信号が、すべての電話線からやってきたら、電話局は、どこの電話が使われているのか判らないので、料金を徴収する方法がないのです。ですが一本の電話線にしか信号が流れていなければ、それはお宅から来たものと判ります。だから電話料金が徴収できるのです。神経も、これと似ていて、合流していても融合していないので、「この神経線維は指先から来ている神経線維だから、指先に問題があるな」と判断しているのです。このように頚4番から胸3番までは、神経が腕へ行っていますので、頚に問題があっても、それは手へ行く神経なので、手に問題があって痛くなっているなと、あなたの脳は判断するのです。けれど実際には頚や背中に原因があることが多いのです。
私の五十肩体験
なぜ鍼と関係ないことをベラベラ喋るかというと、私も五十肩になったことがあるからです。
勉強家(?)の私は、くる日もくる日も本を読み続けていました。寝ては本を読み、座っては本を読み。当然にして頭を低く垂れ、辞書を引く回数も多いので、頭は垂れっぱなしになっていたのです。後頚部の筋肉は、頭を支えるために引っ張られ続け、私自身も頚や肩の凝りを感じていたのですが、それが突然なくなりました。治ったと思ったのも束の間、次には肩関節の痛みが襲ってきたのです。最後には前腕や指先まで痺れました。また眠っていると痛みで目が覚め、痛いなと思って動かすと激しい痛みで息もできません。来院された患者さんで「夜の痛みがあり、ほうっておいたら徐々にひどくなって3年になるが治らない。そのうち反対側の手まで痛くなってきたので来院した。今では夜間というより、夜の9時頃から痛みが始まって、その痛みが朝まで続く。だから柱にすがって座ったまま寝ている。夜になるのが恐い」という人がありました。結局、めでたく治ったのですが、そのときには足の条山(条口から承山への透刺)とか陽陵泉の運動刺鍼をしていたと思います。運動刺鍼というのは、条山や陽陵泉の鍼を抜き挿ししながら、痛む肩を動かすことです。日本のように患部へ鍼を刺したまま、患部を運動させることは、切鍼の危険性があるとのことで、中国ではやられません。太極療法とか運動刺鍼は、日本にも同じ言葉があるのですが、内容はまったく違います。
話は違いますが、上の図を見て、これはおかしいと思われる人もあるでしょう。左端には頚4とか胸2とか書いてあるが、右へ行くにしたがって腋窩神経、橈骨神経、筋皮神経、正中神経、尺骨神経となっていて、これが腕神経叢だと書いてある。だが図には腕神経とは一個も書いてない。まるで関係ない神経を書いているのか?それとも神経は場所によって名前が違うのか?
こうした質問をされると困ってしまいます。そうです、場所によって名前が違うのです。例えば東京の利根川だって、上流では中川といっているではありませんか。銀行は、××銀行○○支店となっていますが、神経や血管は川と同じで、地域によって名前が違うのです。上の図で、「鎖骨下動脈の血の流れが悪くなる」と言いましたが、鎖骨下動脈の血流が悪くなると、冷えるのは鎖骨の下だけではないのです。鎖骨下動脈の上流は「腕頭動脈」、その上流が「大動脈弓」、「上行大動脈」となって、水源地が心臓です。
そして鎖骨下動脈の下流は、腋窩動脈→上腕動脈→橈骨動脈と名前を変えながら、下流へ行くに従って支流を出しながら分岐して行くのです。ちょうど川が、支流が集まって大きくなり、一本にまとまって海へ注ぐようなものですが、血管や神経は逆で、大本は一本なのが、末端へ行くに従って分岐しながら体表に散らばっているのです。だから鎖骨下動脈が圧迫されると腕の血流が悪くなるのです。
ここの図は、天津科学技術出版社、『臨床骨科解剖学』の62ページ、36ページ、32ページを引用しました。腕に行く神経は、このように前斜角筋と中斜角筋によって夾まれているということです。そして、腕神経叢による痛みの分布を、それぞれ頚の神経ごとに分類したものが次です。この図は、上海遠東出版社、『現代頚椎外科学』31ページより引用しました。
今までの部分は、筋肉だけの解説だったのですが、腕へ行く神経や血管は、前に説明したように頚椎やヘルニアで神経根部を圧迫されるだけではなく、上図のように前斜角筋や小斜角筋の後ろにありますから、こうした筋肉が凝ってカチカチになっても、神経を
圧迫して痛みが出ます。この頚神経叢というのは、腕に行っている神経なので、それが圧迫されると腕に痛みが出ることを話しました。そして神経はコードを束ねたようなものなので、そのコードをたどっていけば躰の部分があるので、どこに問題があるかコードをたどっていけば判ると言いました。下の図は、頚神経および、その分布している範囲を示した図です。第1から第3頚神経までは、頚に分布していますから、頚や肩が痛む時は、頚の中ほどに問題があります。そして第4頚神経が図のように三角筋、その下の親指側から肘までが第5頚神経、肘から親指,人差し指は第6頚神経、中指が第7頚神経、そこから小指までが第8頚神経、手首の下側から肘までが第1胸神経、肘の下側から腋の下,肩甲骨ぐらいが第2胸神経が分部しているので、腕神経叢の図で、各神経根が圧迫されると、それぞれ三角筋、上腕上部、肘から親指、手首から肘までの下側、肘の下側から腋などが単独で痛くなります。しかし、前斜角筋と中斜角筋が引きつれば、3本の腕神経叢全体が圧迫されるので、頚4から胸2まで、すべての部分が痛くなったり、軽ければ痺れ、どこが痛むのかわけが分からなくなります。神経の分布は、人によって少しずつ個人差があるので、必ず1寸違わずこうだとは言えませんが、ほぼこのように分布しています。
ここで鍼にできることは、神経を夾んでいる筋肉へ刺鍼して緩め、筋肉の圧迫から神経を開放してやったり、時間を掛けて頚を引っ張り、干涸らびた椎間板をふっくらとさせ、神経根の圧迫を解除することだけです。
その最も簡単な方法とは、第4頚神経が出ている第4頚椎と第5頚椎の間から、第2胸神経の出ている第2胸椎と第3胸椎の間までを、軒並み一本ずつ計7本、刺入してやればよいのです。だいたい背骨の棘突起から外側へ、親指横幅ぐらいの部位に直刺で刺入してやれば、その下には背骨があるので、背骨に当たって鍼が止まります。これを指二本分ほど横に離れた部分から刺入すると、肺に刺さる可能性もあります。その深さは、第6~第7頚椎、第1から第3胸椎の4本は、やせ形の女性で1.6寸、太り型女性や男性で2寸、躰が180cmぐらいあって筋肉質の男性では2.5寸ないと背骨の椎弓まで達しなかったりします。
痛みを感じる知覚神経は、脊髄の後根から入っているので、背骨の後ろ側の筋肉を緩めれば十分です。ですから少し外側から斜めに入れて、椎体側にある深部の神経を狙う必要はありません。背骨の裏側には筋肉がありません。一般に鍼は、筋肉へ刺入して筋肉を緩めることにより、神経や血管を圧迫している筋肉の圧力を解除し、痛みを消したり血流をよくする技術なので、筋肉のない背骨の裏側に刺鍼する事は無意味です。鍼灸師の聖書である『霊枢・経筋』にも、横隔膜以外には、経筋は体内に分布しないと書かれています。ですから背骨の向こう側にまで、胸郭の部位で刺入するのは、肺や重要な臓器もあるため『素問・刺禁論』にて禁止されています。それに頚と背中の境目あたりでは、背骨に達するまで1.6寸~2.5寸の鍼がズッポリチョと入っちゃうのですから、それ以上の深度を何を求める?
またまた話が自分のことに戻ります。
私の場合は、自分の身体ですので、陽陵泉や条山に提插しながら肩関節を動かすなどという離れワザができようはずがありません。天宗や肩三鍼などへ留鍼しましたが、一向によくなりません。そこで後頚部へ刺鍼しましたが、やはりよくならず「私の技術は、なんて悪いんだろう。こんなんでよく患者さんが来るな」と関心したものです。しかし「治らないのに患者さんがくるのは変だ」と思い直し、いろいろと原因を考えた末「後頚部へ刺鍼して、せっかく筋肉を緩めても、すぐに前かがみになって本を読んでいたら、緩めた筋肉は再び緊張せねばならず、血流も改善する筈がない」との結論に思い当たり「鍼をしたら安静にして、本を読んだり前かがみにならない」と決めました。すると、あれほど痛かった肩の痛みも、じきによくなってきました。しかし、いま一つすっきりしません。もしかしたら背中が悪いのか?それとも頚のヘルニアなのか?と考えあぐねていると、嫁さんが「一人で戯劇学院に留学しているのは寂しいから中国に来い」と誘います。学校にファックスして入学許可を取り、部屋がないと言うので外に部屋を捜して、やっとで二度目の中国留学ができました。ついでに肩の今一つスッキリしない部分を治そうと、後輩に連絡をとって背中へ刺鍼してもらいました。そして日本で牽引機を買うと高いので、牽引機を買おうと王府井の医療器具屋に行きました。すると携帯用のゴム牽引器を安く売っていました。これは少し首枕に似た、空気で膨らませるタイプの牽引装置です。そして学校へ行って同い年の先生とダベり、什刹海を散歩して、美人の鍼医師のお姐ちゃんと背中に鍼を打ち合って、寝ながら牽引器で引っ張るという理想的な生活をしていました。昔の北京には、こんな高層ビルなどなかったなと思い出しながら、いつものように牽引器で引っ張っていると、突然ポキンと首から音がしました。「アレッ!ヤバ!引っ張り過ぎた。頚の骨がどうにかなってしまったかな?」とあせりながら、恐る恐る下半身を動かしてみると立ち上がれます。肩の痛みも全くありません。もしかすると今のは、飛び出ていたヘルニアが引っ込んだ音かも? それっきり五十肩は、いえ日本であった五十肩というべき症状は、鍼と休息によって治り、肩の不快感は全く感じなくなってしまいました。
余談ですが、北京中央戯劇学院は最高に良いところでした。私は語言学院で中国語を学び(?) 中医学院で中医を学び(当り前か!)、戯劇学院で人生の楽しみを学んだのです。今も戯劇の招待所には、たまに泊まります。この近くには呂松飯店という四合院をそのまま旅館にした建物があります。呂松は地球の歩き方にも載っているので書きますが、私らが泊まるのは、この角っこにある某ホテルです。羅何とか湖ホテルなのですが、超格安で設備もよいし、食堂はうまいし、ねえちゃんは親切だし、このクラスだとダブルで500元は取られるのに200元、昔は一人50元で泊まれてました。200元でも安いと思っていたら、160元まで値切る中国人もいたので少々驚きましたが…。
この近くには鼓楼の新華書店もあるし、王府井や東四の人民衛生出版社や協和病院の読者服務部にも近く、医学書を買うには便利です。
とにかく私の場合は、後頚部の夾脊穴へ自分で刺鍼し、中国人の友人に背中の夾脊穴へ刺鍼してもらって、空気を入れて膨らませるタイプの牽引器で頚を引っ張っていたら、パキンと音がしたのをきっかけに治ってしまいました。頚夾脊へ刺鍼して五十肩を治療する方法は、中国の臨床雑誌にも掲載されています。つまり筋肉性の坐骨神経痛と同じく、肩や腕へ行く神経は、すべて背骨から出ているので、背骨の両側にある筋肉へ刺鍼して、神経を挟みつけている筋肉を緩めてやれば、そこを神経は余裕を持って通過できるようになり、肩を動かしても神経が引っ張られなくなり、痛みも消失します。しかし背骨の出口で神経が押さえつけられていれば、神経を引っ張るような動きをしたとき、そこで止められているため神経が引き出されず、切れそうになって痛みが出ます。
特に第5頚椎から第1胸椎にかけての背骨から出ている神経は、肩から腕、指先まで走っていますので、頚が悪いことが原因で、肩だけでなく指先にまで痛みが出ることがあります。
以上の説明で、五十肩を治療するには、痛みの出ている肩関節そのものより、頚の後ろ側や背中へ刺鍼して、腕へ行く神経の大本の障害を解消してやることが、以下に大切かということが、初心者マークを付けているヒヨコ針灸師、あるいは路上教習を受けている針灸師のタマゴ諸君にも、おわかりいただけただろう。かくゆう私もヒヨコを卒業したばかりの新米鍼灸師、白衣の胸にはバイク用の小さな若葉マークをつけています。そのうち手が震えるようになれば、若葉マークからイチョウマークに交換しようと思います。
五十肩の分類
日本で言う五十肩は、中国では一般に五十肩とか肩凝、漏風肩と呼ばれますが、書物には肩周炎とあったりもします。
だいたい五十肩は、二種類に分類できると思います。一つは腕が水平以上に挙がらない五十肩。もう一つは腕が背中に回らない五十肩です。これまでは腕全体が痺れるとか、範囲を絞れない腕神経叢全体が障害を受けている五十肩について解説してきました。
これからは個々の症状に対して、あるていど頚などへ刺鍼して五十肩の痺れはなくなったんだけれど、こうした障害が残っているという場合の鍼治療について解説します。
腕が水平以上に挙がらない五十肩
これは身体を後ろから見たものです。やはり『運動解剖学図譜』119ページと121ページを引用しました。中央の図が棘上筋です。右の図は174ページですが、これは、この筋肉が縮んだとき、どのように動くかを示しています。
腕が挙がらない場合を考えてみましょう。腕を水平に挙げて抵抗を加えると、上腕骨の大結節あたりが痛みます。ほぼ肩髃か肩髎あたりになります。しかも表面の三角筋ではなく、もっと骨のあたりに痛みを感じます。とりあえず阿是穴の三角筋に刺鍼しても、痛みがあるだけで治りません。膝のところで挙げた「筋肉は骨に付着するところが痛む」という原則に当てはめれば、三角筋は上腕骨の中間外側、そして肩甲棘と鎖骨に付着しています。しかし、そうした三角筋が付着している部分に痛みはなく、肩峰より少し奥の上腕骨頭に痛みを感じます。ここに付着している筋肉は、棘上筋です。そして棘上筋も上肢を水平に挙げる動きをしています。筋肉が痙攣すると、それを無理に伸ばす動きをしたとき、骨に付着する部位が痛むことは「膝の章」で解説しましたが、ちょっと重い物を下げると棘上筋が伸ばされますので、この筋肉が付着している上腕の付けね上部が痛みます。すると棘上筋が痙攣していると判ります。これがひどく障害された私は、海水浴へ行って砂浜を歩いていたらアナボコにはまり、息が止まるほど肩の付け根が痛くなりました。しばらくは息もつけず、立ちっぱなしで動けませんでした。このような痛みは、むかし東京にいた頃、サンダル履きで電車に乗っていたら、ハイヒールを履いた女性に親指を踏まれましたが、あのような痛みでした。そのとき女性は「済みません」といって、さっさと行ってしまったのですが、私は呼吸を止めたまま息もできず、ただ立ち尽くして動けませんでした。ですから、五十肩でジーンとした痛みを経験したければ、サンダル履きで電車に乗り、ハイヒールの女性に踏んでもらえば経験できるということです。
棘上筋へ刺鍼するには、患者を横向きに寝かせて、肩井あたりから肩峰と鎖骨で作るブリッジの下を潜らせて上腕骨頭に当てると、夜間痛と場所も痛み具合も似たズシンとした得気があります。夜間痛と同じ痛みが発生するということは、その痛みを発生させている筋肉にうまく当たっているということを意味しますので、そのまま痛みが治まるまで留鍼します。後ろ向きですから当然にして頚の横にある斜角筋、頚や背の夾脊穴などにも刺鍼しておきます。この棘上筋へ刺入するには、肩井ぐらいから上腕骨頭に向けて透刺する方法が、鍼の表面積をもっとも有効に活用できます。巨骨あたりから刺入しても入りますが距離が短くなります。巨骨は確か禁鍼穴でした。肩井や巨骨は直下に肺があります。ですから下に向けて刺せば、感触もなく肺を貫く可能性があります。しかし肺は鎖骨の半分ぐらいの部位で、放物線を描いて下へ向かいますので、肩井や巨骨から上腕骨頭へ向けて刺入すれば肺に刺さる恐れはありません。肩井は鎖骨の中央ぐらいで肩の中央にありますが、その位置は鎖骨ぐらいに肺があるので、そこから肩先に刺入しても、3cmぐらい上を行く接線のようなもので、肺と接触する恐れはありません。この穴位は、直刺したり、背骨に向かって刺入すると危険です。
右図は『運動解剖学図譜』175ページです。それぞれの動きに関係する筋肉を表しています。
私は肩井と肩井の前後、合計3本を上腕骨頭へ向けて刺入しますが、それは側臥位で、10番の3寸を使います。なぜ側臥位か?
正座では鍼尖が重力によって鍼体が曲がり、下へ向かう可能性があって、肺尖を傷付けるかもしれません。それに刺鍼した直後は一時的に血圧が上がることが知られていますが、その後は徐々に下がります。ですから頭が心臓より高い位置にあれば、鍼したあとで脳貧血を起こし、フラフラになって倒れるかもしれません。そのため横にするのです。
なぜ3寸の10番か? 細い鍼は軟らかいので、途中で曲がって肺の方向へ行くかもしれません。ここは大きな動脈もないので、まっすぐ刺入できる太い鍼が安全でしょう。3寸は、短い鍼では上腕骨頭まで届かないからです。人によっては2.5寸を使うこともあります。もっとも太い3寸中国鍼ですが、日本の2.5寸に相当します。いずれにしても首が邪魔ですので、カーブを描いて刺入します。すると鍼尖が骨に当たった感触がしますが、それは上腕骨頭に当たっているのです。肺に刺入していれば骨に当たった感触がないので、すぐに抜かないと危険です。これで水平位置までは腕が挙がるようになる筈です。
「北京堂式、五十肩が挙がらない場合、棘上筋へ入れる」の補足。
「肩井や巨骨から上腕骨へ向けて3本ほど十番三寸を刺入する」と述べました。
この方法も、十年もホームページにアップしていると「いい加減に、もうちょっと新しい内容を付け加えろ」ということになってきます。そこで仕方なく、もうちょっとシツコイ棘上筋へのアプローチ。太陽小腸経の臑兪は御存知ですね?
まあ知らなくても結構ですが。 その内側、棘下筋へ刺鍼したついでに、臑兪の少し内側、つまり背骨寄りの3cmぐらいから上外へ向け、肩峰の下を潜らせれば棘上筋へ刺入できるのです。これは、うつ伏せでも横向きでもできます。また臑兪や肩貞は、うつ伏せで前に向けて直刺します。
手で反対側の肩が掴めない場合、棘下筋、大円筋、小円筋が拘縮していますが、その場合は短い鍼を肩甲棘直下へ直刺します。次に、その3cm下から、先ほどの鍼の刺入点へ向けて刺入します。次にまた、その下3cmから肩甲棘へ向けて斜刺します。次にまた、その下3cmから……。これでしまいです。肩甲骨の天宗あたりに穴が開いている場合があるので、それには注意しましょう。このように棘下への刺入は、斜刺が基本となります。
以上が腕を水平まで挙げられない、棘上筋に対する刺鍼方法です。
ここに掲載した五十肩治療で、ほとんどの人が肩凝りや五十肩が良くなりますが、なかには治療して肩こりはなくなったが、やはり腕が挙がらないなどという人もあります。
肩が痛いと言われれると普通は頚がやられていると思うのですが、頚を手で引っ張りながら腕を挙げてもらっても痛みが和らがなかったりします。頚を引っ張っりながら腕を挙げると痛みなく挙がったりすれば、頚椎間の椎間板がペシャンコになっていることが考えられますが、変化がないのは頚椎間に問題がないことを示しています。
こうしたときは頚や背中が主な問題点ではないこともあります。よく症状を聞いてみると、夜間はグッスリ眠れて目が覚めないとか、夜眠るときと朝起きるときにだけ痛むとか、五十肩とは少し違うなと思える症状があったりします。
その場合は三角筋が硬直していることがあります。例えば美容師さんや散髪屋さんでは、長時間のあいだ腕を水平に保たねばならず、そのために三角筋が緊張しっぱなしになり、この筋肉が固まって戻らなくなったため痛みがあったりします。卓球や野球の投手をしている人も、三角筋がやられます。五十肩の棘上筋が悪くても肩関節が痛みますが、それとの鑑別方法は痛む場所が違うことです。まず棘上筋は肩甲棘の上にある棘上窩から始まり、上腕骨の大結節に付着しているので肩関節の奥深くが痛む感じがします。それに対して三角筋は鎖骨や肩峰、肩甲棘から始まり、上腕骨の三角筋粗面に付着します。前に筋肉が拘縮すると、その筋肉ではなく、骨と筋肉の付着部分が痛むと膝のところで解説しました。ですから三角筋が硬直して痛みが出ている場合は、関節ではなく、上腕骨の三角筋が終わるところ、つまり上腕骨を三等分して上から1/3ぐらいのところが痛みます。それに三角筋は棘上筋と違って、骨で隠れているわけでなく、骨の上に着いているので、わりと触ると痛むのです。だから触って痛む筋肉ならば、誰でも治療できるだろうということで、解説しませんでした。しかし考えもなく、痛む場所に刺鍼した結果、三角筋の痛みが消えずに、患者さんの信用を無くす鍼灸師が結構います。
痛む部分に直刺してもダメなのです。ここで北京堂式理論を思い出してください。筋肉の表面は大気に開放されているので圧力がかからず、あまり痛みが出ない。だから自分自身が硬直していて、しかも周囲の筋肉に圧迫されている筋肉が、神経を締め付けて痛みを出せる圧力を生み出せるのです。
というと三角筋でも表面の筋肉ではなく、骨に附着している部分の筋肉が硬直して障害していることが判りますね。硬直した筋肉を緩めるには、太い鍼が効果があります。
太い鍼というと、誰もが「痛いのではないか?」と心配するんですけど、鍼が痛いのは切皮時の思い切りの悪さと押手、鍼尖の形状などによって変わります。スパッと刺入すれば、切皮痛はありません。ただズズズ~ンとした響きが大きいだけなのです。10番ぐらいが適当です。
まず痛む部分に直刺します。痛む部分に刺すとズキンとしますが、それには治療効果があまりありません。なぜかというと悪いのは深部の5㎜ぐらいの厚さのところなのに、直刺では5㎜しか刺さりませんもの。だから直刺は標識です。そして、その深部目標をめがけて、上腕の前と後から骨をかすめるように刺入します。これが昔流行った畑中陽子の「後から前からどうぞ」方式です。鍼灸界では一世を風靡しました。
つまり⊥のような感じで刺鍼するのです。上から直刺が│で、その横には前後から骨をかすめるように刺入されています。合谷刺なんていうものではないです。前後の鍼は、ほとんど水平に近い。これは谷のような感じではないので、合谷刺ではなくTバック刺と名づけることにします。こうしたTバック刺を上腕接合部から三角筋の尻尾まで、四カ所ぐらい上から下まで一列に並べます。つまり骨に附着している筋肉に横刺するように刺入して行くわけです。これが焼き鳥に串刺しているようで、なかなか人気が高い。以上で、簡単な三角筋刺鍼を終わります。
当然にして腕が挙がらないのは、三角筋や棘上筋だけの問題ではなく、下で引っ張っている筋肉、例えば肩甲下筋などにも注目しなければなりません。腋窩から手を入れれば、硬直しているのが判ります。それには腋窩から肩髃や肩髎へ向けて刺鍼します。やはり10番3寸を使います。
筋肉によって引っ張られ続けているのならば、なぜ筋肉が付着している両端が痛まず、上腕骨だけが痛むのか? 当然の疑問です。膝のところでも解説しましたが、それは付着する面積の違いにあります。
三角筋は、肩甲棘、肩峰、鎖骨の外側1//3と、上部は広範囲にわたって付着していますが、下部では上腕骨の三角筋粗面という小さな部分に付着しています。つまり上部は底辺で付着し、下部は頂点で付着するという逆三角形をしています。筋肉が縮むと、両端に同じだけの力が加わりますが、上は線で付着し、下は点で付着していますので、面積当たりの力では、下の方が平方センチ当たりにすごい力がかかっているので、上腕骨の三角筋粗面だけが痛むのです。要は、バットの太いほうと細いほうをもって力比べをすれば、太いほうが勝つのと同じです。
棘上筋も同じことで、上は肩甲骨の棘上窩全体に付着し、下の上腕骨では上端にある大結節にだけ付着しています。こちらは棘上窩という面と大結節という点の争いなので、勝負になりません。面が勝つに決まっています。だから肩関節の間付近に痛みが出るのです。
太いほうと細いほうでひっぱりっこしたら、細いほうが切れるに決まってますから。引用図は私の常用している『運動解剖学図譜』120ページの三角筋と121ページの棘上筋を引用しました。赤く塗りつぶしてある部分は、筋肉付着部です。この筋肉が拘縮したとき、両側に同じ引っ張り力が加わるのに、なぜ上が痛まずに上腕骨に痛みが現れるのかを説明するため、筋肉付着部を赤く塗っています。
棘上筋の上腕骨付着部は、図でもわかるように強烈な力が一点に作用しますので、骨が引っ張られて変形し、結晶変形による電位が起きてカルシウムイオンが引きつけられ、石灰沈着が発生しやすいのです。こうした理論は朱漢章の『小針刀療法』に詳しいのですが、そこに骨棘ができると、骨トゲが当たって痛みます。そうしたカルシウム沈着は、吸引洗浄法にて除去します。つまり注射針を刺して、麻酔薬と生理食塩水を注入しながらカルシウムを抜くのですね。鍼治療とは違いますが、そんな方法もあるんです。
この次は、水平以上です。
ここから先の水平位置以上に挙げる治療は複雑です。まず水平までは三角筋と棘上筋が挙げているのですが、それは水平までのこと。それから先は、肩甲骨と上腕骨の角度を水平に保ったまま、そのままの状態で肩甲骨が角度を変えているからです。
右の図が、上の三角筋と棘上筋で肩甲骨と上腕骨を水平に保ち、そのままで肩甲骨の角度が変化して、腕を水平以上に上げることを表した図です。『運動解剖学図譜』の173ページを引用しました。
このように肩甲骨の角度が変われば、それと水平な上腕骨は、左図の右端にある水平状態から、左図中央のように腕が上へ挙がるのです。
肩甲骨の角度を上向きにしているのは、直接には僧帽筋と前鋸筋です。僧帽筋が肩峰に付着しているため、僧帽筋が収縮すると肩峰は上後ろへ引っ張られます。そして前鋸筋が肩甲下角に付着しているので、前鋸筋が収縮すると肩甲下角は前に引っ張られます。こうして肩峰が背骨の上部へ引っ張られ、肩甲下角が前上部へと引っ張られるため、肩甲骨の角度が上を向き、それと水平になっている上腕は耳まで挙がるのです。
「判った!では僧帽筋と前鋸筋に刺鍼すればよいじゃないか」と思いますが、話はそう単純じゃあありません。問題点があります。僧帽筋は後頭骨の後ろから第12胸椎まで付着しています。つまり頚椎7個と胸椎12個、首から胸すべてに付着しているのです。それに前鋸筋は肋骨に付着しているので、気胸を起こす危険性から刺入することなどできません。腋下に付着している筋肉ですから。それに、こうした筋肉は収縮することで、腕を水平以上に挙げているのです。鍼の刺入は、一般的には筋肉を収縮させるためではなく、弛緩させるために用います。一般的にはですが……。
鍼灸の聖書である『霊枢・経筋』には「有寒、則急引……。熱、則筋弛従緩」とあります。急と引は収縮する意味ですから、冷えれば引きつる。そして筋は筋肉ですが、弛・従・緩はダラリと力が入らない状態です。つまり冷えれば収縮し、発熱するような病気、例えば脳膜炎や日本脳炎のような発熱する病気では、筋肉がダラリとして力が入らなくなるという意味です。五十肩は冷えると痛むので、冷えて筋肉が収縮しているのです。では何故、上肢を挙げる筋肉が収縮しているのに水平以上に挙がらないか?それは他の筋肉が収縮して肩甲骨を動かさないように押さえつけているからではないのでしょうか?
他の肩甲骨に付着している筋は、烏口突起に付着する小胸筋があります。これが収縮したままならば、肩峰を僧帽筋が引き上げたとしても、小胸筋が引き下げているため挙がりません。これが抵抗勢力になるのです。そして肩甲上角には肩甲挙筋があります。これが収縮すれば肩甲上角が上昇しますので、肩峰が挙がっても肩甲骨の角度が変わりません。肩甲骨背骨寄りの上角が引き上げられているのに、肩峰を僧帽筋が引き上げたとしても、内側も外側も両方とも高位置にあれば、肩甲骨の外側だけ挙がって角度が変化するようにならないので、肩甲骨の角度が変わりません。大小の菱形筋が肩甲骨内側縁に付着していますが、これが収縮しても肩甲骨の角度を変えられません。つまり肩甲骨を回転させる筋肉は、僧帽筋と前鋸筋であり、これが麻痺すると上肢が挙がらなくなるが、肩甲骨を引き戻す筋肉もあって、それらが収縮しても肩甲骨の角度を戻そうと働くので上肢は挙がらない。その筋肉群は小胸筋、肩甲挙筋、大小の菱形筋があります。
ここまで書くと「鍼灸師、見てきたような嘘を言い」といわれそうです。では実際に肩甲骨の下角を反対側の手で触り、その肩甲骨下角が、どのように動くか見ていてください。腕を水平まで挙げる段階ならば、腋の筋肉は動いていても、肩甲骨下角は、ほとんど動いてないでしょう?だけど水平を越えた瞬間から、肩甲骨はなくなって肋骨に触れているはずです。えっ!手を水平以上に挙げているのに、肩甲骨下角が動かない。そんなはずは……。あっ、それはあなた、手を水平以上に挙げてないですよ。肩と腕を水平にしたままで、ラジオ体操の横曲げのように、身体を横に曲げているから挙がったように見えているのです。試しに挙げた腕の肩で、耳を押さえてみてください。ほら、どうしてもダメでしょう。あなたが手を挙げると、頭は反対側に曲がり、首と肩の角度がむしろ開いている。えっ、耳に肩を当てようとすると、痛くてできない?はい!患者さん、一丁追加!
実際に治療してみると、どうやら肩甲挙筋が収縮しっぱなしのため肩が挙がらないことが多いようです。こうした肩甲骨の角度を変化させない筋肉群には刺鍼できます。
肩甲挙筋は、肩甲骨の上角に付着しており、肩甲挙筋が収縮すると付着部の上角に痛みが出ます。ですから肩で肩甲骨の先端が痛むのです。では、そこへ刺鍼しようというのはあまりに単純です。その下には肺があります。そこへ刺鍼すれば危険度100%です。
この肩甲挙筋は肩甲骨の内側にある上角に付着していますが、肩甲挙筋の上部は第1、第2、第3、第4頚椎の横突起に付着しています。しかも筋肉の本体は、肩でなくて側頚部に多くありますから、側頚部へ刺鍼すれば肩甲挙筋の2/3に刺鍼できるので、わざわざ肺に刺さる危険を冒して効率の悪い下1/3を狙う必要はありません。それに肩甲挙筋の支配神経は第3第4頚神経ですから、側頚部を狙ったほうが神経根部も緩めることができて一石二鳥です。側頚部ですから、棘上筋へ刺鍼した側臥位のとき、ついでに側頚部へも刺鍼すれば、水平までと水平から上に上肢を挙げる筋肉を緩めることができます。そして菱形筋ですが、これは肩甲骨内側縁と背骨に付着する、非常に薄い筋肉です。では肋骨へ横刺すればよいではないかという発想も浮かびますが、万が一でも鍼尖が奥に入ると危険です。この筋は腰方形筋に似ていて、僧帽筋形が脊柱起立筋の代わりに覆っているじゃないかと思われますが中身が違います。腰方形筋の奥には大腰筋があるので、間違って入っても筋肉へ刺さるだけですが、菱形筋の深部は筋肉じゃなくて肺なのです。だから無理に刺鍼したければ、梅花鍼とか円皮鍼(皮鍼)など奥に入らない鍼か、吸玉や温灸が無難です。けれど菱形筋へ直接刺鍼する代わり、胸椎1~5までの夾脊穴へ刺鍼して、菱形筋の一部に留鍼し、さらに菱形筋の神経根部へも刺鍼して留鍼し、刺激しないようにします。菱形筋の神経は、頚の5番目から出る肩甲背神経ですので、頚椎の4番目上下へ刺鍼すれば根部を緩められます。こうして見ると、五十肩とはいうものの、それを動かす筋肉や神経は、頚と深い繋がりのあることが判ります。しかし首には細い血管が多く、出血しやすいので、3番ぐらいの細い鍼を使わないと内出血する恐れがあることを付け加えておきます。それ以下の太さでは、あまり筋肉が緩みません。また首は内出血しやすいので、刺入したときガサガサ手応えがあるような鍼だと、鍼尖が鈎状に曲がっている恐れがあるので、きちっとした鍼尖の鍼と交換します。
このようにして、側臥位で頚夾脊と背夾脊、肩井から肩髃への透刺、側頚部への刺鍼によって上肢が挙がるようになる。これが北京堂の局部取穴です。そして肋骨の間から肺へ入るような、背骨から横に離れた筋肉部分には刺入せず、直刺すれば必ず背骨が止めてくれ、肺に刺さる恐れのない、背骨から横親指ぐらいの幅、約2cm横ぐらいへ直刺します。このようにして背骨付近にある神経根部付近へ刺鍼して、その周囲の筋肉を緩めることにより、背中全体に広がった筋肉を、その支配神経の圧迫をなくすことで緩め、直接広い筋肉へ刺鍼する必要はないと考えています。
腕が背中に回らない五十肩
次に、腕が後ろへ回らない場合を検討してみます。後ろへ腕を回すと、上腕骨頭の前側が痛みます。これは身体の前面および上腕前側の筋肉が収縮しているため、それを引っ張るような手を背に回す動きをすると痛みが出ると考えられます。
肩関節の周囲で、収縮すると上腕を前に持ってゆく筋肉、つまり上腕前面に付着する筋肉として、まず大胸筋があります。そして上肢の挙上でも関係があった小胸筋、肩甲下筋、烏口腕筋などがあります。また三角筋の前縁が硬直しても、腕を後ろに回せなくなります。こうした筋肉群が痙攣すると、それを伸ばすような動き、つまり腕を背に回す動きができなくなります。
左図は、身体の前側から筋肉を剥いでいった図。右端の図は、上が烏口腕筋、下が上腕筋です。左図は『運動解剖学図譜』118ページ、右図が122ページです。
こうした筋肉群に刺入するには、中府と雲門へ刺鍼すればよいじゃないかとなります。
ちょっと待ってください。中府と雲門は禁鍼穴です。刺鍼すると肺に刺さる可能性があるため、昔から刺鍼するなと諌められています。しかも肩甲下筋は、肩甲骨の裏側にあるため、それを狙うには胸を貫通させねばなりません。そんなことができるのでしょうか?
できるのです。それが五十肩治療に中国では多用される、極泉穴から肩髎穴への透刺に秘密が隠されていました。極泉は腋窩にあるので、そこから肩髎へ透刺するためには上肢を挙げなくてはなりません。しかし上肢を水平以上に挙げると、肩甲骨の角度が変わり、肩甲骨裏側の相当の部分が胸郭から離れるのです。胸郭から中府と雲門が離れてしまえば、肺に刺さることもないので安心して刺鍼できます。
私の場合、仰臥位で、上肢をできるだけ挙げてもらい、上肢を支えるために上肢台に載せて、脇を開いたままの状態で中府と雲門へ刺鍼します。上肢が水平まで離れれば中府と雲門へ刺鍼しますが、ほとんど開かない患者さんもあり、その場合は仕方なく年府とか肩内陵など上肢付けねの奇穴へ刺鍼します。しかし、効果が良くありません。やはり力ずくでも腋を開かせ、肩甲下筋の広い面積に刺入しなければダメなのかと思います。そこまでの勇気が出ませんが。右の図は、『運動解剖学図譜』121ページの肩甲下筋と大円筋の図です。上が肩甲下筋、下が大円筋です。
この肩甲下筋へ刺さると、腕全体が痺れるような、押さえつけられるような、なんとも筆舌しがたい痛みというか重みが加わります。ちょうど夜中に痛みが出て目が覚めたとき、不注意でチョット手が動いたりすると、息の止まるような痛みが起きて、しばらくは呼吸もできずにじっとしているしかない、あの痛みが復活します。
それは、腕神経叢が腕へ行くとき、肩甲骨の裏側を通るからです。まあ、この肩甲下筋を貫いているといっても、過言ではないでしょう。
なぜこんなに深部を通るのか? もっと表面を通ればいいのにと思います。
しかし、アチラさんにはアチラさんの事情があります。その事情とは、腕全体を動かしたり感じたりする神経が表面を通っていたら、チョット体表が傷ついても、すぐに神経を損傷してしまい、腕が動かなくなったり、感覚がなくなったりしてしまいます。だから前を筋肉、後ろを薄い肩甲骨で守られた、この部分が腕神経叢が走るには、最も安全な場所です。だから、たまたま年老いて肩甲下筋が硬くなり、締め付けられて痛むことがあっても、安全には替えられない。そうおっしゃっているのです。
ちょっと横道にズレましたが、鍼は侵害刺激なので、例えば釘とかナイフとかが刺さった場合は、人間の筋肉は収縮して対象物を押さえ込み、それ以上は体内に侵入されないように努力しています。しかし一般的な健康状態の筋肉ならば、鍼のような細いものは刺激として認知しないのです。あっ、認知という言葉は、隠し子のいる患者さんがハッとするので、使ってはいけない言葉でした。訂正します。侵害刺激として感じないのです。だから健康な筋肉へ刺鍼しても、皮膚の痛覚受容器、中国語だけでなくて英語もできるところを見せてレセプターと言いますが、それによる皮膚を鍼尖が通過するときのチクッとした感じだけで、締め付けるような痛みなどは感じないのです。
ところが肩甲下筋が縮んでいると、それだけで神経は圧迫されますので痛みを感じています。そこへ鍼の侵害刺激が加わると、普通なら見過ごしてしまう刺激が、圧迫の痛みに侵害刺激が加わるのですから、これは侵入させてはいけないとのことで肩甲下筋が収縮し、それ以上は入らないように抵抗します。しかし入らないように圧迫するのは鍼だけではありません。その筋肉を通っているあらゆるものも筋肉が収縮することによって圧迫されます。この状態で鍼を引っ張ってみると、鍼は筋肉に締め付けられて引き抜くことができません。とうぜん患者も痛がります。筋肉が鍼を締め付けているので、鍼を引っ張ると一緒に筋肉が引っ張り上げられるのですが、筋肉には神経が入り込んでいて、それも締め付けられているのです。鍼を引っ張って筋肉が持ち上げられれば、とうぜん筋肉に入っている神経も鍼の方向に引っ張られます。これは痛いわなぁ~。
つまり鍼が筋肉へ入ると、その筋肉が収縮し、神経が筋肉によって締め付けられるので、より圧迫感がひどくなる。
ぎゃくにいえば健康な筋肉へ刺鍼しても、筋肉が反応しないので、締め付けられるような痛みを感じません。その痛みを得気と呼んでいます。「経脈の気が得られた」というのは、こうした状態なのです。
この肩甲下筋への刺鍼は、側臥位で刺鍼してから行いますので、開かないということは滅多にありませんが。大円筋とか小円筋、大胸筋のような、腕を体幹へ密着させようとする筋肉が硬直していると開かないので、そちらの筋肉も治療しなければなりません。腕が横に開かないと、腋の下も触りにくいので、よく分かりません。
中府と雲門は、きおつけ姿勢で取穴すると、肺に刺さる恐れがあって非常に危険です。私の場合、仰向け姿勢で、上肢を広げて台に載せ、脇の下から腋窩に人差指から小指までの四本を突っ込んで胸郭を触知し、胸から大胸筋を挟んで親指を添えます。そうすると胸郭の境界線に親指が置かれるので、胸郭の位置がはっきりします。それから3cmぐらい外側に刺鍼するのです。使う鍼は、やはり10番の3寸。この長さで細い鍼を使うと、鍼がしなるため、どこに鍼尖が達しているのか判らないからです。まっすぐ下に刺入していると思いますが、万が一にも曲がって肺へ行かないように太い鍼を使っています。烏口突起には、せいぜい4cmも刺入すれば当たります。そこは烏口腕筋と小胸筋の付着部です。同時に大胸筋へも刺鍼しています。そして少し外下方2cmに三寸鍼を刺入します。どんどん奥に入って、鍼尖が肩甲骨に当たると止まります。そのとき腕全体に、怠く締めつけるような鍼感が発生します。肩甲下筋は胸郭が邪魔をしているため、全体へ刺入するわけには行きませんが、烏口腕筋は烏口突起から起こり、上腕2/3に止まるので上腕部に刺鍼できます。この筋肉は上腕内側にあり、表面には上腕二頭筋という力コブの筋肉が乗っていますので、上腕二頭筋と上腕骨の間を、内側から上に押さえてやれば痛みを感じます。ちょうど腋を開いていますので、内側から対側まで水平に刺入できます。上腕骨と上腕二頭筋の間に、2~3寸の鍼を横に刺入すると、腕が怠いような得気があります。こうした得気があれば、痙攣した筋肉に当たっているわけだから効果が望めます。こうした得気がなくなるまで留鍼します。少なくとも5本ぐらいは刺入します。肩甲下筋だけが拘縮していれば、肘を曲げて手を頭に置き、肘に枕を差し込んで肩甲下筋が収縮した状態で、身体から腕が離れるので、ベッドの幅を取らないから都合がいいのではないかという考えもあります。しかし肘を曲げて手を後頭部に置き、肘を枕に乗せる姿勢では、烏口腕筋へ刺入しにくいのです。なぜなら前述した姿勢では、腕がよじれた形になるので、確かに肩甲下筋には刺入できて、患者も楽な姿勢なのですが、烏口腕筋も斜めによじれるので、それへ刺入しにくいのです。
だから図のような姿勢がとれれば、できるだけそうしたほうが烏口腕筋にも刺入しやすいのです。後頭部に手を置いた姿勢は、肩甲下筋には刺入しやすいですが、初心者には烏口腕筋には刺入しにくいポーズなのです。腕が全く開かず、気を付け姿勢しかできない人は、肩甲下筋へ刺入出来ません。肺に刺さる可能性が高いので、力ずくで無理矢理開かせるしかありません。
以上が五十肩に対する局部治療です。この局部治療法は、五十肩の治療では肩そのものでなく、頚や背中、特に大椎付近の夾脊穴への刺入が最も重要だということを物語っております。まず、こうした『内経』理論に則り、萎縮した筋肉へ刺鍼したり、その神経根部へ刺鍼することによって症状の改善を図る。それで効果がなかったら、昔からの経験穴である陽陵泉や条山を使うということでいかがでしょう?
まあとにかく、五十肩は頚が絡んでいるのですが、腰の筋肉に較べて頚や肩の小さくて数が多く、下半身に較べて、なかなかスパッとはゆきません。いろいろと試行錯誤してください。
だから上半身より下半身が好きなスケベな私。
ここの部分は参考として、人体輪切りの写真を引用します。この図を拡大すれば、鍼灸師ならば、身体の穴位が示されているので、どこの部位から切断したのか判るはずです。鍼灸師は外科医や整骨師と違い、鍼灸処方垂直に刺入するため、上に引用したような筋肉を表面から剥いでいったような図画だけでは、どうしても危険が伴います。
そこで重要部分の首、あるいは背部は、表面から剥いだ筋肉だけでなく、その筋肉の走る深さ、そして位置関係がどうなっているか?内臓は、どの深さや方向にあるのかが重要になってきます。ですから新米鍼灸師である私の弟子などは、筋肉図、そして、ここに挙げている断面図、もう一冊のカラー断面写真を持っています。弟子といいましても、ヒヨコ鍼灸師と鍼灸師タマゴですが。
まあ、師匠の私が必要だと考え、ない本はコピーしたり、販売中の本は買ってきてやったりです。弟子はなぜか、買ってきても本代をくれず、うまいこといいながら奪って行きます。タマゴは私の与えた3冊しか持っていませんが、ヒヨコは私の持っている白黒の本も、私の後輩にうまいこといって、買ってきてもらいました。したがって私が弟子より多く持っている輪切り本は、3冊に過ぎません。
中国留学していたときに、他の鍼灸師が焼き肉屋に行って、なんでもそこの焼き肉屋は、朝鮮族の姐ちゃんが、焼けたやつから取って食べさせてくれるという。ケチの私は、焼き肉屋に行く金で、人間の輪切りの本を買い続けた。
嗚呼、やはり輪切り本など買わないで、みんなと一緒に焼き肉屋へ行って、朝鮮族の綺麗な姐ちゃん達に焼き肉を食べさせてもらいたかった。
いずれにしても背骨両側へ刺鍼するということは、精神的な疾患だけでなく、胸椎の裏側に自律神経があるため、内臓疾患などにも効果があるし、背中の痛みも解消するのでヤリ得です。
最後に『全身経穴応用解剖図譜』厳振国主編、上海中医葯大学出版社の人体断面写真、82ページから90ページまでを引用します。
この本についてはQ&Aに記載しています。もっと良い本もあるのですが、これはカラーできれいだから引用しました。他のは1cmマスの方眼用紙に載せて写真が撮られていますので、筋肉の厚さがよく分かりますが、白黒なので見にくいかなと思いました。ただ、この写真でも経穴ごとの位置における内部構造がはっきり判るので、どの方向に刺入したらよいか、よく分かると思います。特に頚の上部は脳や延髄があるので方向に注意すべきですし、背中は肺があるので、刺せる場所や方向があります。今回は、図がたくさんあり、そのうえ色々やらされるので、自分で模写せずに引用してしまいました。『全身経穴応用解剖図譜』は、すべて日本語に翻訳していますが、値段が折り合わなくて揉めている間に、私のホームページから翻訳文をパクられて2006年に出版されてしまいました。
まとめです。①五十肩で、夜間痛のあるときは、後頚部から背中まで夾脊穴をまとめ打ちする。②腕が上に挙がらなければ、まず棘上筋、次に三角筋、それでダメなら腋下が引っ張っているので極泉から疼痛点を上腕骨に透刺して肩甲下筋を緩める。③後に回らなければ、まず烏口腕筋、次に肩甲下筋、それでダメなら三角筋前縁。④前から反対側の肩が掴めなければ、棘下筋、大円筋、小縁筋を狙う。⑤五十肩の治療には、十番鍼を使って骨まで刺す。細い鍼では、拘縮した筋肉は緩まない。
まあ、こうしたことが中国の小針刀式応用です。
経脈筋肉説のつづき
さて、例によってバカ話を一席。
四回目まで読み進んだ貴方は「経脈が筋肉だという、このアホが主張していることは、本当かしら?」と思い始めているかもしれません。今回は経脈の名前から、血管や神経ではないのでは?と思わせます。
まず経脈の名前は、手太陰肺経とか足太陽膀胱経など、手や足が最初に来ています。あとの督脈と任脈は、体幹にあるので筋肉とは関係ありませんが、これは経脈ではなく奇経と呼ばれています。この両脈には、筋肉が余りありません。
もし経脈が血管や神経だとしたら、そのセンターは心臓や脳脊髄がある体幹となる筈です。なのに手足と命名されている。手足は、神経や血管がもっとも細くなった部分です。その経脈ときたら、まるで神経や血管の走行と一致していません。これは経脈が血管や神経と同じものではないことを物語っています。
経脈は、手足と体幹を区別しています。なぜ手足にしたか?それは身体のうち陰陽部分が最もはっきりしているからです。手足は赤白際と呼ばれるように、手のひらや足の裏は白く、手の甲や足の甲は日焼けして赤っぽくなっています。だから赤と白の際なのです。
陰陽理論では「陽があるから陰があり、陰があるから陽がある」というわけで、手首と足首の先は、わりと観念的に経脈が定まっています。陽を強い順に並べると陽明→太陽→少陽;陰を強い順に並べると太陰→少陰→厥陰となります。手足の陰陽を分けると、手の親指で赤い部分が陽明、そのすぐ裏の白い部分が太陰となります。次に陰と陽が接する部分は小指で、赤い部分が太陽、そのすぐ裏の白い部分が少陰となります。手背の中央部分は赤い陽部分ばかりで、白い陰部分とは接していません。また裏は白い陰部分ばかりで、赤い陽部分とは接していません。いえありました。かろうじて指の先端だけが陰陽で接しています。したがって、このように相手の陰陽と最も接する部分が少ないものが、しかたなく中央を占めるのです。それが少陽、そして厥陰です。こうして足先や指先は、陰陽が接する部分となるので、経脈でも陰陽の経脈が接しています。ここで問題なのは「私は違っている。私の足や手の指は、どちらも広がってパーができるから、どの指の陰陽も同じだ」などと言わないでください。普通の人なら足の指を広げることはできません。ここでは特異体質の人は除いて、一般論を申し上げているのです。また指を広げることができたとしても、それは手足の陰陽ではなく、手指と足指の陰陽になってしまいます。
では経脈の走行ですが、手足の経脈ですら骨ばかりの指先を除けば、手のひらも足の甲も骨と骨の間、つまり筋肉の上を通っています。こじつければ、経脈は手太陰肺経や足太陽膀胱経であって、手指のとか足趾の太陰肺経や太陽膀胱経ではないのだから、いくら指を広げて見せてもムダです。ひらの部分は、中央部分は真っ暗闇で影などなく、甲部分は影などない陽部分となります。暗闇では影などできないから、やはり厥陰です。厥とは欠乏の意味ですから、陰が欠乏すればそこはもはや陰ではないのです。だから本来なら指先末端から始まる筈なのに、手指太陰肺経ではなく、手太陰肺経なのです。
このように経脈の走行は、神経や動脈とは一致しませんでしたが、筋肉の走行とはみごとに一致したのでした。
今回のバカ話は、ここまでです。給我一杯忘情水。