腰痛治療は北京堂へ

ムチウチ症の鍼灸治療  2001年7月7日更新


 ついに最終回となりました。
淺野周お喋りコーナーも一応最後なので、最終回はムチウチ症について話します。
 開業して2~3年も経ち、すでに自分のスタイルのあるプロの方々には、時間の無駄になったかもしれませんが、鍼灸学校の学生さんや治療方法を知らない開業初心者の鍼灸師には、局部治療法だけでも参考になったのではと思います。

 ムチウチ症といっても、治療法は五十肩と大差ありません。まず中国にはムチウチ症がありません。「ムチウチ症」と言ったりしたら、「ああ虐待狂だな、あるいは受虐狂か」と思われて、後でマゾ、変態と呼ばれるようになってしまいます。日本で言うムチウチ症は、頚椎病と呼ばれます。日本の頚椎症に相当します。ただ揮鞭損傷という言葉はあります。
これには肩頚症候群や頭痛、寝違いなどがあって、懸鐘(絶骨)、落枕穴、後谿などを取穴して運動刺鍼します。

ムチウチ症の分類
 では北京堂の局所療法について語ります。
頚椎は7つありますが、上の二つはリングのような形をしています。あとの5つは一般の脊椎と同じです。そして後頭骨と第1頚椎の間からも神経が出るため、頸椎は7つあっても神経は8つあります。それを中国医薬科技出版社『中西医結合治療頚肩背腰腿痛』という本から抜粋します。

 中国では一般にムチウチ症を①神経根型、②脊髄型、③椎骨動脈型、④交感神経型、⑤混合型の五種類に分類します。
 ①神経根型:椎間板ヘルニアや骨棘などによって椎間孔が狭くなり、頚や肩、胸や肩甲骨内側、上腕、前腕、手、指などに痛みが現れます。頚1~2の神経は上へ向かって頭痛や耳鳴り、鼻詰まり、口内炎の原因となります。そして頚3~4の神経は横へ行って、喉の痛みを起こします。椎骨動脈の分枝が内耳に行くため、耳鳴りがおきます。また頚の交感神経は頚1~4の神経と繋がるため、交感神経失調症や更年期障害などを起こします。横隔神経が頚3~4分節から出るため、胸や横隔膜、心臓などに影響が出ます。頚5,6,7,8神経は下に向かい、五十肩の原因になります。
肩引き下げ試験、椎間孔圧迫試験。
 ②脊髄型:椎間板ヘルニアや骨増殖などによって椎孔が狭まり、脊髄が圧迫されるため、坐骨神経痛など手足に障害が現れるもの。
 ③椎骨動脈型:左右の椎骨動脈が吻合して脳底動脈となり、小脳、視床、橋、延髄、脊髄、後頭葉と側頭葉の底部、内耳の聴覚部と平衡感覚器官を栄養しています。また下甲状腺動脈、外頚動脈、後頭動脈などとも吻合しています。椎骨動脈は、頚1~2で圧迫されることが多いのです。めまいがしたり、歩いていて急に振り向くと倒れたりします。これは椎骨動脈が平衡感覚器官を栄養しているからです。振り向くと倒れるのは、椎骨動脈は第6(または第5)頚椎から上の横突孔を通りますが、そこに障害があって狭くなっているので、健側の椎骨動脈を圧迫するような動作をしたとき、反対側椎骨動脈の代償作用が利かないので、脳へゆく血流が現象します。それでめまい、ひどければ卒倒などが起きますが、もとの位置に戻ればすぐに回復します。症状としてA.45.5~81.6%にめまいが発生します。特に頭を動かすとひどくなります。B.耳鳴りおよび聴力の減退。C.視覚障害。D.頭痛。E.運動障害。
 ④交感神経型:頚椎症によって自律神経失調症となるものですが、自律神経のなかでも交感神経の興奮症状が多いため、中国では習慣的に交感神経型と呼ばれています。めまい、頭痛、耳鳴り、眼痛、視力障害が起こりますが、その原因として椎骨動脈の変形、血栓、動脈硬化、上下関節窩増殖による圧迫などがあります。症状として頭痛や後頚部痛、眼の症状、血圧や心臓の症状、手足が冷えたり、頭や顔、手足の麻痺などがあります。
 ⑤混合型:混合型は、以上に述べた症状が混合したものです。

白山出版社の『頚椎病診断与非手術治療』は、頚型、神経根型、脊髄型、椎骨動脈型、交感神経型、食道型、混合型の7つに分けています。
 もっとも2005年になったら、髄液減少症という自血療法でしか治らない疾患も判ってきました。ただ篠永正道氏(電話0557-85-2425)の低髄液圧症候群は、これまで鍼で治らなかった部分を補完する治療で、それでむち打ち症は、全て治るわけではありません。やはり鍼灸の有効なむち打ち症がほとんどです。

牽引の仕方(頚牽引器使用)
 頚の椎骨動脈がムチウチの衝撃で折れ曲がっているときやヘルニアでは、牽引によって頚椎を引き伸ばし、椎骨動脈を真っ直にしたり、椎間板内を陰圧にしてヘルニアを引っ込めたりします。ここで患者さんがよくされる勘違いを一つ。足の運動でも同じですが、患者さんは「多ければ多いだけ効果がある」と考えたがるのです。例えば薬の量でも多いほどよいとか、足の運動量でも筋肉がないのに過剰に運動したり、頚の牽引でも重量を増やせとか。
 こうした治療はお金と違い、多ければ多いほどよいものではありません。薬でも副作用が少なくて効果が大きい量を、前もって投与実験を実施して決定しているのです。足の運動も、痩せ細った筋肉に過剰な負担をかければ痙攣します。頚の牽引も強すぎれば靭帯を損傷したり、極端な場合は脊髄が切れて半身不随になったりします。脊髄が切れると再生困難です。中国でも過剰な重さで牽引し、しばしば事故が起きているようです。はやい話が栄養失調の人に、人より栄養が足りないからと5~6倍の食事量を一度に食べさせるようなものです。それがムチャなことは判ります。特に頚椎の牽引では、軽く、ゆっくりと、正確に施術し、乱暴にしないと書いてあります。
 牽引は一般に2~4kgから始め、5~8kgまで増加させます。ただし坐位で10kg以内、臥位で15kg以内とします。牽引時間は、ハルピン医科大学二院の実験によると、一日最低30分は牽引しなければ効果がありません。そして一日1~数時間まで増やします。一日2~3回治療して、10~15回を1クールとし、7~10日休んで治療を続けるのが中国の標準牽引のようです。
 ただ牽引してはならない場合も記載されています。
 それは次の4つの場合です。
 ①CTなどで脊柱管の狭窄が確認されたり、脊柱管内壁が凸凹していたり、鋭利な骨棘があった場合。
 ②腫瘍や結核。
 ③頚椎に骨折があって、骨片が脊柱管や椎間孔に入っている場合。
 ④ひどい心肺疾患や高血圧があったり、虚弱体質などです。
①と③は、牽引して動かすと骨が脊髄を傷付ける恐れがあります。②は、牽引しているうちに病状が進行するでしょう。④は、血圧が高くなったりするでしょう。

頸椎症の人の生活態度、禁止事項
 いい加減に鍼と関係することも喋らないとなりません。しかし鍼だけでも良くなりません。私の経験からでも、①鍼によって筋肉を緩める。②頚をまっすぐにして、頚部の筋肉を使わないようにする。筋肉は収縮しなければ使えないので。③頚椎ヘルニアには牽引する。これを守らなければなりません。治ったら多少使ってもよいようですが、やはり若い頃と同じだけ使えるわけではないようです。
うつ伏せになって本を読んだり、書類ホルダーを使わず文書や本を机に載せたままパソコンやワープロを打ったり、前かがみになって針仕事をしたりなどは厳禁です。寝て本を読むなら仰向けで読みましょう。書類ホルダーを使って、頭を垂直に保ったまま打つようにしましょう。薄型のワープロやパソコンは下を向くので、画面位置の高いパソコンやワープロを使って、頭を水平に保ちましょう。作業台を高くして、下を向かなくても作業できるようにします。こうした保護をしないと、せっかく鍼で緩めた筋肉が再び緊張してしまいます。ひどければポリネックで支えたりもします。

頸椎症の鍼灸治療
 まず頚の症状というと督脈を考えますが、督脈は灸のツボと記載された書物もあり、靭帯ばかりで筋肉が余りないため、刺鍼しても効果が望めません。それに脊柱管は管と言っても、上下の骨が組み合わさった管ですから、笛のように背部には穴があります。そのため督脈穴を棘突起に沿わせて突き上げたり、背骨から0.5寸離れた夾脊穴を中心に向けて斜刺すれば、脊柱管内に入って脊髄を傷付ける恐れがあります。もっとも棘間靭帯、黄色靭帯、後縦靭帯を貫いて、さらに硬膜を貫いたのちですから、鍼の感触としては何度も硬い組織に阻まれ、硬膜に接触したときは足まで電気ショックのような危険サインが発生します。それを無視して刺入した場合だけ脊髄を傷つけることになります。脊髄を傷付けると一時的な半身不随になるそうです。ですから慎重に刺入しなければなりません。めんどくさがりの私は、最初から神経を遣う督脈などへは刺鍼しません。
 そこで背骨から1寸離れるという夾脊穴説を採用し、そこへ直刺します。頚は細かい神経や血管が多く、迷走神経まで走っているので、太い中国鍼は使いません。以前は自分の身体ならと、太い中国鍼を自分の風池へ刺し、ひどいときは刺鍼したまま寝てしまったことすらありました。現在は嫁さんに禁止され、患者さんには3番の1.6~2寸を使って風池へ刺鍼しています。まあ頚部の刺鍼では、明らかに筋肉だと判っているところは除いて、強い抵抗があったときは、それ以上刺入しないことです。例えば太い鍼を使い、中枢神経じゃなければ大丈夫だろうと、総頚動脈や椎骨動脈へ刺入して血管壁に傷を付けますと、血管壁の傷に血がへばり付き、そこから血栓が生長して、切れて頭に上がって脳味噌を詰まらすという可能性もあります。もっとも細い鍼ならば、動脈も捻鍼しなければ突き抜けないし、すぐに傷も治るので心配はありません。それに動脈に血栓があれば、聴診器を当てると雑音がします。

頚部の刺鍼の注意事項
 特に頚部の刺鍼では、背部のように注意すべきことはありません。しかし門への刺鍼には問題があるようです。やはり督脈です。刺入方法としては、椅子に腰掛けて机に頭を伏せ、下顎に向けて0.5~1寸刺入するとなっています。脊髄を刺激しているようです。上に向ければ延髄だから、絶対に延髄方向へ刺入してはならないと書かれています。古書には耳へ向けて透刺しろと記載されていたりします。「直刺すると失神する」とありますが、どう見ても延髄を損傷して昏睡状態になったものと思われます。だから刺入しないほうが良いのです。
 これを上部に向けて刺入するという先生もあります。精神病治療で有名な中国人の先生ですが、高齢のため脳卒中で入院したので、生きているかどうか判りません。日本から患者さんを連れてゆき、治療してもらっていたのですが、奥さんから脳卒中で倒れたと聞きました。だいたい1寸ぐらいの鍼を門へ刺入し、奥さんが前で様子を見ていて、手足がビクッとしたら奥さんが「来た」と一言、あとは少し引き上げて提插するといった治療でした。他の治療例でも、ここから延髄へ向けて刺入し、硬膜に当てて延髄を刺激すると精神分裂症が治ったりしていました。かなりヤバイ治療法のような気がするので、あまり自分ではやりたくありません。まあ神経を使います。

 頚部で注意すべき有用穴としては、風池、完骨、翳風などがあります。特に風池は、承淡安という有名な先生が「風池は対側の眼球へ向けて刺入しろ」と言ったために、それが標準的な刺鍼法とされてきました。しかし、それでは大後頭孔から鍼尖が入り、延髄を損傷する危険性があることから、最近になって「風池は鼻先に向けて刺入する」とか「顴骨に向けて刺入する」のように位置が下がってきています。確かに中枢神経を刺激する方法かもしれませんが、北京堂では筋肉へ刺入するという立場から「対側の眼球へ向けて」は推奨できません。対側へ向ければ、身体の中心を交差してしまいます。やはり同側の筋肉へ刺入するほうがベストと思います。

 まず危険地帯の風池、完骨、翳風は、上に向けなれば安全です。大後頭孔へ向けるから危険なのです。少し下向きにすれば絶対に安全ですし、深刺もできます。では下向きに刺入するメリットは?
 後頭骨と第1頚椎からは様々な神経が出ています。大後頭神経、小後頭神経、大耳介神経、頚横神経があり、耳の後ろは茎乳突孔から顔面神経が出ます。その位置が、風池、完骨、翳風に相当します。

 こうした神経は、やはり筋肉が痙攣すると圧迫されておかしくなります。私も一度、頭半分が痺れて、髪をといても感覚がなくなったことがあります。自分で風池に刺鍼して、しばらく読書をしないようにしていたら治ったのですが。

 こうした神経の根部を締めつけているのは、後頭骨と第1頚椎を繋ぐ上頭斜筋、小後頭直筋、第2頚椎を繋ぐ大後頭直筋、第1と第2頚椎を繋ぐ下頭斜筋などです。これらの筋肉を緩めて、神経の圧迫を解くには、その筋肉へ刺入しなければなりませんが、いずれも後頭骨より下にあるため、上向きに刺入するより少し下向きに刺入したほうが、刺入面積が大きいため効率的です。しかし極度に下を向ければ、こうした筋肉へは刺入できず、頭半棘筋や頚半棘筋、頭棘筋や頚棘筋、頭板状筋や頚板状筋へ入ってしまい、頭痛を解消するという目的を達せられなくなってしまいます。
 こうした筋肉へは、同側の上前歯先端に向けて刺入するとうまく当ります。「そんな方法、どんな本にも書いてないじゃないか」というお叱りを受けそうですが、同側なので交差刺と違い、中央の大後頭孔に鍼尖が侵入する恐れはなく、また水平や上部に向けると、すぐに後頭骨に鍼尖が当たってしまいますが、そうしたこともなくスムーズに刺入でき、頭蓋骨の底面に沿って進むため絶対に危険がありません。それに大概、環椎や軸椎に当たって鍼尖が止まります。翳風は背骨から離れているので事故が起きる心配はありません。まあ前歯に向けて刺入すれば反対側へ行くことはないので、大後頭孔から頭蓋内へ鍼が侵入することはありえません。

 あとは頚夾脊穴に刺鍼すればよいのですが、この後頚部には不思議なことに、天柱、風池、完骨以外に経穴がありません。このような効果的な部分にないというのは驚くべきことです。恐らく昔の鍼製造法では、細い鍼が作れなかった。そして頚には細い血管が多いため、刺鍼したら内出血したので刺鍼しなくなったと考えられます。現在では頚の夾脊穴が設けられ、さらに新設、百労、下百労などが設けられています。後頚部の筋肉は、背中まで続いてないことが多いので、後頚部は後頚部で刺鍼する必要があります。あるいは、風池に刺鍼すると、下にある後頚部の筋肉も緩むため経穴を設けなかったのかもしれません。いずれにしても喉の痛みや口内炎、肩や腕の痛みを治すには、こうした後頚部の奇穴へ刺鍼することが欠かせません。

寝違いの鍼灸治療
 次に寝違いの治療ですが、これは主に胸鎖乳突筋が痙攣していることが多いのです。ところが胸鎖乳突筋に刺鍼して痙攣を解くと「8割ぐらいは治ったが、今度は後ろが痛くなった」という人があります。後斜角筋の位置です。ですから寝違いには胸鎖乳突筋に限らず、斜角筋群や肩甲挙筋にも、頚部横側を広い範囲で刺鍼したほうがよいようです。
 頚部側面には胸鎖乳突筋へ刺鍼できる、扶突穴と天鼎穴があります。そして頚動脈洞へ刺入できる人迎穴、やはり胸鎖乳突筋へ刺入する水突穴、鎖骨上部の気舎穴と、後頚部に比較してツボが多いのです。また気胸を起こす危険な奇穴として有名な頚臂穴があります。
 後頚部中央に経穴がなく、前頚部に経穴があることに納得しかねますが、むしろ前頚部に注意すべき経穴が多いのです。まず人迎です。これは血管壁に当てるだけで、刺し貫いてはいけません。鍼が硬いものに当たっていれば、それは血管壁なのです。手を離してみれば、鍼柄が心臓の鼓動とともに上下しているので判ります。それ以上刺入すると、血管壁を破り、前に述べたように血栓のできる恐れがあります。
 次に気舎です。これは天突から1.5寸で、鎖骨上縁だから、深部には肺があるので直刺で0.3~0.4寸とあります。人民衛生出版社『経外奇穴纂要』によると、頚臂は横刺で下に向け1.5~2寸刺入とあります。水突は、気舎と人迎の中間ですから、ちょうど肺尖ぐらいにあたります。
 鎖骨の上2~3cmまでは肺尖があるので、深刺する私は使わないようにしています。それに胸鎖乳突筋は後頭骨から鎖骨、斜角筋は第2頚椎から鎖骨、肩甲挙筋は第3頚椎から肩甲骨上角と、ある程度の長さを持っていますから、鎖骨との付着部を狙わなくても、経穴に捕らわれなければ、その筋肉へ安全に刺入できる部分は幾らでもあるわけです。もっと上部に刺鍼すればよいのです。

 どうも経穴というのは筋肉そのものではなく、筋肉が骨に付着している部分に集中しているようです。確かに筋肉と骨の付着部は組織が異なるため、筋肉が痙攣すると接合部に痛みがでやすいのですが、そこは腱になっているだけですから刺鍼しても筋肉自体は緩みません。筋腹へ刺鍼すると効率よく緩みます。だから胸鎖乳突筋や斜角筋、肩甲挙筋へ刺鍼するときは、鎖骨あたりの前頚部を良く見て、そこが膨らんで軟らかければ肺尖があるかもしれないと疑い、それより少し上から刺鍼してゆけば肺を傷付けることはありません。そして外から見える場所ですから鍼尖が傷んだ鍼を使って内出血させることなく、3番ぐらいの鍼を使って鍼感を確かめつつ刺入し、筋肉のシコリ以外で硬い組織に触れたら、それは恐らく硬膜や動脈だったりするので、それ以上刺入しないようにします。

余談の続き
 こうして判りきったことをクドクドと書いたのは、鍼灸学校の学生など無免許で知識のない人も、なにかの機会に家族や友人へ刺鍼することがあるかも知れないので、単純な局所治療の方法、安全な刺入方法などを解説しようと思ったからです。もちろん鍼灸学校をキチンと卒業し、正規に勉強した鍼灸師ならば、経絡や経穴は当然のこと、神経や血管、筋肉および体表から何センチの位置に内臓があるか?また鍼専用の経穴や灸専用の経穴、マッサージ専用の経穴なども熟知しているので危険はありません。

 そもそも私は勉強中の身で、鍼灸書の翻訳ばかりしています。しかし嫁が「翻訳書では著作権に触れるから自分で何か作れ」と命令するため、しかたなく私が持っている初歩的な鍼灸師の知識をダラダラと書きました。主に身体の内側、鍼灸の五大疾患について基礎的な知識を書きました。

 このホームページの内容は、筋肉と神経を知っていれば、誰でも考えつく治療内容ですから、鍼の学生や初心者みたく自分の治療を確立していない人には参考になるでしょう。挙げられている遠隔治療の経穴も、一般的でよく知られたものです。
 私も鍼灸を十年以上やっていますが、いまだに修行中の身です。若い頃にサボっていたため、成人してから勉強する身になりました。
 私の経験では、鍼灸を勉強する一番の近道は中国語を勉強することです。何故かというと、鍼灸なら英語だろうが日本語だろうが、世界中の主要な文献が中国語に翻訳されているからです。発音が悪かろうが、ニュースが聞き取れなかろうが関係はありません。ただ鍼灸文献が読めさえすればいいのです。鍼灸の古文と解剖学術書さえ読めれば、鍼灸関係の書物は、ほぼ読めます。すると今まで何年もかけて苦心して開発した治療方法が、実は十年も前に中国で紹介されていたなどということがよくあります。メリットは計り知れません。
 まず鍼灸治療の前に、現代では西洋医学が必要ですが、日本の医学書は高くてそろえるのは大変です。ところが私のように中国語が読めますと、中国は物価が安いので医学書も安いのです。例えば南江堂から出ている『人体解剖カラーアトラス』は、佐藤達夫訳で1万円ぐらいしますが、人民衛生出版社の『人体解剖彩色図譜』は、万選才訳で180元、1/4の値段です。これでは覚えないわけにはゆきません。
また私の本で恐縮ですが、私の翻訳した『全訳経絡学』の原本である中国教科書は3元ぐらいだったと思います。紙質が悪いですからカラー写真の解剖書と比較はできませんが、それでも3000円と1元20元で計算して60円です。
 医学書を買う金くらいあるわいという人も、例えば私は鍼灸書を千冊持っていて、そのうち20冊ぐらいを翻訳し、その20冊のうち出版されたのは6冊のみです。だから中国語をマスターして中国の鍼灸書を買うのは一つの手です。
 もしあなたが開業鍼灸師で、ここまで私が解説した深刺局部療法に効果があると思うなら、中国語を勉強して、本を買いに中華書店へ走るのは良い考えです。安く勉強できます。
しかし勉強したいあなた!私もあまり楽して勉強されると腹が立つので手伝いませんが、苦労しても勉強したいのでしたら古典の手伝いぐらいはします。これからは、中国の古典名著を原文で載せてゆこうかと思っています。
 まあ、私も局部療法とはいえ、すべてを公開してしまう訳にもゆきませんので、このあたりで終わりにします。チャンチャン!
 ムチウチ症とは関係がありませんが、しつこい肩こりで、何度治療しても何日も経たぬうちに肩凝りが再発してくる場合、顎関節症が原因となっていることが良くあります。ひどくなると口が開かなかったりします。その場合は、顎関節症から治してゆかねばなりません。顎周りの筋肉が縮んでいるので、それを弛めてゆくのですが、耳門や聴会、頬車などへ刺鍼して筋肉を弛めます。
 鍼灸師には常識ですが、耳門や聴会などには、そのまま刺鍼しても、いくらも入りません。ここは昔から「口を開くと穴が現れる」といいまして、銅銭を何枚か重ねてくわえさせ、口を開いたまま刺したようです。私などはハンカチを丸めてくわえさせたり、キッチンペーパーを使ったりします。そうしてできるだけ口を開いた状態で刺鍼しますが、口が開かなくて1cmも刺さらない場合は、頬車をメインにします。頬車は下顎内側の骨に沿わせて、前歯方向へ2寸を刺入します。耳門や聴会は1~2cmの直刺か斜刺をします。ついでに太陽から率谷へも透刺して咬筋を弛めます。このようにすれば、ほぼ2回で顎関節から音がしなくなり、3回ぐらいで治癒して、再発を繰り返す肩こりも治ります。このような顎関節症だけでなく、歯の噛み合わせから寝違いが起きたりもしますので、肩こりの治療では後頚部へ刺鍼するだけでなく、顎周りの筋肉のことも考慮しなくてはならない場合もあります。

 補: この五十肩治療で、一回めは肩が挙がるようになったが、二回めには全く効果がなかった。どうしてか? という質問が寄せられました。
 正直言えば、五十肩の治療は難しいのです。その理由は、腰の痛みならば、脊柱起立筋、腰方形筋、大腰筋、多裂筋、横突間筋の五筋しかなく、ほかにあるとしても中臀筋か小臀筋ぐらいしか関係しないので、7筋しか関係していません。しかし、肩周りは複雑な動きをするため、腰より遥かに多くの筋肉が関わっています。そのため、どの筋肉が拘縮しているのか捜しだすことが難しいのです。
 このホームページでは、五十肩治療に、図としては豊富に挙げていますが、実際の刺入方法は、頚や背の夾脊穴、斜角筋への刺鍼、棘上筋への刺鍼、肩甲下筋への刺鍼しか挙げていません。その理由は、疼痛部位への刺鍼は誰でも考えつくことなので挙げていないのです。
 五十肩は肩関節の周囲に痛みがあり、頚に痛みがあるわけではありません。まず痛みの出ている肩周りの疼痛点や圧痛点へ刺鍼してみることは、初心者でも考えます。しかし、その結果、成功することは滅多にありません。
 痛む部分には刺鍼した。しかし全く効果がない。では、どう治療したらよいか途方にくれる初心者のために「こうしたら効果があるよ」とアドバイスする目的のホームページです。そして後頚部や斜角筋、棘上筋、肩甲下筋、烏口腕筋へ刺鍼することは、直接の痛みが現れていないため、初心者には思いつかない刺鍼点になりますし、また刺鍼方法も知らないため、鍼が肺に入って気胸を起こす可能性があるかもしれません。そこで詳しくアドバイスしているのです。
 当然にして3つの斜角筋、肩甲挙筋、頚後部の筋肉群、棘上筋、肩甲下筋、烏口腕筋などだけではなく、棘下筋、大小円筋、三角筋、上腕二頭筋、上腕三頭筋、大胸筋、大小菱形筋も肩関節の痛みに関わっています。しかし、そうした筋肉は、表面から簡単に触れることができる筋肉であり、触ってみれば堅さから拘縮しているかどうか判断できます。

 刺鍼方法には、天地人の三部取穴があり、そして辨証取穴があります。鍼の辨証取穴とは、一般に痛み(痺証と呼びますが)を寒熱や風湿に分類することです。しかし漢方薬の治療ならば、それで良いかもしれませんが、鍼灸の痛み治療では、どの筋脈が拘縮して痛んでいるのかを明らかにせねばなりません。そして筋脈の拘縮と呼びましたが、脈は血管のことと判ります。しかし筋とは何でしょうか? それは「青筋を立てて怒る」とか言うように、静脈を意味することもあり、筋肉ではなく腱を意味することもあります。さらに細長い組織は全て筋なので、神経を意味しているとも考えられます。
 「いや神経は髄で、筋ではない」という意見もあるでしょうが、髄とは何でしょう? それは骨の中にあるものが髄だとされているので、神経が背骨や頭蓋骨にあるうちは確かに髄ですが、それは神経細胞の話で、背骨から外に出た瞬間に「筋」という名前に変わってしまうのです。つまり「筋脈が引きつる」とは「筋肉や神経、血管が痙攣して圧迫されている」と解釈できるのです。では、どの神経、どの血管、どの筋肉が圧迫されたり拘縮しているのかを分類しなければなりません。
 圧痛点刺鍼や疼痛部位刺鍼だけをしていれば、その効果がなかったとき、どうしてよいか判りません。そこで「筋肉は付着部に痛みが起きる」とか「神経は筋肉や骨、腫瘍など、組織に圧迫されると痛みが発生する」、「血管は圧迫されると血流が悪くなる」など犯人を特定する方策を示したのです。圧痛点や疼痛部位があれば、そこへ刺鍼するは初心者でも考えます。ですが「そこに付着している筋肉が収縮しているために、それを引っ張る動きをすれば剥がれるので痛みが強くなるのではないか?」とか「その筋肉が収縮して神経を圧迫しているため、その筋肉を圧迫するような動きをすると、筋肉に締めつけられている神経が、より圧迫されるので痛みがひどくなるのではないか?」、「その神経が背骨の出口で圧迫されているために、ちょっと神経に刺激が加わるような動きをしたとき痛むのではないか?」と考えを一歩進めます。すると「どの神経が圧迫されているはずだ」とか、「どの神経が、どの筋肉によって圧迫されているはずだ」とか、痛みを出している犯人が見つかるはずです。神経を圧迫している組織が筋肉ならば、刺鍼して緩めることができ、骨ならば削って圧迫を緩めることができ、靱帯のような組織が圧迫しているならば、切れ目を入れて緩めることで痛みが解消されるはずです。こうした筋肉を分類して治療することが、辨証法の精神なのです。
 どの筋肉が拘縮しているか調べる最も簡単な方法は、圧迫してみることです。その筋肉は拘縮しているので、筋肉内部の血管や神経を圧迫しているはずです。そこで筋肉を外部から押さえて、神経の圧迫を強めてやれば痛みが出るはずです。この原理で起きている運動障害は、正座できないものです。腓腹筋やヒラメ筋が拘縮していれば、少しでも圧迫が加わると筋肉内の神経圧迫が強くなって痛みが倍増するので、正座できなくなります。五十肩でも、こうしたケースがあります。圧迫することによって筋肉を特定します。
 次には、拘縮した筋肉を伸ばすような動きをすると痛みが倍増します。それには大腰筋痙攣など、深部で触れない筋肉に有効です。縮んだ状態から伸ばす動きをすることによって筋肉を特定できます。
 三番目に、拘縮した筋肉に負荷をかけてやることです。例えば棘上筋などは、手を水平に挙げようとする動作に対して、上から押し下げてやる抵抗を加えることによって痛みが倍増します。こうした抵抗を加えることによって、筋肉を特定できます。
 ほかにも特定する方法があるかも知れませんが、我々が拘縮した筋肉を特定する方法は以上の3つです。だから圧痛点という点ではなく、筋肉というラインを治療します。
 初心者は、主に圧痛点治療なので、痛む部分だけに刺鍼することが多いのです。しかし北京堂方式では、圧痛点は筋肉が骨に付着している部分が引っ張られて痛んでいると考えており、それを治療するためには引っ張っている筋肉を緩めなければならないとの考えですから、圧痛点の治療ではなく、それより上下の硬くなった筋肉へ刺鍼する治療をします。そして肩周りや大腿、フクラハギの太い筋肉に対しては、太くて長い中国鍼を使って、筋肉を透刺するような感じで、できるだけ鍼体を長く刺入するような探り方をします。
 これは私が中国医学の辨証治療は、痛みの治療に不十分だと感じて採用した方法です。
 私の住んでいる田舎では、坐骨神経痛の大腰筋拘縮が最も患者が多く、次が五十肩、そして腰痛や背痛、膝の痛み、頭痛や耳鳴りの順で患者さんがあり、顎関節症や喉の痛み、精神病の患者さんは、ほとんどありません。それで従来の痺証治療に不満を感じるようになり、神経と筋肉を分類した治療になったのです。都会へ行ったところ、大腰筋拘縮がほとんどなく、脊柱起立筋が疲労した程度の腰痛が多かったので、五大疾患の治療が、小児鍼や精神疾患の治療に変わっていたかもしれません。
 辨証の辨は分ける意味で、分証とも呼びます。これは万金丹のように「この薬は何にでも効く」とか「このツボは何にでも効く」などとする太極療法と対極を成すもので、だから一人一人に合わせた分類治療なのです。誰でも同じ治療をしていれば、一人一人に合わせたり、季節に合わせたり、地域に合わせたりの三因製宜と外れてしまいます。
 このホームページに掲げたのは、北京堂で基本としている処方で、この基本処方で様子を見て、うまく治らねば何で治らないかを考え直し、棘下筋へ刺鍼することもあります。
 その場合は、天宗から10番ぐらいの鍼を肩甲棘へ向けて、肩甲骨表面を滑らせるように透刺したりします。まあホームページの処方は、基本処方として考え、それに加減することです。例えば、肩甲下筋への刺鍼が書いてあるからといっても、肩甲下筋へ刺鍼しても得気がなければ省き、天宗から肩甲棘へ透刺する棘下筋刺鍼に得気があれば、それに変更するなどです。つまり基本処方の夾脊穴刺鍼、そして斜角筋への刺鍼を基本処方とし、それに肩甲挙筋、棘上筋、棘下筋、肩甲下筋、烏口腕筋などへの刺鍼を加えるのです。それを加減と呼びます。加えたり減らしたりするので、加減です。これは太極療法ではない、個人個人に合わせた処方です。それが三因製宜による辨証治療です。
 証というのは証候のことですが、これは筋肉や神経を特定して分類治療しているので、辨証治療というより辨筋治療になります。
 この質問者はマニュアルの基本処方ではなく、二寸の三番を使って治療したとのことです。そして前回に効果があったからと、次回は前回より奥に痛みがあるのに関わらず、全く一回目と同じ治療をしたということです。これは中医の弁証思想に反しています。
 中医には二つの弁証法があります。一つは辨証治療などという分類治療を意味します。もう一つの辯証は、陰陽五行説など思想的な辯証です。現在の日本では、花瓣も辨証も辯証も辧公も、同じ弁という文字を使いますが、両側の辛という文字は、分けられたものの意味です。辯は、言葉により白黒を分けるもの。辨のリは刀なので、スパッと分けること。分と同じです。瓣は瓜によって分かれてますから、花の意味と判ります。辧は力で分けているので、事務をしているのです。中医でいう弁証は、哲学的な思想を教えることで、その思想は「病気は常に変化している」というものです。
 つまり最初の治療で、二寸の三番を使って治療したのならば、その鍼が達した範囲の筋肉は緩んでいると考えられます。だから奥の達していない部分が痛くなったのです。つまり状態が変化したのです。人の身体は、何ケ所も同時に痛みを感じることはできません。だから最も痛い部分を「痛む部位」として指し示すわけですし、また最も痛む部分があるために、それ以上の動きができなかった場合、治れば今まで以上の動きができるようになりますが、今までの動きの範囲では痛みが出なかった場所が、より大きく動かすことで痛みが発生する部位があったということもあります。そうすると状態が変化していますので以前と同じ治療をするわけにゆかず、また原因を捜し出して、それに対処する刺鍼をします。これが弁証を応用した流動的な治療方法なのです。
 ですから中医では、教わったとおりの杓子定規な治療をしてはならないとされ、よく兵法に喩えられます。つまり同じ戦法でゆけば、相手も対策を講じているので、必ず負けるのです。ジャンケンで言えば「私はいつもグウを出すから負ける。ということは、相手がパアを出すというとこだ。だから最初にチョキを出せば勝てる」ということです。
 それと「十番の三寸を使え」と書いてあるのに、二寸の三番では力が弱すぎます。『内経』に「病が大きいのに小さな鍼をしてもダメで、病が小さいのに大きな鍼をしてもならない」とあります。一般に、五十肩では筋肉がカチカチに固まっており、十番ぐらいの太さの鍼でなければ刺さらないし、刺したところで筋肉も緩みません。私など揚刺や合谷刺のように、同じ場所へ向けて複数の鍼を刺入して緩めることがあるぐらいです。処方量は守りましょう。勝手に薬の量を減らしても、効果を保証できません。
 二つの弁証を解説したところで、三部取穴について話ましょう。これは天地人の補瀉法のことではありません。ちなみに天地人の補瀉法とは、分層補瀉と言って、表層の筋肉、中層の筋肉、深層の筋肉と、それぞれ天人地の深さにて刺鍼操作することです。三部取穴とは、取穴法の一つで、やはり天地人に分けます。しかし分層補瀉とは違い、『素問』の「病が上にあれば下を取り、下にあれば上を取る」を発展させたものです。
 ここの上とは天に当たり、それが体幹のことです。人は、末端と体幹の中間、そして地が末梢に当たります。つまり、この三ケ所へ同時に刺鍼することです。
 例えば坐骨神経痛を例に取ります。すると天部が腰へ刺鍼する大腰筋や腰方形筋への刺入、人部が梨状筋や中小臀筋への刺入、地部が腓腹筋や外側広筋への刺入に相当します。また五十肩ならば、天部が夾脊穴や斜角筋、肩甲挙筋への刺入。人部が棘上筋や棘下筋、烏口腕筋や肩甲下筋への刺入。地部が合谷やら曲池やらへの刺入になります。
 何故こうした取穴をするかですが、坐骨神経痛でも五十肩でも、最初は脊柱付近の痛みから始まることが多いのです。つまり腰や頚、背中の痛みです。肩や足の使い過ぎで起きたものは、腱鞘炎のようなもので脊柱は原因となっていません。しかし筋肉の収縮がひどくなれば、その部分は痛まなくても別の部分が痛くなります。例えば坐骨神経痛の足、五十肩の肩関節や指先の痛みなどです。そうした痛みがありますと、痛みはパルス刺激なので筋肉が収縮します。すると腕や足末梢の筋肉まで拘縮してしまい、原因の脊柱付近を治療して緩めても、末梢の筋肉は拘縮したままで、痛みは軽くなったが、すぐに再発してしまいます。脊柱を構わないで、足や肩関節へ刺鍼して坐骨神経痛や五十肩を治療したときも、同じ理由で再発してしまいます。
 そこで背骨から神経が出ている神経根部、棘上筋や棘下筋、烏口腕筋や肩甲下筋、梨状筋のように神経が筋肉によって挟まれやすい部分、そして痛みが発生した神経の末梢部分の三ケ所を同時に取ることで、背骨から出た神経が圧迫されそうな部分全てを同時に緩めてしまうのです。一つでも神経を締めつけている個所を残しておけば、それが神経に痛みパルスを発生させ、徐々に再発してしまいます。こうした理由で、天地人の三部取穴をします。
 このように柔軟で流動的な治療をすれば、その五十肩は治ったと思います。

 次に「どうしてこうした治療法を思いついたのですか?」という質問がありました。
 中国の鍼灸は「知って捕らわれず」ですから、必ずしも習ったことが後生大事ではありません。自分でアレンジしてゆくのです。私の治療法も自分が考えついたものではなく、先人の治療法を発展させたものです。その先人とは、木下晴都の著書でした。木下晴都の坐骨神経痛の治療は、日中国交回復した中国にも多大な影響を与えたと思います。木下晴都の著書で読んだのは、「坐骨神経痛十年臨床」と『鍼灸学原論』、そして『鍼灸治療学』と思います。
 私の場合、実際の授業や先生について習った事柄は、日中を問わず、あまり実になっていません。それよりも本で読んだことが実になりました。中学校ぐらいのときに読売新聞で、日本へ有名な学者が来て講演していました。そのなかに「神経は、筋肉と交叉する部位にて痛みを発生させる」というようなことが書いてありました。そして木下晴都は著書の中で、筋肉は軸索反射によって刺鍼にて痙攣が解除されることを、モルモットの筋肉へ刺鍼して実験しました。またソ連で、神経ブロックも発明されました。
 神経ブロックが発明されたときには、世界は「わずかな麻酔薬を注射して麻酔したところで、効果があるものか」と否定的でした。しかし現在では効果を疑うものはいません。
 このメカニズムを考えてみると、麻酔薬を注射したことにより神経が麻酔されてパルスが起きなくなり、筋肉へ「収縮しろ」という命令が伝わらなくなって筋肉が緩み、血管を締めつけなくなったために血流が改善し、麻酔している間に筋肉が緩んだ。そして神経が目覚めたときは、神経を締めつけている筋肉が緩んでいるの痛みパルスが発生せず、そのまま治ってしまうということです。つまり神経ブロックが効く理由は、筋肉が弛緩して神経を圧迫しなくなることにあるのです。
 中国ではブロック注射のことを水針とか封閉と呼びますが、この水針療法では、神経を切ったり、血流が悪くなって指が腐ったり、血管の中へ液が入ったりなどの事故があります。そうした不良作用が鍼にはなく、筋肉を緩めて神経の圧迫を緩和するためだけなら、木下晴都の軸索反射を使って筋肉を緩めたほうがよいことになります。
 こう考えてゆくと、鍼と神経ブロックは、痛みの治療では全く同じ原理だと判ります。
 次に読売新聞に載っていた「神経と筋肉が直角に交叉する部分で痛みが発生する」という理論ですが、それを考えてみます。筋肉と神経が並行して走っていれば、筋肉は筋膜に包まれており、神経は傍らを随伴しているので、どんなに筋肉が収縮しようとも神経を圧迫することはありません。しかし神経が筋肉の中を貫いていれば、筋肉が収縮すると神経が圧迫されて痛みが発生するはずです。すると、この外国の医者が唱えた理論は納得できます。
 では二つの理論を組み合わせると「筋肉へ刺鍼すれば、軸索反射で緩む」。これが軸索反射なのか、何なのかは不明ですが、固まった筋肉へ刺鍼して40分ほど放置すれば、その筋肉が柔らかくなっていることは誰でも知っています。では「神経が筋肉と交わる部分」ですが、背骨の両側は脊柱起立筋が縦に走っていて、背骨から神経は横に出ているので、背骨の両側が、神経が筋肉と交差する部位と判ります。坐骨神経では、梨状筋は横に走っていますが、坐骨神経は縦に走っています。だから梨状筋の中を坐骨神経が貫いていれば、梨状筋が拘縮すると圧迫されて痛むと判ります。それを拡大すれば「筋肉の中を神経が走っているとき、その筋肉が収縮すると、神経が圧迫されて痛みが発生する」と解釈できます。これによって神経を圧迫する筋肉を調べてみると、坐骨神経痛では大腰筋と梨状筋、ヒラメ筋となります。大腿後面では、坐骨神経は中央を走っており、両側を二頭筋と半腱半膜様筋が走っていますので、これは筋肉の影響を神経が受けません。
 肩関節では、背骨の両側は筋肉が縦に走っていますし、神経は横に走りますので、当然にして筋肉を貫くことが多く、背骨の両側が治療点となります。そして斜角筋、棘上筋、肩甲下筋で圧迫されます。ほかにも烏口腕筋や棘下筋も末梢神経を圧迫しそうです。
 こうして中国で何体か解剖し、木下晴都の筋肉を緩める発想に、神経が圧迫されて痛むという発想を加味して、「こうした方針で推理すれば、治療方法が判りますよ」と、治療法が判らずに途方にくれている初心者を教えているのです。
こうした治療法は、当然にして高度なものではなく、頭で考えれば治療方法が導き出されるので、高度な鍼灸とは言えないでしょう。しかし痺証の治療に対しては、現在の教科書には、主に圧痛点治療しか記載がなく、その効果も一時抑えで再発しやすいため、「これぐらいの治療ができなければ、鍼が信用されなくなってしまう」と思って公開してあるのです。こうした治療は、ある程度のレベルに達した鍼灸師ならば、誰でも思いつくことなので、「ヒヨコ鍼灸師は最低レベルを確保してください」と、無料で公開しているのです。無料なものは、その程度のものですけれど、試してみる価値はあるでしょう。なにせ無料ですから。
 こうした発想は「頭痛や風邪が、どうして風池で治るのか?」とか、「片頭痛が太陽を使って治療できるのは何故か?」とか、「不眠の治療穴である安眠穴が、なぜ完骨付近にあるのか?」、「顔面麻痺治療の特効穴である牽正穴が、なぜ翳風付近にあるのか?」、「なぜ完骨で口内炎が治るのか?」など、坐骨神経痛や五十肩だけでなく、さまざまな局所治療に対する意味が理解できます。そうしたことが理解できれば「刺鍼して、どの方向へ何センチぐらい刺入したらよいのか?」という回答も出ます。

 背骨の裏には自律神経節があって、身体を調整しています。だから背骨周囲の筋肉が拘縮すれば、さまざまな疾患が発生します。それだけでなく、背骨から手やら足やらにも神経が出ています。だから膀胱経に五臓六腑の兪穴が存在しているのだと思われます。
 最初の質問者に「背骨は何椎ある?」と逆質問したところ、「7+12+5=24椎」という答えが返ってきました。間違いです。中医学の背骨は脊であり、それは胸椎から始まって仙椎を含めますから十七椎+四椎で、二十一椎しかないのです。「では頚椎は何?」という質問になるでしょうが、頚椎は頭を支える柱骨で、背骨ではありません。頚は背中ではないのです。ではなぜ脊柱を24椎と呼ぶか? それは仙椎を省いているのからです。脊骨が十七椎、柱骨七椎、だから脊と柱を合計した脊柱が24椎なのですが、仙椎を含めれば28椎となります。昔は、頚には内臓がないので、華佗夾脊穴は頚にありませんでした。しかし自律神経の重要さが判り、頚の夾脊穴も誕生したのです。手足の末端へ刺鍼するのも、神経が背骨まで繋がっているからに他ありません。
このホームページを見た人は、まず実際に効果があるかどうか試してみて、自分の治療法が優れていれば捨てればよいし、この方法が優れていれば取り込めばよいのです。しかし書いてあるとおりに試さなければ、とくに首や背中などでは危険を伴います。細い鍼では、どこに行くか判らないので危険です。首は3番を使いましょう。五十肩の第6頚椎から第2胸椎夾脊穴までは、10番ぐらいの太さがないと刺さりません。
 著作権でも同じですが、初心者は人真似をしてみなければ上達しません。どんなに天才でも、ツボだけ知っていては、その人が一生で達するレベルは知れたものです。私も木下晴都の著書を読んで三寸五番を使った坐骨神経痛治療の効果に感心し、朱漢章の小鍼刀を読んで似たこと考えるんだなと感心し、高維濱の鍼灸三絶を読んで納得しました。それぞれ自分で開発した方法を武器に治療していますが、それらを総合して自分なりの治療を開発すれば、先人の優れた技術を発展させることになり、その分野が進歩します。北京堂式治療法は公開してありますので、これを模倣して発展させることはできます。この治療法の誕生した基本理論もありますので、中医学のように進歩することができます。
 刺鍼すれば筋肉が緩んで、筋肉による神経や血管の圧迫が除かれ、ブロック注射と同じように治療できるという北京堂式経筋治療の理論を使い、新たな治療法を開発した人は公開してください。

 次にQ&Aでアップした「ギックリ腰を起こしている場所に直接刺鍼すれば、立てなくなる」という質問です。
 これは3つのケースが考えられます。一つは、ギックリ腰を起こしているから腰へ刺鍼したけれど、大腰筋が痙攣しているのに脊柱起立筋へしか刺入せず、そのために治療効果がなかったが、大腰筋が痙攣しているのにうつ伏せにしていたため、痙攣した大腰筋が無理に引き伸ばされて痛みが増したケース。次にギックリ腰ではなく、尿管結石や腰椎骨折だったケース。最後に、慢性の腰痛で痛みが麻痺していたケース。
 いずれにも対処できますが、難しいものもあります。どの筋肉が悪いのかは、前かがみになっているか、前かがみになれないか、腰を左右に回せないかで、大腰筋、脊柱起立筋、腰方形筋の判断ができます。そして尻や多裂筋は押さえてみれば判断できます。
尿管結石や腰椎骨折は、少しでも動くと激しく痛みますので、動きが見えないので判断ができにくいのです。しかし大腰筋と同じような痛みがでますが、腰を伸ばしているので判断ができます。
 最後に、慢性の腰痛で麻痺しているケース。これは鍼の適応症ですが、刺鍼すると一時的に悪化します。神経が筋肉に締めつけられた場合、少し締めつけられると重く感じ、もっと締めつけられると痛く感じ、さらに締めつけられると神経パルスが伝わらなくなって麻痺するからです。神経が切れているのと同じように、神経が伝わらなくなってしまうのです。こうした筋肉へ刺鍼すると、筋肉は中途半端に緩みます。すると麻痺して感じなくなっていた痛みが、復活してくることになります。一般に言う「瞑眩反応」で、好転する予兆なのですが、患者さんとしては悪化したと思います。痛みが激しくなってから「瞑眩反応です」と言っても、患者さんは信用しませんから、そうなりそうなケースでは事前に伝えておきます。うちではパンフレットに書いてありますが。
 これは五十肩などでは発生しませんが、悪化した坐骨神経痛や慢性ギックリ腰で起きやすいのです。というのは大腰筋へ刺鍼する鍼灸院は滅多にないので、大腰筋が極限にまで拘縮していることが多いからです。大腰筋は力の強い筋肉なので、拘縮を放置していれば腰椎が押し潰されてヘルニアになる恐れもあります。そうしたときに刺鍼して筋肉を緩めると、神経が伝達機能を復活させて痛みが発生します。それで痛みは実で、麻痺や痒みは虚というのです。実は発病して短く、虚は時間が経過しています。
 こうした痛みの発生は、抜鍼する時点で判ります。一般的には20分ぐらいの置鍼で筋肉が緩み始めますが、こうした重症患者では40分置鍼しても筋肉が緩まず、抜鍼するときに相当引っ張ります。これが中途半端に筋肉を緩めたケースです。完全に筋肉を緩めてしまえば解決します。筋肉が緩まなければ、迎鍼のようなものを打ちます。一筋当りに入れる鍼数を増やして、筋肉の弛緩速度を早めます。十字のように刺入した鍼を中心に、周囲に四本刺入します。揚刺の変形です。それも太い鍼を刺入します。できたら滑らかでない中国鍼が効果的です。そして筋肉が緩むまで置鍼時間を延長します。
 つまり鍼を増やす。太い鍼にする。置鍼時間の延長。この3点で筋肉を痛みが出ないぐらい緩めます。こうして筋肉を完全に緩めてしまえば、神経は締めつけられないので痛みが発生しません。
 痛む場合は、筋肉が引きつる(重み)→筋肉が拘縮する(痛み)→筋肉が萎縮する(麻痺)の順序で進行しますが、治る場合は←の方向でバックしますから、麻痺している段階で治療すると必ず痛みが発生します。その段階を通り過ぎるために、鍼量を多くしたり、鍼を太くしたり、置鍼を延ばしたりします。それが必要かどうかの判断は、抜鍼時に鍼がどれだけ引っ張っているかが目安になります。

  五十肩になり、神戸の弟子に刺鍼してもらいました。かなりウマイ所へ当たり、ズシーンというような得気はあるのですが、効果が今一つ。中国へ行き、留学生に誘われてウイスキーを飲んだあと、後頚部が収縮して痛みが急速に悪化したのが判りました。
帰りに弟子を呼んで、もう一回刺鍼させたところ、使っている鍼が3番。3番の鍼では牛スジのように拘縮した筋肉が解れるはずもなく、日本で言えば10番以上の中国鍼を使わないと効果がないので、帰りには太い中国鍼を使って解してもらいました。
  頚の下部や背中の上部、そしてゴムのように堅くなった筋肉には、日本の十番以上の鍼でないと効きません。これを『内経』は「病気が重いのに小さな鍼では効かない。病が小さいのに大きな鍼を使えば傷付く」と言っています。「病が小さいのに大きな鍼を使えば傷つく」はともかく、ひどく拘縮した筋肉へ細い鍼をしても、筋肉は緩みません。しかし拘縮のひどい筋肉は太い鍼をしても痛みがなく、ある程度は筋肉が解れると太い鍼では痛みが耐えれず、普通の三番ぐらいを使わなければツラクなります。
  北京堂では、ひどい五十肩の患者さんには中国鍼の0.35mmを主にし、ある程度の痛みが消えたときに日本の三番鍼を使うのに、どうも物忘れがひどいのか、忘れてしまって三番鍼を使ったため効果がいま一つでした。

  頚の横の肩甲挙筋には、側臥位で刺入します。先に肩甲挙筋へ刺鍼してしまうと棘上筋に刺入しにくいため、棘上筋へ刺入したあと頚周りの筋肉へ刺鍼します。経穴で言えば全知ぐらいですね。この刺鍼を間違えると全治二週間な~んちゃって。
  風池は安全のため3番鍼二寸を少し下へ向けて、撚鍼せずに単刺で刺入してゆきます。同側の舌尖を狙うような感じで刺入しますが、手を放すと上向きに刺入しているような角度に変わります。環椎に当たって鍼尖が止まります。自分に刺鍼するときは0.35mmの2.5 寸中国鍼でも構いませんが、患者さんでは安全のため3番を使います。
肩甲挙筋や斜角筋には、排刺をしてゆきます。排刺とは、その筋肉に沿って一列に刺入することで、筋頭、筋腹、筋尾の三個所へ一列に刺入します。
  棘上筋や肩甲下筋への刺入方法は記載しました。棘上筋は、関節の中が痛むようなケースで刺入します。肩が挙がらない場合ですね。肩甲下筋は、胸で、腕の付けねが痛む場合に刺入します。腕が後ろへ回らない場合でしたね。これは腋に手を突っ込んで押しても、なかなか痛みを感じないことも多いのですが、刺鍼すると痛みを感じます。
  棘下筋は普通に刺していてもよいのですが、天宗の少し下あたりから、肩甲棘へ向けて三本、平行にして突き上げるように斜刺します。だいたい肩甲棘へ達する付近でズシーンとした響きがあり、痛みが肩関節に広がります。3寸の中国鍼を使った斜刺が推薦です。脇を拡げた状態で刺鍼します。肩貞も臑兪へ向けて刺入します。三角筋へは、肩から肩貞へ向けて透刺したり、肩から極泉へ向けて透刺したり、また腋下の後縁から肩、腋下の前縁から肩へ透刺します。また肩から肩へ透刺したりもします。五十肩では拘縮が激しいので、中国鍼の3寸から2.5寸を多様して透刺しなければ、効果が薄いのです。
  中国鍼と書きましたが、日本鍼の太い鍼ではダメなのか?  日本鍼は鏡面仕上げなので刺入しやすいのですが、中国鍼は日本鍼より鍼体がザラザラしているので効果を得やすいと思います。だから拘縮のひどい筋肉に対しては、日本鍼より中国鍼が優れているでしょう。烏口腕筋へは腋から刺入しますが、上腕二頭筋と上腕骨の間へ、腋を拡げた状態で内側から外側へ横刺します。上腕二頭筋は、そのまま上から直刺すれば刺入できます。これは腋を広げた状態で、肩甲下筋と一緒に烏口腕筋へも刺鍼します。
  以上は、私が弟子に、このようにオリジナルをやって欲しかったこと。勝手に鍼を細くされると効果に影響してきます。軽症ならよいけれど。
  といっても私の五十肩は、やはり後頚部が相当に堅くなっていた。しかも大椎付近だけではなく、その上も風池の所まで拘縮していたことが判り、やはり頚が原因だったことがはっきりしてよかったです。それから今度の五十肩では、新たなことが判明しました。それは、水平まで腕が挙がらないのは確かに棘上筋が悪いのだけれど、肩甲骨が回転することによって水平以上に腕が挙がるため、肩甲骨に付着する種々の筋肉群が拘縮しているために水平以上に腕が挙がらないのだと思っていました。ところが今回の五十肩を観察したところ方々に痛みが出るのではなく、三角筋だけに痛みが現れることが判明しました。三角筋は腕を水平に挙げることを補助している筋肉なので、水平以上に腕を挙げたとき関係する筈がありません。そこで実験してみると、水平以上に腕を挙げたとき、肩甲骨が回転するのですが、そのとき肩甲骨の上角が背骨に接近し、頚椎7や胸椎1の神経根を圧迫して痛むことを発見しました。つまり大椎付近の筋肉が柔らかければ、肩甲骨上角が背骨を圧迫しても痛みを感じませんが、これが拘縮して神経根を圧迫しているため、さらに圧力が加わると痛みが激しくなり、そのために腕が水平以上に挙がらなかったのです。
  こう考えてくると、前に3穴だけで治療する五十肩治療の質問に、大椎周りに三本刺鍼する効果が明かになりました。

  動物は下を見て生活しています。人間は、遠くを見る必要性があったためか、立って生活しているため頭も大きくなり、頭の中央に脊柱がくる団子型をしています。犬などの動物は、農具のクワのように頭の後ろに脊柱がくる鍬型をしています。だから四つ足動物は地面を見て生活しているのが自然であり、人間は遠くを見て生活するのが自然です。その人間が重い頭を抱えて地面を見続ける生活をしていれば、後頚部の筋肉が収縮しっぱなしになり、そこから障害が起こってくるのは当然のことです。下を見続ける理由は、一般的にはパソコンで、机の書類を見ながらパソコンを打つため、どうしても地面ばかり見るようになり、後頚部に負担がかかっている人が多いのです。そうした人は、書類ホルダーを勧めて、それに書類を挟んで前向きに見てもらい、下向きの仕事を止めてもらわねば、鍼ばかりでは治りません。私の場合は、古典をやり過ぎて辞書を引く時間が長く、下ばかり向いて五十肩が起こったものです。ほかにも裁縫や編物、パッチワークをするために下ばかり向いて後頚部が障害されたとか、うつ伏せで読書するために後頚部が障害された人もありますので、その人の生活や仕事を詳しく尋ねてみる必要があります。原因を無くさねば、治療しても効果がありません。というわけで現代人の9割は、パソコンがもたらした五十肩のため、後頚部への刺鍼は必須になります。恐らく昔は、裁縫をする女性はともかく、男性には五十肩や肩凝が有り得なかったと思います。ほかには枕が合わない、交通事故によるムチウチ症、肩に衝撃を受けたなどでも起こります。肩に衝撃が受けて五十肩になるのは変ですが、肩の筋肉が急激に引き伸ばされたために収縮し、それが神経を圧迫して、その刺激が頚に伝わって頚周りの筋肉を収縮させ、肩と頚の両方が痛くなります。そして軽いうちは頚と肩だけの障害で収まっていますが、肩筋肉の拘縮がひどくなれば、腕に行く神経を圧迫するので、肩のような三角筋前縁が拘縮すれば上腕二頭筋から曲池、合谷というように痛みが放散します。そして肩にあたる棘下筋から三角筋後縁の筋肉が拘縮すると、前腕伸側中央の手少陽三焦経に沿って中指まで痛みが走ります。
  このように痛みが走る原因は、最初は後頚部の筋肉が収縮し、斜角筋や肩甲挙筋が収縮して腕神経叢を圧迫し、そのために肩関節が痛んで肩周りの筋肉が痛みで収縮し、その収縮がひどくなるために肩周囲の筋肉を収縮させて腋窩神経などを圧迫し、そこから指先へ行く合谷や中指に痛みが発生すると考えられます。この痛みが走る感覚ラインは、ちょうど経絡の走行と一致しています。だから経絡は、筋肉と神経の複合体ではないかと思うのです。足太陽膀胱経などは、完全に脊柱起立筋の走行と一致しています。
  現在の私は、相当に後頚部の悪いことが判明し、自分で治療をしているところです。最初は後頚部だけに刺鍼していたのですが、あまり改善しませんでした。後頚部と棘下筋、三角筋へ刺鍼を加えたところ改善がしたようですが、すぐに元に戻ってしまいました。そこで勇気を出して、風池へ0.35mmで2.5寸の中国鍼を刺入を加えたところ、ドドーンと改善して逆戻りしていません。やはり風池へ刺入して、シコリを除いておかなければ、頚臂や全知などの斜角筋群へ刺鍼しても効果が薄いようですね。しかし自分の身体とはいえ、環椎へ刺鍼してキュッキュ音がしたときは、脳へ入ったかなと思いました。捻鍼していないので簡単には入らないはずですが。というわけで風池への刺鍼は、五十肩には必須のようですね。
  後頚部の67間へ刺鍼して抜鍼したあと、肩から肩へ向けて0.35mmで2.5 寸の中国鍼を刺鍼し、いろいろ角度を変えて刺入していると、突然に硬い筋へ当たり、ドーンと痛みがきて、硬いし痛くて入らなくなりました。ズッキ、ズッキと心臓のように痛みが来て、耐えられないので痛みが降りている曲池へ5mm刺鍼すると、遠くで痛んでいるように耐えられるようになりました。経絡は痛むとき、痛む部分へ刺鍼して、その痛みの伝わり方から出来上がったのだなと思いました。
  今回は、棘上筋は関係なかったようで、棘下筋と三角筋、肩甲下筋へ刺鍼して、徐々に快方に向かっていますので、予定通りに古文の販売ができそうです。もちろん、こうした末梢の痛みは、余り痛みを感じなくとも後頚部の硬直を除いておかねば、肩周りの筋肉へのみ刺鍼していては、数時間だけ痛みが止まるだけで、すぐに痛み始めます。
  後頚部が硬直して肩関節が痛む場合だけではないのですが、現在のように力仕事をしなくなった状況では、90%以上の五十肩は後頚部が根本原因と言えるでしょう。まれに鉄鋼所でカナヅチを振るっている人などが、肩周りの腱鞘炎で来ることもありますが、そのような後頚部に異常がない人は少なく、ほとんどが神経根性の五十肩です。だから本当に肩周りの筋肉が拘縮しているのか、それとも頚周りの筋肉が拘縮したため痛みが出ているのか、患者さんに痛くなる前の状況を詳しく尋ねてみることが必要です。もし肩の使い過ぎで痛みが起きているものならば、局所だけに刺鍼して置鍼すれば1~3回で完治します。だが頚周りが原因で痛みが起きているならば、肩周りへ刺鍼したところで、その効果は数時間しか保てません。原因が残っているからです。
  つまり私の言いたいのは、坐骨神経痛も五十肩も、中国式で言うなら根性と幹性、あるいは合併があります。根性とは、神経が背骨から出るため、背骨の出口で神経が圧迫された痛みであり、その原因にはヘルニア、骨増殖、筋肉による圧迫などがあります。そして幹性とは、神経が貫いている筋肉のことで、坐骨神経痛なら梨状筋や小臀筋、ヒラメ筋による圧迫であり、五十肩なら前斜筋や中斜筋、棘上筋や棘下筋、肩甲下筋などによる圧迫です。私の思うところ日本には幹性の神経痛に相当する言葉がないので、中国の根性および幹性に分類します。根性の神経痛は運動不足の人に発生し、幹性の神経痛は運動選手とか肉体労働者に多いのです。しかし神経根が圧迫されれば末梢部の神経が興奮し、末梢の筋肉も収縮するので、収縮した筋肉が血管を圧迫して、長期化すれば根性と幹性の混合型となります。また末梢部のヒラメ筋などの収縮が取れなくとも、神経刺激が向心性に上行して根部の筋肉を収縮させ、やはり長期化すれば幹性と根性の混合型へと移行します。それを治療するには、根部と幹部の両方へ刺鍼することが確実です。両方へ刺鍼すれば、根性だろうが幹性だろうが治療できるので確実です。それで中国式の天地人の三部取穴は、それなりに説得力があります。しかし明らかに幹性、つまり一筋だけが収縮している場合は、そこだけ刺鍼すればよいのです。それこそ鍼一本で治ってしまいます。
  五十肩は、特に鍼灸の適応症で、患者さんに聞くと「ブロック注射にて、一発で五十肩を治す」医者もあるそうです。中国ではブロック注射も穴位注射とか水針療法と呼ばれ、鍼灸師が行う刺鍼治療の一種として認められています。しかし、坐骨神経痛のブロック注射はさておき、中国では穴位注射によって筋肉が萎縮したり、指が腐って落ちたり、神経を切ったため力がなくなったりという事故があります。
  「それは中国の話で、日本の医療水準は高い」という声がありそうですが、私の治療所に来る五十肩の患者さんも、指が腐った人はありませんが、神経を切られて力が出なくなったり、筋肉が萎縮して症状がひどくなったりした患者さんが来ます。
私も五十肩で悩んでいることを、肩が痛くて良く来る患者さんに相談すると「一発で五十肩を治すところがあるよ」と教えてくれました。喜んで聞くと「月照寺の××にある××! でも今、医療事故で休んでいるから。だから、ここへ来るんじゃない」という。
なるほど、そういえば私のところへくる患者さんも、最初に五十肩で病院にかかった人が、かなり多い。そう考えると、やはり自分で刺鍼して治療したほうが安全だ。自分で刺鍼しても、せいぜい軽い気胸しか起きないだろう。
  自分の五十肩は、いつもの馬鹿パターンなのだが、痛む肩関節周囲へ刺鍼してしまう。どうも自分で頚周りへ刺鍼するのは、気胸を起こしそうで恐いからだ。それで一時的にしか治らないから、覚悟を決めて後頚部へ刺鍼する。頚が相当に悪化しているため、刺鍼しても感覚がないし、症状も好転もしない。しかし頚が痛くなり始める頃から、肩の痛みも軽減し、いまは棘下筋と肩前[肩内陵]ぐらいが硬い程度。そして、何度も「五十肩は、肩ではなく後頚部が原因なのだなあ」と思い知らされる。
  備考:この前に五十肩になったときは35歳だった。書類ホルダーを使わず本を机に載せたままワープロを打っていたため、下向きの姿勢が長くて後頚部の筋肉が凝り、神経根を圧迫して五十肩になった。今回は書見台のようなものを使ったが、古文を翻訳していたため辞書を引く時間が長すぎ、頚に負担がかかって肩関節が痛むようになった。一人で刺鍼するため、肩部と後頚部へ別々の日に刺鍼していたが、効果がパッとしなかった。弟子に刺鍼してもらったため勇気が出て、自分で後頚部へ5本も刺鍼したが、頚の痛みは取れなかった。だが後頚部へ刺鍼して抜鍼した直後に、腋下から大円筋や小円筋、棘下筋を狙ってゴムのように固まった筋肉へ置鍼したところ、今まで刺鍼しても取れなかった頚の痛みがスッキリと取れた。
  現在は、頚が柔らかくなって三角筋も緩み、肩の痛みが消えたのだが、痛みはなくとも腕が垂直にまで挙がらない。臑兪の棘下筋が非常に硬くなっており、それが引っ張って挙がらないようだ。そこへ太い中国鍼を置鍼しておけば、そのうち緩むだろう。
これから思うに、最初は頚だけが悪かったのだが、時間が経過するうちに痛む部分の棘下も痛んで拘縮し、頚から棘下へ出ている神経が、神経根部と末梢部で圧迫され、神経根部だけを緩めても末梢部からのパルスが逆流し、神経根部の筋肉拘縮が解除できなかったためと思う。それを神経根部と末梢部の両方へ刺鍼したために、神経根部と末梢部の両方とも緩んで効果があった。
  坐骨神経痛も五十肩と同じで、最初は腰だけとか首だけが悪いのだから、そこだけ刺鍼すれば治るのだが、長引いて肩や尻の筋肉まで拘縮が及ぶと、根部だけを緩めても神経幹部の筋肉は拘縮したままなので、幹部を圧迫された神経は根部へパルスを伝える。だから根部と幹部の両方へ刺鍼して緩めなければ効果がない。それが天地配穴とか天地人配穴と呼ばれている。天地人配穴と呼べば、不思議な感じで昔の人には受けそうだが、実際には坐骨神経痛であれば天部(根部)の大腰筋、人部(幹部)の梨状筋、地部(末梢部)の腓腹筋へ刺鍼している。また五十肩であれば、天部の後頚部、人部の棘上筋とか肩甲下筋、地部の棘下筋や烏口腕筋、三角筋などへも刺鍼しなくてはならない。
  棘下筋へ刺鍼したら後頚部の痛みが治った。落枕穴とか後谿が昔から寝違い治療に使われるが、それが有効なのは、頚から出た神経が手に行っているからと思われる。ということは落枕穴や後谿だけでなく、合谷穴を取っても寝違いが解消できるのではないかと予想される。首の痛む場所と、手のツボとの対応を調べれば、経脈の首に於ける循行路線が、各経絡ごとに明らかになるだろう。
  棘下筋へ刺鍼したときは、頚椎6~7番で後ろの痛みが消えた。そして頚椎6~7番を緩めると棘下筋の痛みが消える。

筋肉経絡説の続き
 私が筋肉を経絡だとする根拠は、ほかにもあります。それは焼山火や透天涼などの熱補瀉の存在です。これは「体表にある衛気(陽気)を深部へ押し込み、体内を体表の衛気で補充してやることによって熱が発生する」とか「体内の営気(陰気)を体外へ導き、体内から気を捨てることによって冷ます」と理論付けられています。しかし実際の操作で、熱感や涼感を生み出すポイントは刺鍼したときの鍼感であり、それにふさわしい鍼感が得られなければ、刺鍼操作をしても熱感や涼感を生み出すことは難しいと、現在の本には記載されています。
 源草社刊、李鼎先生の『鍼灸学釈難』16ページ22行には「皮膚に刺鍼したときは痛みを感じるだけだが、筋肉層に達すると怠くて腫れぼったい感覚が発生し、血管壁に当たると痛みがあり、神経枝に当たれば痺れる感覚が起き、神経幹に当たれば電気に触れたような感覚がある」と記載されています。
 そして中国中医葯出版社刊、陸寿康著『針刺手法百家集成』などにも、例えば17ページに「7.冷感と熱感:一般的に、腫れぼったいと怠いは熱感の基礎であり、痺れ感は涼感の基礎である。手法操作に関しては、本書の焼山火と透天涼の手法部分を参照する」とあります。つまり怠さとか腫れぼったさが得気できれば熱補法によって熱感が生み出され、痺れ感が得気できれば涼瀉法によって涼感が生み出されることが、多くの書で述べられています。
 そして『釈難』と『手法』を繋げば、「筋肉層に鍼尖を刺入すると、怠さと腫れぼったさが発生し、その鍼感か発生したところで熱補法をすれば、熱感が生み出される」また「神経枝に鍼尖を刺入すると、痺れるような感覚が発生し、その鍼感が発生したところで涼瀉法すれば、涼感が生み出される」という結論になります。
 現代の研究により、熱補法では体表温度が上昇し、涼瀉法では体表温度が低下することが実証されています。そうした現象が発生する原因は、熱補法では血流量が増して前腕の体積が膨張し、涼瀉法では血流量が減少して前腕の体積が小さくなるためだとされています。これは液体の水槽のようなものに腕を漬け、その液体の体積を測ることによって腕が膨張したり収縮することが証明されましたが、その原因は血流の増減だったのです。
 つまり焼山火では血流量が増えるので体温が供給され、体表温度が上昇するため熱く感じる。そして透天涼では血流量が減って体温が伝わりにくくなり、体表温度が低下するため冷えたように感じるというのです。
 これは血管が広がったり収縮したために起きた自律神経による現象だ。だから筋肉とは関係がないとおっしゃられると困ります。というのは別の実験で、血流量の増減は血管周囲にある組織の抵抗の増減によって発生すると書かれています。血管周囲の組織とは何でしょうか? それは筋肉が主に決まっています。
 つまり直接筋肉へ刺入すると、筋肉は緩んで血管を締めつけなくなり、血が流れやすくなるので体温が伝わり、体表温度が上がる。しかし神経枝に当て、そこで刺鍼操作して刺激すると、神経から断続的なインパルスが発生しますが、その神経からの断続的なインパルスが筋肉を収縮させ、血管を締めつけるため血が流れにくくなり、体温が伝わりにくくなって体表温度は下がる。
これを証明するかのように、焼山火では比較的ゆっくりと操作しますが、透天涼では早く操作しますので、神経に断続的なパルス電流が起きやすいはずです。
 こうして考えてみると、経穴の重要な刺鍼操作法である焼山火や透天涼も、筋肉の弛緩と収縮を利用した刺鍼手法だったことが分かります。

  昔の人は「多血の経脈は瀉血し、多気の経脈は瀉気する」と考えていた。そして陰経と陽経の経穴に対して「陽経の経穴は、骨の隙間、肉の隙間に取る。また陰経の経穴は、動脈を取る」と考えていたようだ。ということは、陰経と陽経の経脈を分けて考えたほうがよいかもしれない。
  陽経は体表を行き、陰経は裏を行く。いずれも脈ではあるが「陰経の経穴は血管を取る」とあり、陰は血だから陰経の通っている部位は、血管の通過部位と考えて間違いないようだ。血管は体内を通っているので「裏を行く」という言葉にも適合する。つまり陰経の経脈は、太い血管を意味していると思われる。
  では体表を行く陽経は、どうなのか? 「陽経の経穴は、骨の隙間、肉の隙間に取る」と言うからには、血管ではない。骨には筋肉が付着し、肉の隙間も筋肉と筋肉の境目である。
  ここで瀉血と瀉気について考えてみると、瀉血は静脈を刺して出血させることだから意味が判りやすいが、瀉気が何かということになると難しい。陽は気で、陽脈を統率しているのは督脈である。督脈は神経の集まりだから、気とは神経であると仮定する。すると瀉気とは、神経の感覚ということになる。血は物体だから目に見える。だが気は細かい粒子だから目に見えない。感じるだけである。だが邪気が出たと感じられると病気が治る。
  瀉血の手法について考えると、表面の静脈に太い鍼を浅く刺して出血させ、貫かない。
  瀉気の手法は、抜鍼するときに鍼柄を揺らして鍼穴を大きくする。それに見える静脈でなく、肉内で鍼の方向を変えて得気を捜す。気が得られれば効果ありとする。鍼柄を揺らすことは、刺激を大きくしていると思われる。瀉血では、こんな操作が必要ない。
  得気を考えてみると、気胸をした人なら判るだろうが、肺に鍼が刺さったところで痛くない。だいたい内臓に鍼が刺さったところで、その時は痛みを感じないのだ。
  硬くなった筋肉に鍼尖が当たったときだけ痛みを感じ、それを得気と呼んでいる。得気を観察してみると、凝った筋肉が収縮して筋肉内部を通っている神経を圧迫するため、特定の動きをしたり、冷えたり使い過ぎたりして凝った筋肉の収縮が激しくなって神経の圧迫が強くなると痛みが激しくなるのだが、そうした筋肉へ鍼尖が当たった瞬間に、凝った筋肉が収縮して痛みがひどくなる。それを得気と呼んでいる。得気は、筋肉が収縮して起きる感覚なので、健康で柔らかな筋肉へ刺鍼しても得気がない。この痛みは、筋肉痛のようであり、捻挫したような痛みで、注射したような切皮痛とは違う。
  注射したような痛みは、皮膚表面の痛覚受容器が発するパルスだが、得気は神経線維が圧迫されて発するパルスで、重怠くて締めつけられるような感覚がある。凝った筋肉へ鍼が入り、より収縮が強くなって神経を圧迫しているのだ。
  今回の五十肩で刺鍼してみると、前の肩とか肩内陵へ刺鍼したときは、得気が曲池を通って合谷へと伝わり、頚では前斜角筋が収縮するのが判る。そして臑兪や肩へ刺鍼したときは、得気が三焦経に沿って中指へと伝わり、上は肩甲骨上角あたりの大椎傍ら、治喘あたりへと伝わる。
  この路線を考えると、肩へ刺鍼した前ラインは、曲池と合谷、天鼎という手陽明大腸経のラインになる。臑兪へ刺鍼した後ラインは、清冷淵から中指の手少陽三焦経のラインに沿って走り、上は肩中兪あたりに達する。
だから肩へ刺鍼したときは、指先は合谷、上は前斜角筋となり、前斜角筋から出た神経は腋窩を通っているのだから、肩から天鼎までは神経的な繋がりがある。だが肩から曲池まで神経は繋がっていない。つまり経絡は、神経の伝導ではない。
  肩へ刺鍼すると、一瞬急激に収縮した筋肉は元に戻り、それから徐々に締めつけてくるので、徐々に前斜角筋へと痛みが伝わるように感じられる。そして肩の下にある烏口腕筋が徐々に収縮し、それに伴って曲池の支配神経が圧迫され、腕橈骨筋が圧迫刺激を感じて収縮するために得気が合谷へと進む。
  臑兪は、棘下筋が収縮し、それによって肩甲上神経が圧迫されるために肩中兪へ得気が伝わる。そして下は正中神経が圧迫されて、中指まで得気が伝わる。
  では上は、どうなのか? 天鼎が収縮すると、第3頚椎に付着している前斜角筋が収縮する。敏感な人は、それで恐らく顎まで得気が伝わるのだろうが、その斜角筋群へ刺鍼すると、胸鎖乳突筋が収縮して顎へ行く神経が圧迫され、得気が下顎まで伝わる。
  また肩中兪の伝わった得気は、大椎傍らへ刺鍼すると、やはり後頚部の筋肉が収縮して得気が上行し、その収縮した筋肉上部へ刺鍼すると顔面部の三叉神経を圧迫する。
  得気は感覚なのだから、神経が関係していることは確かなのだが、今までは「自律神経とかが経絡である」と主張されていたので、どうも神経と走行が一致しないことが問題になっていた。しかし筋肉を経絡と考えると、経絡ほど筋肉は長くない。だが鍼灸では、得気が関節などで途切れると、そこへ刺鍼して得気をリレーさせることが知られている。つまり経絡は一本の線ではなく、そこから継続するラインを繋げて経絡としたと考えられる。だから経絡は筋肉の収縮を主とし、収縮によって圧迫された神経が得気の伝導と結論できる。つまり一つの筋肉が収縮し、その筋肉を貫く神経が圧迫されることによって、その神経にパルスが発生し、上下の  筋肉へと収縮が連絡される。これは病体に刺鍼し、鍼をリレーされることで発見されたラインだと、北京堂では結論付けた。
  これまで「経絡は筋肉である」というアホな主張を繰り返してきた。ところで筋脈という言葉について考えてみる。「寒では筋脈が縮み、熱では筋脈が緩む」という。では筋脈とは何だろう? ほかに脈の付く言葉は、経脈、絡脈、血脈とある。
  経脈と絡脈は、血脈の一種になる。脈のヘンは肉、ツクリは水の流れを意味する。水の部分は、溜っている水ではなく、流れている分水を意味している。つまり脈には、水が流れて動いている意味がある。だから経脈、絡脈、血脈は、血があるだけではなく、流れていなければならない。

  では筋脈はどうだろう? これも筋肉に流れている血管なのだろうか? 「寒では筋脈が縮み、熱では筋脈が緩む」という言葉を見ると、筋脈は収縮したり緩んだりする。確かに毛細血管は、冷えると収縮して血を流さなくなり、暖めると拡張して体温を放出する。筋脈は血管なのか?
  血脈は「寒では気血の流れが悪くなり、熱では気血の流れが速くなる」とある。表現が違うので、筋脈=血脈ではないようだ。
  では筋脈を筋肉と考えると、冷えると縮こまり、暖めると和らぐ。熱では筋肉が緩むのかといえば、高熱の出る脳膜炎などでは筋肉が弛緩して収縮しなくなる。普通の気温変化などでは筋肉は弛緩しないが、40℃以上の高熱では脳が壊れて弛緩する。すると筋脈は筋肉と考えるとピッタリくる。もともと中国医学は、外部を観察して作られた医学なので、毛細血管の収縮や拡張など考慮するはずがない。
  では筋脈の脈とは、何を表しているのだろうか?
  痛む筋肉へ鍼を刺入すると、筋膜に鍼尖が当たった瞬間に、筋肉が硬くなって一瞬盛り上がる。ブルンという感じだ。鍼としては、瞬間的に推し返されるような感じがある。これが得気で、俗に「刺入して、魚が釣針を呑み込んだような手応え」と呼ばれるものである。そして筋肉が締めつけられるような感じと同時に、「ズキン、ズキン」という痛みが発生する。そのとき置鍼した鍼を見ると、「ズキン、ズキン」に合わせて細かく振動している。動脈に当たっているわけでもないのに、筋肉が周期的に収縮して振動しているからだ。その状態は筋肉でありながら、あたかも動脈に刺さっているかのようだ。しかし振動の周期が心臓の鼓動より速い。これは、あたかも動脈に当たっているようである。こうした拍動現象は、血脈を管理する心臓のものだ。だから拍動は、脈の特徴と考えていい。
  こうすると筋肉が筋脈と同じものだと判る。だが、なにゆえに筋肉でなく筋脈なのか?
  筋肉と筋脈は、同じものといっても違いがある。それは健康な筋肉へ刺鍼しても得気がなく、刺鍼したところで痛みもなく、脈動のような鍼の動きもない。鍼は全く静かだ。また収縮して、牛スジや軟骨のように硬くなっている筋肉へ刺鍼しても、鍼は動かないし、得気もない。
  つまり悪化しすぎて萎縮してしまった筋肉では脈動がなく、また健康な筋肉へ刺鍼しても脈動がない。得気して脈動するのは、健康ではないが凝ったような痛みがあり、萎縮するほど悪化していない筋肉だけだ。
  そこで筋脈を「そこそこ悪い筋肉」と仮定して、「寒では筋脈が縮み、熱では筋脈が緩む」という条件に当てはめてみると、健康な筋肉では、血流がよいので冷えて縮んだり、熱で緩むことはなさそうで、常に柔らかい状態を保っていそうだ。また拘縮して腱化した筋肉は、収縮し切っているので冷えて縮むことはなく、熱で緩むこともなさそうだ。では五十肩などで、そこそこ悪化した筋肉は、冷やすと縮んでズキズキ疼き、風呂などで暖めると緩んで痛みも和らぐ。
  こう考えると、筋脈は普通の筋肉ではなく、少し凝って収縮している筋肉のことと理解できる。あるいは筋という文字も、一般の筋肉を意味しているのではなく、少し悪化してピンと張った筋肉なのかも知れない。十二経筋を正常な筋肉と考えると、あれだけしか筋肉はないのか? となる。十二経筋を「凝りやすい筋肉」とか、「凝った筋肉の発生する部位が十二経筋」と考えると、十二経筋の後ろに治療法が書かれているのも納得できる。
  そして陽経の経脈とは、筋肉収縮が神経を介して乗り替えるラインで、伝達が止まった部位に刺鍼すれば、さらに伝達が延長するラインをまとめたものが経絡の実体と考える。
  以上がまとめ!
  陰陽五行説に則り、5回にわたって続けてきた局所治療法ならびに経絡筋肉説は、これにて終了です。
  つまり何が言いたいかというと、鍼灸治療の主体は筋肉であること。だから鍼灸治療では特殊な場合を除いて筋肉に刺入します。そして筋肉を緩めることによって、それが締めつけている血管や神経の負荷を除き、血管が流れやすくなって栄養され、治癒するということです。また筋肉は骨と骨を繋いでいるので、筋肉が拘縮すると骨どうしが引っ張られて、椎間孔が狭くなったり、関節が押さえ付けられたりし、神経が圧迫されたり軟骨が擦り減ったりします。
  そこで鍼を血管や神経細胞、内臓などへ刺入しても効果がなく、そんなことをすれば百害あって一利なしだから、筋肉や血管、神経や内臓までの距離や厚さ、方向を熟知し、拘縮した筋肉に鍼を刺入すれば効果がありまっせということです。
  神経に当てれば痛みがあり、神経細胞に当てれば一時的な半身不随となり、中枢神経に当てれば脳卒中となり、血管に刺入すれば血栓ができる原因になり、内臓に当てれば内出血します。つまり筋肉以外に刺入すれば危険を伴います。
  解剖を知って危険な個所を避けることは、辨証よりも重要なことと思います。こうしてビューティフル鍼灸ライフをお送りください。
  今回の話は、筋肉の付着する関節部分には、必ず各経の経穴があることで終了です。
  最後にQ&Aも参考になりますので、見てください。

  ところで「中級鍼灸師が、ヒヨコ鍼灸師や初級鍼灸師に教える」という当コーナーに、「本当は自分のことを、上級鍼灸師と思っているのではないのですか?」という質問がきた。
  以下は、私の考える鍼灸師ランクです。
  ヒヨコ鍼灸師は、学校を卒業したばかりの鍼灸師。
  初級鍼灸師は、ある程度の臨床経験はあるものの、学校で習った中医基礎とか教科書の範囲を抜けられない人。ある程度は治療できます。

  言葉の学習ならば、ヒヨコはアイウエオや文法を習っている段階。
  初級は「ごはん食べる?」とか「顔、洗った?」、「トイレどこ?」、「私は美しい」など、二つの単語をくっつけて、多少の言葉を喋れる人。
  中級は幅が広く、中級上が応用がきく範囲。「食事の味は、どうでした?」とか、3~4つの単語をくっつけて会話できる程度。
  中級下は、日常会話に全く問題がないが、難しい文章などは理解できなかったりする。
  上級は、長文や難解な文章も理解できるレベル。

  だから中級上は、教科書の内容が、どこから出てきたものか知り、そのオリジナルを求めるレベルですね。
  つまり初級が、今までの膨大な書物を他人がまとめて本にしたものを勉強したレベルですが、中級上はオリジナルを求めて書物を集め、教科書に記載されてない内容でも知っている人です。つまり書物から落とされた部分まで知っている人です。

  中級下は、中級上が中文や漢文を読んでいるのに対し、中級下は、現代中国で発行されている活字体の古書が、実は省略されていることを知っていて、オリジナルの写真製版や印影本を求める人。つまり中級上は、同じ本でも省略された本を読んでいるのに対し、中級下は、完全版を求める人と言えます。しかし理解のレベルは、だいたいです。

  上級ですが、中医の古文書を読めるだけでなく、完全に理解しており、書かれている病名についても、全部理解していて説明できる人。まあ早い話が、中級下は完全に理解できておらず、一部に不明なところがあるのに対し、上級は完全に理解して、何の質問にでも答えられることです。

  以上が、語学の基準で考えた鍼灸師のレベル。私の語学も、時には判らないことがあります。だからどちらも中級。私の『鍼灸大成』を買った人は判りますが、私が上級でないことが証明されています。本当は上級者が翻訳すべき本なのですが、上級者は忙しいのか古文を翻訳せず、質問コーナーに『鍼灸大成』を翻訳してくれという要望がくるので、役不足ですが「ないよりも増し」と始めた次第です。完全ではないので、労力の割りに安く提供しています。なにしろ現代中国語の翻訳なら月五十万以上の労力を一巻に注いでいるのですから。この翻訳を会社から注文されたら、最低でも50×10=500万はもらわないと割あわないですよ。『鍼灸大成』が終わったら『鍼灸聚英』をやり、そのあと『鍼灸甲乙経』でも販売しようかなと思っています。

  というわけで私は中級鍼灸師と思っているのですが、それでも初級から上がってくるのは大変でしたから、少しでも初級の助けになればと思って『鍼灸大成』を翻訳しました。『鍼灸大成』の何ケ所かに不明な部分がありますが、それは身近にいる上級者に質問して答えてもらいましょう。なぜなら私は現代中国の中西医合作の翻訳者であり、古典鍼灸の翻訳者としては適任ではないからです。現代医学の翻訳なら自信がありますが。


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