全訳中医診断学
科学技術出版社シリーズ:全訳中医基礎理論、全訳経絡学、兪穴学、全訳鍼灸治療学、全訳刺法灸法学。
-大学中医学教本-    全訳 全訳中医診断学(中国中医薬出版社)        翻訳 淺野周
主編 王憶勤 / 副主編 呉承玉 陳群 王天芳     編委 大勢
発行所 (株)たにぐち書店(℡03-3980-5536 Fax03-3590-3630)
定価 4500円A5判 559頁(ISBN978-4-86129-048-0 C3047)。
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 推薦文
※中国の鍼灸大学教科書、中医診断学を翻訳したものです!腧穴学を翻訳した今村氏が「我々の習った教科書をすべて翻訳しよう」と計画し、たにぐち書店社長の協力を得て、出版にこぎつけました。
 実は本書、私は全く翻訳する気がありませんでした。ところが大山で開かれた中医学の会で、行くついでに「たにぐち書店」へ寄ったところ、お茶とお菓子を出されて「淺野先生。どうか『中医診断学』を翻訳してください」と頼まれました。
 こうした出版の経緯は、あとがきに詳しく書きましたが、「長くなりますので割愛しました」と通知がきました。グスン。
 そして五版教材を翻訳したのです。半年後に「できたっ」と言うと、一年後に「あれは東洋学術が版権を取っているので出版できません」という返事。
 「ええっ、イヤイヤながらやったのに。そんな殺生な!」
 そこで気を取り直し、「それならば最新の21世紀教材があります。こんど中医は七年制になったので、それに伴って新しい教科書が作られました。それなら最新教科書なので、何処も版権を取ってないでしょう」
 こうして五版教材の『中医診断学』を訳したうえに、新世紀教材の『中医診断学』も訳してしまった。しかし新しい単語が登場し、今までの辞書には単語が記載されていないため、たまたま北京へ行く弟子に辞書を買ってくるよう頼む。こうして新しい辞書を手に入れて、やっと翻訳が完成しました。
 ほんと、翻訳のため弟子が役に立ったことって初めて。
●本書の特徴
  中国では2000年ミレニアムに則り、時代の流れに基づいて、中医教育を七年制とし、その需要に基づいて新世紀七年制教材を作成した。
  五版教材では八綱辨証を中心に学習する内容となっている。カルテは、あまり勉強しない。そして教科書の最後に、古典の原文が記載されている。その翻訳も、結構面倒だった。
  六版教材も、だいたい五版教材を踏襲した内容。ただし五版と違って、判りにくい脈診が、指先でどのように感じられるか、指先の頭を使って解説しているところに工夫がある。
  新世紀教材は、カルテの記載方法を細かく解説し、脈診はセンサーによるオシロスコープのグラフにて表現していることが新しい。また、どうしてそうした脈となるか、なぜそうした舌状になるのかなど、従来と違った理論で解説しているところが新しい。
  などと「鍼灸師、見てきたような嘘を言い」

●このシリーズを刊行したことの意義
  1985年に刊行された『中医診断学』ですが、我々の北京中医では中国古籍出版社の河北省教材である『中医診断学』が使われていました。知りあいも南京には南京中医が編集した『中医診断学』があったため、上海科学技術出版社の五版教材は使わなかったそうです。でも持っていた。私も上海のを持っていた。というのは、他の教科書が上海科学技術出版社の教科書だったから。
  でも考えてみれば五版教材に付いている外生殖器の望診なんてやりませんでした。五版を翻訳していてビックリ! これは何! やったことないけど。
  新世紀教材は、今までに私が言いたかったことを述べていてくれて、さすがに五版教材とは違うという感じ。そもそも、これまでの中医診断学は、時代の流れを受け止めず、古いものをそのまま踏襲という感じ。例えば地震については「陰である地に陽気が閉じこめられているので、それが動いて地震が発生する」という感じ。
  確かに、これまでの中国医学では、そうした説明でも納得してくれたかも知れないけれど、現代の中医では、科学を導入した解説が加わる。だから現代日本人にも理解しやすい。
  本書は、過去の中医診断学だけではなく、では未来の中医診断学はどうするか? というテーマを与えたもの。その主張は、従来の四診だけではなく、耳診や第2中手骨診察など、新たに登場した診察法も紹介されている。それは鍼灸を勉強している人間には周知の診察法だが、漢方を学ぶ人々には新鮮なのではなかろうか?
  本来は五版教材で全部やって来たので、五版教材で貫き通したかったが、そうとばかりも行かない。
  もっとも私は五版でなく、河北省教材で『中医診断学』を学んだワケで、当初から五版教材をやりたくなかった。しかし五版がダメになっても、それと酷似した河北省教材は翻訳する気になれず、「どうせなら、最新の新世紀教材を翻訳し、それがどういうものか見てみたい」という気になって新世紀教材の版権を取って貰ったが、それは私の嗜好とも一致するものでした。まあ過去の『中医診断学』は、それはそれでよいとし、最新版の新世紀全国高等中医薬院校七年制規劃教材である『中医診断学』にも目を通しておくべきでしょう。


● 本文内容抜粋 

第九章
中医診断学の現代研究方向と思考方向

中医が疾病を診断する伝統的パターンとは、中医理論を指針として、望,聞,問,切の四診によって得られた病状データを総合分析し、身体の内外の各種要因(体質,居るところの自然環境と社会環境など)の影響を参考にして、現時点の患者の「整体反応状態」を まとめ(すでに「証候」として判断する)を臨床治療の根拠とする。その診断パターンは、マクロ的レベルで病気の外に現れた兆候によって、その時点における主な矛盾と問題点を識別し、臨床において患者個人に対し、より的確な治療がおこなえるようにする。ただし前述した伝統的診断方法には、どうしても不足した部分がある。例えば中医の望,聞,問,切の四診は、主に感覚器官によって患者の病状データである。医者は主に自覚症状、ならびに舌象や脈象など外に現れた兆候によって証候を判断するが、証候の判断過程においては客観的な診断基準などが乏しい。言い換えれば、伝統の中医学による診断方法は、主に医者の主観的な診察ならびに患者の発病感覚に対する主観的な描写に基づいており、病状データの出所および証候の判断プロセスにおいては主観的要因に影響され、干渉を受ける。そのうえ「病」,「証」,「症」の分類と描写には基準がなく、それも辨証の正確さと再現性を悪くし、中医診断と治療水準の向上と中医学術の発展をある程度制約している。
伝統的中医診断の現状、ならびにその中医学術における重要な位置に基づけば、新中国になってから、人々は現代の様々な学科の理論,思想,最新技術の手段や方法を吸収したり参考にし、文献や臨床,実験など異なる角度から、またマクロ的とミクロ的な異なる段階により、診法と辨証の客観化と規格化に関係する多くの現代研究を展開させ、中医診断の理論と技術の発展、中医診断レベルの向上、中医学術の発展と完成を期待する。例えば古今の文献を調査分析し、臨床の現実の状況に当てはめれば、「病」,「証」,「症」ならびにこの三者の関係を規格化できる。一般的な一例のみの臨床観察から、臨床疫学の群体調査に基づく方法へ徐々に移行させ、証候の分布ならびに動態変遷の法則を探求し、証候の診断基準を創作する。単なる人に対する理化学指標の測定から、証候動物モデルを使った実験研究へ、方と証の結合、整体,器官,細胞,分子など多くの事象から、証候の病理生理学基礎ならびにミクロ辨証指標などを探索する。
診法と証候の現代研究方向を垂直に見ると、おおかた次のようにまとめられる。①症,証,病を規格化する研究。②診法を客観化する研究。③証の分布や変遷の法則ならびに診断基準の研究。④証の病理や生理的基礎の研究。

第一節 症,証,病を規格化する研究
規格化や標準化は、科学研究の基本であり、一つの学科が成熟した指標でもある。科学の未発達な古代に中医が誕生したため、中医診断学の多くの概念や専門用語には、まだ抽象的で曖昧な表現,繁雑ならびに内包と外延の区別のつかない名称,内容が食い違うなどの規格にならない部分が残っており、それが臨床運用のなかで完全に同一な理解を困難にしている。そのため当面、症,証,病の規格化を研究することが、現実的に重要な意義を持つ。一つには伝統的な中医診断学の特色とエッセンスをさらに発掘する。次に中医臨床診療の操作性と辨証論治レベルの向上を促進できる。三つめに、中医薬の学術交流とグローバル化に有利である。最後に中医診断学の発展が、他分野の研究の基礎となる。
中医診断には病名と証名の診断があり、病と証の診断では症状を根拠としている。そのため中医診断の規格化の研究では、主に症,証,病の3部分の内容にまとめられる。
一、病状の規格化研究
(一)症状用語と内容
中医症状学の内容は非常に多いが、かなり多くの症状の内容は曖昧であり、その意味も正確ではない。加えて中国語のボキャブラリーは豊富で多彩であり、地域によって使われる言葉が違い、また臨床症状の多様性と複雑さにより、臨床における中医症状用語の使用は統一されておらず、それが意味する概念を混同しやすい。症状が辨証と辨病のよりどころであることから、古代文献と臨床治療に基づいて症状の規格化を研究すれば、症名の不統一,内容の不明確さ,症状描写の曖昧さ,診断意義における認識上の差異などの欠陥を解消できる。それが証と病を規格化する研究の前提となる。
新中国になってから異なる版の国家ガイドライン教材である『中医診断学』ならびに『中医臨床備要』(秦伯未主編),『中医症状鑑別診断学』(趙金鐸主編)などの書において、中医で多い症状用語の概念,発生メカニズム,その辨証や辨病における意味などについて詳細に解説され、症状の規格化を促した。例えば患者の「寒がる」現象を「悪寒」,「悪風」,「畏寒」,「寒戦」の4つに分け、それらに特定された概念を与えた。
(二)症状の定量化とクラス分け
伝統の中医診断は、定性診断(性質を定めること)が偏重され、「病」や「証」の程度に対する定量診断(量を定めること)には無頓着だった。中医では主に症状を診断根拠としているので、証の定量化診断を始めることは、病状の程度を知るのに便利なだけでなく、臨床施治も的確になり、現代臨床研究における実際の要望でもある。例えば研究対象の割り付けの均一性(比較する患者群を均質にそろえること)、ならびに異なる課題グループの科学研究データの比較性を高める。同じ疾患の患者を2群に分けて比較試験してみても、その患者群の重症度が違っていれば、比較しても信頼性がないからだ。したがって定性的な診断基準だけでなく、定量化した診断基準も必要なのである。証の定量化診断は、科学的で合理的な症状の量化が必要である。したがって症状の定量化とクラス分けの研究は、必然的な流れである。
症状についての量的変化は、古代文献にも幾らか記載されているが、必ず症状の有無(口不渇と口渇など),症状の現れた時間(熱三日など),症状の現れた範囲(腰以下の腫れとか全身の腫れなど),推測の方法(身体が五千銭を着けているように重いなど)、そして症状名の前後に「略」,「微」,「很」,「甚」,「大」など程度を表す文字(口微渇,口大渇,微熱,高熱など)を加えて量を示している。こうした量化の表現は、大まかで曖昧であり、体温にしても何度何分なのか特定できないため、実際の臨床研究において症状を把握したり、操作する面で困難を伴う。
近年では、伝統的な中医症状を定量化する方法を基に、主観に対する現代医学と心理学の成熟した定量化とクラス分けの方法を取り入れ、中医症状の量的表現を試み、それを臨床研究に応用して、証の重症度を判断したり治療効果(治療前後の症状点数の変化に基づく)を評価し、中医症状の量的表現化を促している。
1.軽,中,重を使って症状の定量化とクラス分けする
現在、研究者は一般に中医症状の重症度を軽,中,重の3段階に分け、一定の点数(例えば軽,中,重は、1,2,3点とか2,4,6点など)を与えるが、その区分は主に症状が現れる頻度,持続時間,性質の程度,薬物に対する依存度,外界刺激との関係,日常生活に対する影響度などに基づいている。例えば梁茂新らは「健忘」という症を次のように区分した。○逆向記憶力と前向記憶力が明らかに減退したものを3点(重)。○逆向記憶力が減退し、前向記憶力が少し減退したものを2点(中)。○逆向記憶力が減退したものを1点(軽)。
2.一般的な尺度表を使って、症状の程度を定量する
幾つかの主観的症状、例えば痛み,不眠,鬱状態,焦燥,疲労などは、一種の総合状態や行為を表していることが多いので、さまざまな角度から把握しなければならない。こうした症状の主観的感覚と実際の程度は、個人によって異なることが多いので、国内外で使われている尺度表を試用して研究した人もあったが、これは幾つかの症状を定量化できた。例えば王天芳らは慢性疲労症候群の中医研究で、国際的に汎用されている幾つかの尺度表を使って、患者の疲労や鬱状態,焦燥感などの症状特徴ならびに重症度、そして中薬(漢方薬)の効果を定量化した。
3.中医に特徴的な症状の定量化尺度表を作成する
近年では、症状の定量化研究ならびに中医研究における尺度表の応用に伴って、人々は徐々に精神と心理症状を分析する幾つかのモデルと方法を参考にし始め、より中医の特徴的症状と一致する尺度表を開発した。とりわけ証候の診断基準の研究を基礎にして、一つの証候の症状に合致する尺度表を作成することは、証候診断に便利であるばかりでなく、証候の重症度としての一般データ、ならびに症例の科学研究において患者を編入する基準、そして臨床で治療効果を評価したり病状の変遷を観察するなどにも使える。
(二)症状の辨証意義
証とは一連の関係した症状であり、それには自覚症状と客観的な徴候が含まれる。症状は辨証の前提と根拠であり、両者には深い関係がある。そのため関係する症状の辨証意義は、症状学研究において一つの重要な内容である。
臨床の現実からすると、症状と証の関係は、一つ一つが対応する単純な関係でなく、一つの症状が複数の証と関係していることも多いうえ、関連する証と症状には関係する程度の違いがあったりする。例えば、ある症状がA証では主要な症状であっても、B証には付随症状に過ぎなかったりする。過去の中医では、症と証の関係を確立するのに、主に古代文献の記載と個人的な臨床経験に頼っており、症状と証における定性関係の論述を重点としていることが多く、定量関係の表現をいい加減にしていたため、症状と証の関係を述べる描写が曖昧になっていた。1980年代から計算機中医専門家系統と辨証論治系統の研究が始まり、症状辨証意義の分野における研究において、一つ一つの症状が何の証と関係があるのか検討するばかりでなく、各症状と証診断の計量関係の研究(各症状の異なる証診断における関連度)が始まった。例えば朱文鋒は、患者に現れた症状の関連度数値の和(100 を一般域値とし、病の重さと複雑さに基づいて調節する)を、各辨証要素(例えば気虚や血瘀など)が成立するかどうか確定する根拠とし、最後に診断する域値の項目(要素)を複合的に組み合わせることで、完全な証名診断をしようとした。例えば虚証類の診断では、「五心煩熱」という症状の陰虚,陽虚,津虧に対する関連度は、それぞれ10,-3,2であり、また「常に畏冷」の関連度を-3,7,-2などと得点を与え、それらの総合得点で証の信頼度とする。
また現代医学の進歩と疾病目録の変化に伴って、臨床においても多くの新たな主観症状,徴候,客観的検査の指標概念が登場した。もし「取り入れる」考えを採用すれば、それらと中医証の関係を研究するうえで、おそらく中医診断学の内容を豊富にさせ、発展させる方法の一つとなるだろう。

二、証を規格化する研究
現在では中医証候の弁別における客観的な規格化と定量化の基準体系が欠けているため、証候に関係する臨床と基礎の研究がある程度障害されている。そのため証候の規格化研究を強力に推し進めることは、証候の病理や生理を明らかにする基礎や、臨床効果の評価体系を作成したり、中医基礎理論の前提と基礎を研究するばかりでなく、臨床診療レベルを高める面でも重要な意義がある。
証候の規格には、証の概念,証の命名と分類,証の診断基準(詳しくは第三節を見る),辨証の基本内容などが含まれる。
(一)証の概念
古い医学書では、症と証が分かれておらず、混合して使われていた。新中国になってから多くの学者が論争や研究し、現在では「証」と「症」の概念が分離され(ただし臨床では、依然としてゴチャ混ぜに使われている)、もう「証」には症状のニュアンスが含まれておらず、一つの診断的概念となっており、「証候」として通用している。国家基準の『中医臨床診療術語』では、「証」は中医学特有の概念あり、ある段階における病気の病因,病位,病性などをまとめたものとしている。「辨証」の主なよりどころは「症」であり、「病」の全プロセスでは異なる「証」が登場し、また「証」も様々な「病」の中に現れる。『中医医学百科・中医学』は、証を「各種症状と徴候を総合分析し、ある段階における病気の病因,病位,病変の性質、ならびに邪正双方の力関係など、各面の状態を病理的にまとめたものである」とし、「それは身体に発病原因と条件が作用し、整体の体質反応の特徴ならびに整体と周囲環境(自然環境と社会環境を含む)の関係,臓腑経絡と臓腑経絡の相互関係に混乱が生じた総合状態である。そのため証は、病気の発生進行プロセスにおいて人体の相動性(その時に合わせて変わる)を持つ本質が現れたものであり、これは臨床病の機能変化を主とする『整体定型反応形式』の一種である」と解説している。
上述した証に関する概念に基づけば、証は次の幾つかの意味を含んでいることが判る。
1.証は、疾病(すべての不健康であり、西洋医学の「病気」だけを意味するのではない)プロセスにおいて、某段階(時点)で身体が内外の発病要因に対して示す総合反応であり、特定症状,徴候(舌象,脈象など)が総合的に組み合わされたマクロ的な表現である。
2.証には「整体性」という特徴があり、それには体質的特徴,身体の臓腑,経絡,気血,陰陽などのバランスの乱れ、それらの相互関係の混乱などを内在する要因として含んでいる。
3.証は、病気の病因,病位,病性,邪正闘争の状況と傾向を表している。
4.証には相動性という特徴がある。あるいは証には動態変化の特徴があると言ってもよい。証の相動性と動態性は、互いに関連している。
(二)証の命名と分類
中医の古代書籍には、証の命名や用語、ならびに分類が非常に多く、統一されてない。新中国になってから、政府組織が出版した国家企画教材(中医薬大学教材),『中医証候鑑別診断学』、ならびに幾つかの業界や国家基準(例えば『中国病証診断療効標準』,『中国病証分類与代{石馬}』,『中医臨床診療術語』)によって、証の命名や分類,多く目にする証などに対する定義や臨床症状の特徴などが、徐々に明らかにされて規格化が進められた。
1.証の命名と分類
(1)証の命名:中医文献では、証の命名に多くの方式があるが、臨床では肝腎陰虚証や膀胱湿熱証などのように、必ず病位、または病因病性によって構成された証を治療のよりどころとする。したがって現代の臨床では、病位と病因病性が組み合わさった証名が、比較的に完全で規格化された名称とされている。また習慣的に四字熟語の証名を構成するため、虧,少,衰,不足,損,困,阻,襲,束,結,蘊,盛,熾,停,擾などの病理接続詞を加えることもある。
(2)証の分類:人は各種の客観的な事象や現象を認識する際、それらを分類することから始めるのが一般的だ。科学の手法を使って分類すれば、複雑である認識対象を系統化して筋道だてられるが、それは我々がそれらの相互間の関係を把握する助けになり、さらに客観的な法則を生み出す条件や方向を提示することにもなる。そのため証を分類する研究は、各種証候の共通点や隷属関係,および違いなどの法則性を見つけ出すことが基礎となり、明確に区分する原則ならびに統一する分類基準を制定し、証を科学的に区分し、さらに証候の法則を見つけ出しやすくする。新中国が誕生してから、人々は証の帰納や分類などで一定の努力を重ねてきた。
国家企画教材の『中医診断学』は、臨床で常用される辨証方法を帰納,精製し、各種方法のしたに相応する証を並べた。例えば八綱辨証の下には表証,虚証,寒証,陽証など、病因辨証の下には湿証,暑証など、気血津液辨証の下には気虚証,血瘀証,痰証など、臓腑辨証の下には心気虚証,肝胆湿熱証など、経絡辨証の下には手太陰肺経病証など、六経辨証の下には太陽病証,少陽病証など、衛気営血辨証の下には衛分証,営分証など、三焦辨証の下には上焦病証,中焦病証などのようにである。
趙金鐸主編の『中医証候鑑別診断学』は、段階構造により区分し、核心証候(例えば虚,実,寒,熱,気,血,陰,陽などの証候が核心)と基本証候(核心より構成された基礎的な証候。例えば気虚,血瘀,湿熱など)、そして具体証候(基本証候と心,肺,衛,気など病位証候から構成される)などに、証候が分けられると考えた。また各証の特徴を 具体的に描写するときは、全身証候(八綱や気血津液などの辨証方法の下にある証候),臓腑証候,温病証候,傷寒証候,専門科証候(婦人科証候,小児科証候,外科証候,耳鼻咽喉科証候,眼科証候)に基づいて分類する。
『中医臨床診療術語』では、病位を中心に証を分類している。最初に基本虚証類,基本実証類,虚実夾雑証類を列挙し、病位が確定していない状態で、基本証を証名として使用すると同時に、基本証を兼夾証の形式として、それを規格証名のあとに加え、例えば痰熱壅肺兼気滞証などのようにし、臨床辨証の現実的な必要性を満たすようにしていた。基本虚実証のあとに、病位に基づいた臓器組織を配列している。具体的に示すと次のようになる。
無部位:基本虚証類,基本実証類,虚実夾雑証類。
有部位:心系証類,肺系証類,脾系証類,肝系証類,腎系証類,臓腑兼証類,衛表肌膚証類,頭面官竅証類,経脈筋骨証類,その他証類(例えば擾胸膈証,寒実結胸証,上焦湿熱証など),期,度,型など(例えば太陽病証,発作期,二度など)。
結局どのように証候を分類すれば科学になるのか、さらなる研究が待たれる。
2.多い証の臨床症状の特徴
『中医証候鑑別診断学』は、311個の証候概念,症状ならびに鑑別診断などを明らかにしている。『中医臨床診療術語』は、800個の証候概念と主な臨床症状を列挙している。 上述した内容は、主に文献と専門家の経験を整理したものであり、各証候の的確な臨床症状の特徴、ならびに類証との鑑別ポイントがあるが、さらなる大サンプルを使った臨床疫学調査が必要である。
(三)辨証の基本内容
臨床における患者の病気は千差万別で、証候の症状は複雑で多様である。中医では主に患者のマクロ兆候に基づいて疾病を識別するため、臨床において医者が採用した辨証方法や思考回路も人によって異なる。したがって辨証の基本内容を明確に規格化すれば、証候の実質を把握する助けとなり、臨床における辨証レベルをアップできる。
新中国になってから、証候の概念が明確になって定義されるに伴い、辨証の基本内容が病位と病性の両面から徐々に規格化された。例えば病位の内容として表,裏(半表半裏),上,下、そして心神(あるいは脳と心包とも呼ぶ),肺,脾,肝,腎,胃,胆,大腸,膀胱,三焦,胞宮,精室,清竅,咽喉,口唇,歯齦,頭,鼻,耳,目と風輪,肌膚,筋骨,経脈,経絡,胸膈,脳絡,脈絡、衛分,気分,営分,血分、太陽,陽明,少陽,太陰,少陰,厥陰、上焦,中焦,下焦などがある。そして病性の内容には虚 実,陰,陽,標,本、そして風,寒,暑,湿,燥,火,熱,毒(疫癘)、膿,痰,飲,水,食積,虫積,石、気滞,気逆,気閉,血瘀,血熱,血寒、気虚,気陥,気不固,気脱,血虚,血脱,陰虚,亡陰,陽虚,亡陽,陽亢,陽浮,津液虧虚,精虧,髄虧,営虧などがある。
三、病の規格化の研究
病の規格化には、病の概念,病の名称,診断基準,鑑別診断,分類などが含まれる。そのうち病の診断と鑑別診断は、臨床各科の研究内容である。
『中医臨床診療術語』では「広義の『病(疾病)』は『健康』に対して言っている非常に漠然として抽象的な概念であるが、狭義の『病』は具体的な病種を指している。『病名』とは具体的な病種の代名詞であり、一般に当該病種の全プロセスの特徴と法則を表したもので、当該病種の基本的な問題点を代表している」と考えている。『中医臨床診療術語』は、臨床各科の分類に基づき、930種の多く目にする病気ならびに定義を規定している。
症,証,病の規格化を研究する分野においては、結局ある程度の進展があったものの、やはり多くの問題を抱えている。例えば○幾つかの概念は、いまだに明確化や規格化されていない。○幾つかの規格化された内容も、さらに普遍的に承認,応用され、現代医学の概念との関係を処理する必要がある。○四診の客観化研究も絶えず深めることを基礎に、得られた成果を、症状のクラス分けと定量化の基準へ徐々に組み入れなければならない。

第二節 診法の客観化研究
科学が未発達な時代に誕生したため、中医伝統の望,聞,問,切の四診は、医者が患者の自覚症状、そして耳で聞く(聴覚),目で見る(視覚),鼻で嗅ぐ(嗅覚),手で触る(触覚)などの方法で患者のデータを収集している。つまり中医の病状情報は、主に医者と患者の感覚器官によって得られたものなので、情報量が少なく,曖昧さが大きく,定量が難しく,ある程度の主観と思い込みが加わるなどの欠点がある。こうした中医の経験パターンを種とする病気の診察方法をカバーするため、何年も多くの研究者が、現代医学ならびに声,光,電気,磁場など現代科学の機器と技術を使い、診法の客観化について、多分野の研究を進め、定性と定量を結び付けた診断を促し、中医診断の精度と客観性を高めた。
一、四診の情報ができるメカニズムの研究
現代科学の角度から中医四診情報を解明することだが、特に舌象と脈象ができるメカニズムについては、中医診法の客観化ならびにミクロ的な辨証指標を求めるために重要である。
(一)舌象の形成メカニズム
舌象の研究においては、多くの学者が解剖,組織,病理,生理,生化学および臨床などによって研究し、正常と異常の舌象の解剖学,組織学,微小循環などの特徴、また舌象と人体血液レオロジー(血液流動学),免疫などの機能が変化する関係を観察し、正常な舌象と異常な舌象の形成メカニズムを現代医学から解明した。そして異常な舌象となるのは、炎症感染,唾液分泌,口腔微生物,舌面のpH度,舌組織の病理的変化,微小循環の障害,血液の状態,神経系の障害,内分泌や酵素代謝の障害,消化栄養障害など多くの要因が関係していると考えられている。
1.舌苔の形成メカニズム
研究によって舌苔の類型は、糸状乳頭との関係が大きいことが判った。舌苔の病理切片を観察すると、○薄白苔は舌面の糸状乳頭の突起が少なくて低く、その先端の角質糸量が多くない(一般に高さ150μmに達する)か、形成されていない。上皮細胞は一般に肥厚しておらず、乳頭間の上皮細胞に軽度の空胞変性が見られ、基底細胞は揃って並び、上皮角質層には軽度な融合があり、固有層に明確な変化がない。○白厚苔は糸状乳頭が明らかに肥大し、その先端の角質円柱は高さ300μm、周囲が角化糸に付着して、細菌集合体が多く混じっている。上皮細胞は不規則に増殖し、袋状に変化したものもあって、周囲が角質で包まれている。乳頭間の上皮細胞が空胞変性となり、ひどければ網状になって舌へ向けて肥大して突出し、太くて短い仮性糸状乳頭となり、非常に不規則に配列している。○黄厚苔は糸状乳頭が増殖し、口腔の唾液分泌が減少して、舌苔が乾燥して厚く変わる。舌面には微生物が多量に繁殖し、ある種の色素を産生する微生物によって着色する。舌の病巣性炎症性滲出により、多量の多核白血球(PMN)が舌苔表面に存在する。○膩苔は、糸状乳頭が増殖して舌面の乳頭密度を高め、糸状乳頭の角化した樹状分枝も増え、各乳頭の角化樹が円柱に填め込まれて落ちにくい。そのなかには多くの粘液,食物顆粒,細菌,真菌,滲出した白血球などが包埋され、舌苔が油のようにピッタリと舌面に貼り着いている。○剥苔は、一部分の糸状乳頭が萎縮して干乾び、舌質が露呈したものである。剥苔はアレルギー体質や栄養不良などとも関係するが、体内の寄生虫との関係も考えられる。
2.舌色の形成メカニズム
研究によって舌質の色は、舌の微小循環や血液流動などと関係のあることが判った。例えば○淡紅舌(ピンク)は、茸状乳頭内の微小血管の流れている数が正常で、太さも均一、張力も良好で、微小血管叢の形態は樹状形と花弁形が多く、血管係蹄が鮮明である。茸状と糸状の比率は約7:3。血液循環中の赤血球数とヘモグロビン含量、ならびに血液の酸素飽和度が正常である。○紅絳舌は、微小血管叢にある血管係蹄の数が増え、血管係蹄の動静脈壁口径が太くなり、異形微小血管叢が多く、血の色が鮮紅色、血流が速い。血漿比粘度とフィブリン含量が増え、血漿粘度が上昇し、糸状乳頭が萎縮して、茸状乳頭(紅点)が肥大し、さらに進めば茸状乳頭が萎縮して光紅舌となる。○舌質が青紫色なのは、異形血管係蹄の比率が高くなり、微小血管の流れが異常(例えば血流が滞って緩慢になる,赤血球が凝集する,血色が暗赤色になるなど)になり、微小血管周囲にひどい滲出や出血がある。血液レオロジーからすると、青紫絶の多くは血流が緩慢で、血中還元ヘモグロビンの比率が高く、血液の全血粘度と赤血球の容積%(VPRC)が増えている。○淡白舌は、茸状乳頭内の微小血管係蹄の動静脈壁口径がきわめて細くなり、一部の毛細血管係蹄が収縮するか閉塞し、微小血管叢中の係蹄数が少なくなり、固有層の毛細血管数が減り、管径が細く変わり、舌微小循環が十分に満たされなくなって、舌表面の血流量が減少する。血清蛋白が低下し、血液粘度と血清浸透圧が下降し、血液が薄くなって、色が淡く変わる。
(二)脈象の形成メカニズム
脈診の研究では、研究者の多くは脈象と心血管の機能状態の関係からミが形成されるメカニズム、ならびにミと疾病の関係を検討している。心血管の機能状態が変化すると、異なる脈拍情報が作り出されるので、さまざまなミが生み出される。身体は、他方面の生理と病理の変化が、心血管系統の機能に影響し、ミ変化が起きる。ミ形成メカニズムの研究では、主に次のような方法を使う。一つは、人体が病理や生理状態において、さまざまなミが現れたときの心血管の機能状態を比較分析する。次には、薬物や他の方法によって、人体や実験動物の心血管機能を変化させ、それによって現れるミ変化を観察する。研究されることの多い幾つかのミ形成メカニズムが以下である。
1.弦脈の形成メカニズム
弦脈の形成メカニズムは、主に全末梢血管抵抗(TPR),心拍出量,そして動脈の順応性(単位圧力における動脈の拡張しやすさ)などの要因で決まる。病理的弦脈は、主に全末梢 血管抵抗が高くなり、動脈の順応性が低くなるため形成されるが、必ず心拍出量の減少を伴う。生理的弦脈、特に青少年の弦脈は、心拍出量が十分にあり、全末梢血管抵抗と動脈の順応性も正常なままなので、機能が旺盛なことを表している。老人の心臓血管系統は衰退に向かいつつあるので、その弦脈は正常な生理状態にあっても、その形成メカニズムは病理的弦脈と似ている。このほか心血管系への神経や内分泌系による調節も弦脈の形成に影響する。高血圧症や慢性肝炎などの疾患では弦脈が多く見られ、痛み,冷え,激怒,緊張などの刺激も交感神経を興奮させ、血管収縮神経伝達物質や内分泌ホルモンの分泌が増加するなど、いずれもミを弦に変化させる。
2.滑脈の形成メカニズム
滑脈が形成される主な原因は、肢体の末梢血管の拡張、そして動脈の順応性の増加である。生理的な滑脈は、心拍出量の増加と全末梢血管抵抗の減少などの要因も伴う。病理的滑脈では、必ず心拍出量が減少し、全末梢血管抵抗が少し増大する。幾つかの実験報告によると、輸液して循環血液量を増やせば実験性の滑脈が起きるが、それも前述したように心血管機能が変化したためである。滑脈は正常人と妊婦で見られる。病理状態では、滑脈を観察したところ、外感発熱で発汗の際に滑脈患者が95.8%を占め、気管支の咯血や肺結核,腎結核,潰瘍病などの患者が出血する前に、いずれも滑脈が現れることが判った。高熱患者で熱が退いたあと、やはり滑脈が現れていれば、だいたい2~3日後に再発することが多い。そのため病状がひどいときの滑脈は、ある種の疾病が悪化したり、活動したり、進行する予兆と考えられる。
3.渋脈の形成メカニズム
渋脈は、心血管機能が明らかに損傷している。心筋の収縮力が減弱し、血流量が減少して、血流速度が遅くなり、動脈血管の順応性も低下して、末梢血管抵抗が増えることが、渋脈となる主な要因である。心電図の検査では、渋脈患者の圧倒的多数に心房細動があり、少数には室性や房性の期外収縮、そして2度の房室ブロックがある。
4.芤脈の形成メカニズム
芤脈は、有効循環血液量の減少により、心臓と大動脈が血液で十分に満たされず、1回心拍出量が不足したものである。そのため大出血した患者に見られる。
5.細脈の形成メカニズム
細くて力のないミは、多くが心臓の収縮拡張機能が減弱するため、循環血液量が減少して脈道(血管)を満たせなかったり、あるいは末梢血管抵抗が大きくなり、有効循環血液量が減少し、血流速度が緩慢になって、脈が糸のように細くなったものである。細くて力強いミは、ある種の血管収縮物質が必ず体内に存在し、それが血管を収縮状態にして脈を糸のように細くさせたもので、だいたい細弦である。
6.浮脈と沈脈の形成メカニズム
浮脈と沈脈は、どちらも脈動部位の深さが特徴である。脈位が浮に変化したとき、平均動脈圧は下降し、心拍出量が少し減って、全末梢血管抵抗が弱くなる。寸口にある橈骨動脈血管が拡張に向かい、軸偏位が増大するが、前者が主となる。脈管の上方組織の厚さが少し減り、寸口の血流速度と加速度が幾らか減少し、脈波の伝達速度が遅くなり、血管弾性モジュラスが低下(つまり順応性が増大)した。脈位が沈に変化すると、平均動脈圧が上昇し、全末梢血管抵抗が大きくなり、心拍出量が少し減るか増大する。寸口にある橈骨動脈血管の拡張が減少に向かい、軸偏位が減弱して、脈管の上方組織の厚さが増加する。寸口は、血流速度と加速度が明らかに遅くなり、脈波の伝達速度が増す。
7.結,代,促脈の形成メカニズム
結,代,促脈は、現代医学で言う不整脈である。心臓に期外収縮が現れたら、それが心房性や連結性,あるいは心室性に関わらず、一過性の血液動力学障害を起こす。期外収縮が早いほど、心室が拡張して血液が充満する時間が短くなり、心室を満たす血液が不足して、心臓血液容量が減少し、心拍出量も少なくなり、血管内の血液容量が不足して、脈拍が小さくて弱くなり、ひどければ触知しにくくなる。心臓に第2度AVブロック,洞房ブロック,洞停止があるため、心室に一時的な鼓動停止が起きると、血液が排出されず、脈拍の拍動もなくなる。
二、四診情報の客観的収集ならびに専用の計測機の研究
現在の計測機を使ったり、専門の機器を研究製作し、幾つかの四診情報を測定すれば、病証データを客観的に、定量化して集められるが、特に望診(主に色診と舌診)と切診(脈診)情報の客観的測定においては、機器の研究製作に力を注がねばならない。
(一)面色診
1.顔の皮膚色を比色学で測定する
望面色には色調と光沢が含まれる。色調の変化は波長によって決まり、ハンター座標値のaとbの値と関係がある。aは赤色の正値表示、bは黄色の正値表示である。光沢(明るさ)は明,暗,栄,枯を反映するが、これはハンター座標値のL値と関係がある。
望面色を客観化し、顔色を定量化するために、多くの研究者が比色学の理論と根拠に基づいて、顔面皮膚の正常な色彩、ならびに青,赤,黄,白,黒など5種の病理色彩に対し、比色計を使って定量測定した。例えば蔡光先は、日本製CP6R100IDP型携帯式色差計(ハンター座標値を自動的に計算する)を使い、健康人102名の四季皮膚色ならびに様々な疾患の患者508例の病理的五色について測定した。その結果、健康人の四季皮膚色の色度特徴は、○春はL値が少し低く、b値が少し高めだから、わずかに青味がかっている。○夏はL値が最高で、a値も高いので、紅く潤って光沢のある状態となる。○秋はL値が少し低いが、b値が最高なので、黄色くてツヤの少ない状態となるが、これは秋色は少し白という伝統的な記載と少し異なっている。○冬は、L値が最低で、aとbの値が等しいので、少し灰色っぽくなる。病理的な五色の特徴は、○顔色が淡白群ではL値が最高、○萎黄群はb値が最高で、比較的L値が低い。○晦暗群ではL値が最低。○青紫群では比較的L値が低い。○紅赤群ではa値が最高となった。
2.顔面部の赤外線サーモグラム
絶対零度(-273.16℃)より温度の高い物体は、内部の分子が熱によって運動し、空間に赤外線として放射される。サーモグラムは、物体から放出された不可視の赤外線(光)を受け、それと等価な電気信号に変え、電子工学の処理することで、電気信号を見ることのできる画像としてディスプレイに表示し、異なる観測目標を空間に発射される赤外線エネルギーの大きさで客観的に示し、記録しようとするものである。
多くの研究者は赤外線画像を使い、健康人と病人の顔面温度を定量測定し、それが分布する特徴と法則を分析した。例えば陳振湘は、健康人顔面部で、それぞれの内臓が投影される部位を10点法にて測定した結果、顔面部にある各臓腑の投影区の温度に一定の違いがあることを発見した。それは○肺,心,腎の三臓の投影点は温度が高く、肝,胆,胃が投影される温度は低い。各点温度は高い順に肺,心,腎,脾,肝,胆,胃と配列される。また陳氏は、寒熱証患者の顔面赤外線画像を分析し、臨床的に寒象がひどいほど、顔面部の温度も低くなり、赤外線画像の暗い部分が大きくなって、より明暗度の分布が不均一になることも発見した。そのため顔面の赤外線サーモグラムは、陰陽寒熱辨証の客観的な指標の一つだと考えられている。
(二)舌診
舌象の肉眼観察における信頼度の不足を補い、舌象を描写する客観的指標を探すため、研究者は幾つかの観測機器を使って、舌象の変化を客観的に測定しようと試みた。
1.舌局部の温度,乾湿度,酸アルカリ度の測定
何人かの研究者は、サーミスター温度計,水分測定器,ペーハー測定器具などを使い、舌面の温度や乾湿度,そしてpHなどを測定し、それと舌象の関係を探った。例えば室温が18~22℃では、○健康人の舌温が33~35℃にあることが多く、厚苔や燥苔では舌温が高い。○健康人の乾湿度は50%が2.6~3.5で、舌苔に燥裂(乾燥によるヒビ割れ)や芒刺があれば乾燥度が大きく、厚膩苔では湿度が大きい。○健康舌で薄苔舌のpHは6.0~8.5で、弱アリカリか中性である。しかし厚苔類(白厚膩苔や黄厚膩苔を含む)舌のpHは4.0~6.0で、弱酸性を示す。
2.舌色測定機
中国では20世紀の1970年代から舌色測定機儀が研究製作され始め、舌質と舌苔の色を定量化分析していた。例えば北京市第二医院などの機関が舌診スペクトル自動分析機を研究製作し、各被験者の舌面を9個の部位に分割してサンプリングした。各舌のサンプリング部位を、白(全色),赤,ダイダイ,黄,青,緑,紺,紫など8種の光分量でテストする。中国科学院生理物理研究所が設計した物理舌診機は、12V,25Wの白熱電球を光源として発射した光束を舌面に照射し、反射光を分光して赤,オレンジ,緑,藍,紫の5色に分け、それぞれ光電変換し、デジタル式定量記録機に表示する。表示されたボルト数は、それぞれ異なった色の光強度であり、光強度が色調,明度,彩度の情報なので、舌質と舌苔を総合した光学情報を映し出している。天津中医学院が研究製作した舌色測色機は、比色学の原理を応用し、国際CIE標準比色学の系統を使用して、人の眼による色識別のプロセスを真似て分光刺激値を修正し、舌質と舌苔の色を検査した。この機械は、舌色の色調と飽和度,明度を含んだ12項目の比色学パラメーター、そして舌色診断の参考結果を示す。上海医療器械研究所と上海中山医院が共同製作した舌色機は、単一の紫外線を舌体に照射して、舌を励起して螢光を産生させる。螢光ピーク値の波長は、青紫舌,紅絳舌,淡紅舌,淡白舌の順に増加することが判った。
孫立友らは1986年、コンピュータの図形識別技術を中医舌診研究領域に導入した。まず標準光源の条件下にてビデオカメラで舌象のカラー映像を撮影し、コンピュータ処理してデジタルイメージ(定量分析)にする。そして主な臓腑の異なる病証(八綱や衛気営血など)ならびに健康人を参照して分類し、中医専門家の参与の下で、それを絶えず修正,フィードバックして、舌診定量分析の客観基準を作り出す。それによって舌象色度変化を重点とする一連の識別系統を作り上げようと構想した。近年では北京の趙忠旭らが研究製作したデジタル化中医舌象分析機は、2個のOSRAM全スペクトル光源を使って局部の暗室を作り出し、さらにHIS色彩模型を併用して、人工神経ネットワークに基づいた色修正方法により、人の眼による色の視覚生理と心理特性を融合させて、映像源からCRT表示された色彩変化回帰模型を作成し、すべての系統について色修正と評価した。デジタル形態学と融合したHIS模型を使って舌象を分割して、半自動分割方法を使って補足し、モニターFCMクラスター算出方法を利用して、既知の類別総数,各類のクラスターセンターの状況下で、学習ベクター数量化(LVQ)神経ネットワーク分類器を導入し、舌色と苔色を分類する。これが舌診情報を客観的に識別する方法を最初に作り上げた。上海中医葯大学と上海交通大学が共同で、画像処理した舌像に基づいて検査と分析する方法を作り出したが、それは伝統の中医舌診における舌の特徴を数量化したもので、2DCaborリパー変換と色度情報を応用し、舌体区域を正確に検査する。そして統計を使って舌質と舌苔点、ならびに色を評定する算出方法も打ち出している。舌苔の厚さを色度情報と2DCaborリパー係数エネルギー(GWTE)によって数量化し、異なる位相字において分析すると、舌紋の有無によってGWTEは異なる特性を示す。舌区域のGWTEをその特徴に基づいて無変換モーメントを使って描写すると、舌紋の多さに着いて定性的な説明となる。実験によると相関算法によって優れた効果が得られた。
(三)脈診
切診の研究において、さまざまな原理に基づいた脈診機が製作され、脈診の客観的検測と脈図分析を使って、手指による主観的な経験感覚に代えようと試みられた。
1.脈診機
中国において脈診機の研究製作が始まったのは20世紀1950年代の中期である。20世紀の1970年代以降は、機械と電子技術の発達に伴い、天津,上海,北京,江西などで、多学科が共同で中医脈象を研究しようという風潮が湧き起こり、脈診機の製作が大きく発展した。とりわけ最近の十年、脈診機の性能と品質において、大きく進歩した。
現在で比較的完全な中医脈診機は、多くが脈象変換器(コンバーター),増幅器,検波と濾波(フィルタリング)装置,オシロスコープ,記録器,コンピュータ処理システムなどのパーツとシステムによって構成されているが、そのうちの脈象変換器がキーポイントである。脈象変換器は脈象伝感器とも呼ばれ、切脈圧力と橈骨動脈拍動圧力などの物理量(電気量ではない)を測定に便利な電気量(電気信号)に変換することが基本的機能である。脈象変換器の種類は多いが、測定原理に基づいて分けるならば、電気抵抗歪式(電阻応変式),光電気式(光電式),ドップラー超音波式(超声多普勒式),電気抵抗式(電阻抗式)などがある。また圧力センサーの構造形式と材料によって分類すれば、剛性接触子式(懸臂梁式測力変換器など)と軟接触接触子式(硅環脈拍伝感器など)などがある。国内では現在、歪式剛性接触子を使った脈象変換器が多く用いられている。探子の設計においては、一般に関部だけの1探子が使われているが、3つの探子を採用したり、多条線路の伝感器で脈拍拍動の情報を検測するものもある。
例えば上海中医葯大学と南方CAD公司が共同製作したZM-3型智能脈象機は、脈象の客観的検測と計算機の補助診断が一体にしたもので、主にZMH-1型1探子脈象変換器と計算機から構成されている。そのうち計算機脈象補助診断システムは、伝統の中医理論に基づき、多量の臨床例の脈象に基づいて研究製作したもので、脈象の位置,数(脈拍),形,勢を自動的に判読し、脈名を確定して、被験者の血管生理年齢を計算して、心臓血管系の機能状態など総合情報を弾き出す。それを基礎にして、上海中医葯大学は上海交通大学と共同で、舌脈象情報の収集処理一体機を製作し、さらに中医の医学理論に近づけるよう務め、臨床で広く使われるようにした。
2.脈図分析
脈波図は脈象記録機を使い、脈拍拍動の軌跡を直接描いたものである。現在の圧力変換器を使って描かれた脈図は、主として心周期に対応する圧力波と容積波、そして血管全体の運動が作り出す変位波の情報を総合したものである。脈象機によって検測された脈波図は、現在では主に時域分析(時間域分析)と頻域分析(周波数分析)の2つを使って分析する。
(1)時域分析法:一般に幾何図形を使って分析する方法である。この分析法は、現在では広く普及し、完成された方法である。主に各波の時間,主波,潮波,重搏波,降中峡(重複隆起)の高度、各高度の比率、上行支と下行支の夾角、脈図の面積および波高度と時間の比率,傾斜比,時間差などから、ダイレクトに形態を定量分析する。異なる切脈圧力によって波形が変化するため、現在検測できる圧力波は、脈象の全情報を包括することができない。
(2)頻域分析:記録した脈象信号を周波数スペクトル分析機かコンピュータを使って分析する。その基本原理は、脈拍波を分解して一連の周波数とし、それを基本周波数の整数倍の単弦振動として、1つの周波数スペクトルを構成する。周波数スペクトルと倍周波数の違いを使って、脈象の差異を分析する。しかし脈象波形が周波数にて、さらに鮮明な特徴があるかないかにより、さらなる探求が必要である。
3.脈図の命名ならびに主要な測量パラメーター
脈診機で得られた圧力脈図を、幾何図形分析法で分析するとき、中国では多種の異なるナンバリング命名法がある。次の脈図に使われている名称は、1875~1983年に上海市脈象研究共同グループの研究により確定したものである。

<図が入ります>
取法圧力の強さ(25g/mm)

19図 脈図の命名と主要な測量パラメーター

1.主波 2.重搏前波(潮波) 3.降中峡 4.重搏波(降中波) As:収縮期面積 Ad:拡張期面積 P:脈を取る圧力値(25g/mm)。表示した図は、この脈図で脈を取ったときの圧力値。
h1:主波の高度 h3:重搏前波の高度 h4:降中峡の高度 5h:重搏波の高度 t1:心室駆出期に対応するクロナキシー t4:左心室収縮期に対応するクロナキシー t5左心室拡張期に対応するクロナキシー t:脈拍周期 W:主波振幅の上1/3の波幅
このほか上述した各パラメーターの相対比率も、脈図の分析に常用する。

4.脈図の生理学的意義
脈図は脈管拍動の軌跡であり、それは主に心臓の駆出活動、ならびに脈波が血管内に沿って伝播する途中で加わった各種の情報を総合したものなので、脈図の変曲点には一定の意義がある。
上行支は心臓収縮時に、左心室から大動脈へ向けて駆出された血であり、それが大動脈血圧を急激に上昇させ、大動脈管が拡張したものである。下行支は左心駆出後期であり、駆出速度が遅くなって、大動脈根部へ流入する血液量が末梢へ向かって流出する血液量より少なくなったとき、それに伴って圧力も下がり、大動脈管の弾性によって退縮して形成される。二つの行支が作る脈図の主波幅値(波幅)と形態は、心臓の駆出機能と大動脈の圧力変化が関係している。重搏前波とは下行支に現れる1つの波だが、それは大動脈根部の初期波が外へ向けて伝播するとき、末梢要因の影響により生み出された返折波(跳ね返り波)が何度も折り重なって加わるため発生したものである。重搏前波が現れる時間ならびに幅値は、主に動脈管壁の張力と弾性,末梢抵抗などの要因と関係がある。降中峡は大動脈弁が閉じる瞬間に現れ、心臓拡張期起点の大動脈圧力を示している。降中峡の幅値は、末梢抵抗と大動脈弁機能に影響される。重搏波は、降中峡後の1つの小波である。その産生は、心拡張期が始まるため大動脈弁が突然に閉じ、末梢から戻ってきた血流が大動脈根部の容積を増大させ、また大動脈弁に押し寄せて発生した振動によって作られる。
つまり心筋の収縮力,駆出速度などの要因が、脈図収縮期マキシマムの波形に重要な作用を及ぼす。末梢抵抗の増加も脈図収縮期の形態に影響し、大動脈の順応性と末梢抵抗の変化量が組み合わさって、拡張期圧力波の下降する速度を決定する。動脈の順応性は血管壁の柔軟度を反映しているが、それは脈拍波の跳ね返りが重なる途中で伝導速度に影響し、重搏前波を変化させる。
5.多い脈象の圧力脈図の特徴
(1)平脈の脈図の特徴:主波の上行支の上昇速度が速くも遅くもなく、弦と滑,細脈の間に位置する。主波は高くもなくて低くもなく、やはり弦と滑,細脈の間に位置する。下行支の傾斜は滑脈より小さいが、重搏前波(潮波)の前が重搏前波(潮波)の後より大きい特徴があり、その特徴は滑脈と同じである。主波の幅は滑脈に近く、弦や細脈に比較して狭い。降中峡は主波の1/4~1/2の高さに位置する。重搏前波(潮波)が存在するものの、通常は小さい。重搏波(降中波)は一般に滑脈より小さい。取法-波高曲線の特徴は、取法圧力(脈診するときの圧力)が中量(中取る。中間で胃気を取るという)では、主波高が最大値となり、浮取と沈取では主波が相対的に小さくなる。脈波周期は0.6~1.0秒、各脈波周期間の差は0.12秒より小さい。

<図が入ります>
脈形は穏やかでゆったりとした三峰波を呈する。脈拍数は中等。大きさやリズムも均一
20図 平脈(健康脈)の圧力脈図

(2)弦脈の脈図の特徴:主波の上行支が急で、波が高くて広く、重搏前波(潮波)が際立っている。下行支は重搏前波(潮波)の前の下降が緩やかで、重搏前波(潮波)の後では急激に下降する。降中峡が高く、およそ主波高の半分である。重搏波(降中波)も見られる。重搏前波(潮波)の大きさが違うため、脈図に4種の異なる形状が現れる。

<図が入ります>
脈形が広くて大きく、波谷が高まる

21図 弦脈の圧力脈図


(3)滑脈の脈図の特徴:主波の上行支が急で、波が高くて狭い。重搏前波(潮波)が微小で降中峡に寄っているか、欠如している。下行支は主波のあとで急激に下降する。降中峡の高さは、主波高の約1/4である。

<図が入ります>
脈形が滑らかで、双峰波(二つのコブがある波)である

22図 滑脈の圧力脈図

(4)渋脈の脈図の特徴:主波が低くて平ら、上行支の上昇が緩いうえに頓挫し、下行支の傾斜が平坦、多くは降中峡と重搏波(降中波)がハッキリしない。

<図が入ります>
脈形の去来がゴツゴツしていて、リズムが均一でない
23図 渋脈の圧力脈図

(5)芤脈の脈図の特徴:主波が狭くて高くなく、上行支と下行支が急で、重搏前波(潮波)が消え、降中峡の位置が基線に近いか基線より低く、重搏波(降中波)が顕著である。

<図が入ります>
脈形は主波が比較的に高くて大きく、降中峡が低い
24図芤脈の圧力脈図

(6)細脈の脈図の特徴:主波の上行支の上昇が緩やかで、波が低くて広い。重搏前波(潮波)が非常に顕著である。下行支も緩やかに下降するが、重搏前波(潮波)の後では、重搏前波(潮波)の前より顕著に速くなる。降中峡の高さは、主波高のほぼ半分である。重搏波(降中波)は、不明瞭なことが多い。重搏前波(潮波)の大きさや形状がことなるため、多種の形状となる。

<図が入ります>
脈形にこだわらない
25図 細脈の圧力脈図

(7)浮脈と沈脈の脈図の特徴:これらの特徴は取法-波高曲線を使って描写するのが普通である。
浮脈:取脈する圧力を、軽(例えば25g)から徐々に増加させて一定数値(例えば100g)に達したとき主波が最高点(もっとも良い画像)となる。それ以降は、取脈する圧力を引き続き増加(中取や沈取)させると、主波が徐々に下降し始める。

<図が入ります>
脈形や脈拍にこだわらない
26図 浮脈の圧力脈図

沈脈:軽で取ると主波高が小さく、それ以降は取法圧力を大きく(中取)すると主波の逆さも徐々に高くなり、取法圧力が強いとき(例えば220~225g。沈取に相当)に主波高が最大値になる。

<図が入ります>
脈形にこだわらない
27図 沈脈の圧力脈図

(8)促と結,代脈の脈図の特徴:主な特徴は不整脈であり、脈のリズムが揃ってないので脈図が時々停止する。代脈の脈図は規則的に停止するが、促や結脈では停止が不規則である。後の両者の違いは脈拍の違いにあり、促脈が速くて、結脈は遅い。

<図が入ります>
結:緩で時々止まり、止まるのに規則性がない
代:緩で時々止まるが、止まるのに規則性がある
促:速で時々止まり、止まるのに規則性がない
28図 促,結,代脈の脈拍図

(四)聞診
聞診の研究では、ソノグラフ,ソナグラフ,喉声気流図機,周波数スペクトラム分析器などをコンピュータ技術と組み合わせ、声,咳,腸鳴音,呼吸音の周波数,振幅,持続時間などを分析し、客観的で定量的な表現で「腸内轆轆有声(腸内にゴロゴロと音がする)」や「腸内雷鳴」など曖昧な表現に代えようとした人もある。また化学の方法を使って各種匂いの物質源を探し、こうした物質源の色を調べるために、カラースペクトルやpH試験紙などを使って便別したり、特別製の電子鼻を使って区別した。
診法の客観化研究においては、研究者たちが舌診と脈診を重点とし、聞診と問診,腹診は二の次だった。それだけでなく中医の整体観念ならびに全息思想(耳ツボのように身体のパーツに全体情報があるという考え)に基づいて、鼻診,眼部の五輪診法,耳診,虹膜(虹彩)診,穴位診,甲(爪)診,掌診,指診,指紋診,尺膚診,第二掌骨(第2中手骨)側診など、新たな診法が発掘,開発されたが、それは中医診法の範囲を開拓し、診断の方法や技術を発展させることが目的だった。そのうち虹膜診法(眼診)は、中医理論の影響を受けて生み出されたもので、中国以外でかなり流行している。その診法の基本思想は、人の内臓,器官,四肢百骸が、眼の虹彩上に一定の反映区を持っているので、虹彩上にある反映区の病理変化を検査することによって、病気の診断根拠とするものである。
つまり中医診法の客観化研究において、すでに多くの作業がなされ、輝かしい成果を得ている。しかし現在の研究結果を、中医臨床で実際に運用するには大きな隔たりがあり、現在の舌診機や脈診機,腹診機などは臨床で満足に使えるものではない。例えば舌診と脈診の客観化研究においても、使用した脈診機や舌診機の種類やタイプの違いにより、研究者の試験結果に比較できない部分が存在する。脈象自体も飲食や精神状態,周囲の環境など様々な要因に影響され、また脈象機の探子の感度ならびに測定位置、そして測定圧力の違いもあり、脈象検測の再現可能性が注意すべき問題となっている。そのため診法の客観化研究においては、まだまだ開発する余地がある。

第三節 証の分布や変遷法則、ならびに診断基準の研究
辨証は、医者が自分の頭に備わった知識ならびに臨床経験に基づき、発病した固体の巨視的なイメージを分析,判断して、それに対応する証候に帰属させる類別プロセスである。そのため中医は証候の識別に対して統一した基準がなく、臨床結果の比較可能性と信頼性に影響している。
近年では中医辨証理論の方法を中心にして、臨床疫秒学の群体調査の研究,デザイン方法,数理統計分析方法を参考とし、特定時間内における疾病の中医証ならびに脈症を描写したデータの収集と分析する。それによって証の分布と変遷法則を研究することが、疾病の辨証分型と辨証基準を制定し、疾病証の転化法則を明らかにし、臨床治療の指針を与えるうえで根拠となる。
一、証の分布と変遷法則の研究
(一)証の分布法則
証の分布法則とは、発病した人々に証候が現れる頻度であり、同一疾患における異なる証候の構成比、あるいは異なる疾患や地域における証候構成の異同などである。疫病学からすれば、発病した人々における証候の分布状況と分布法則は、中医臨床従事者や臨床科学研究員、ひいては管理決定員までが必ず把握しておかなければならない情報である。
証候分布に関しては、やはり中医の「異病同証」と「同病異証」の角度から研究する。「異病同証」の面では、様々な中医や西洋医の疾病において、ある証候の分布状況や特色を研究することが多い。「同病異証」では、ある病気の証候構成比ならびに関連する影響要因を分析することにより、それに多い証候(出現頻度の高いもの),次に多い証候(出現頻度の低いもの),めったにない証候(併発症,体質,地域環境などと関係することが多い)ならびに主要証候(疾病の本質により決定した証候)を探して確定するなどである。
1.多い証候と滅多にない証候
現在、多い証候,次に多い証候,滅多にない証候の分析では、主に度数統計方法を使い、母集団サンプルにおける各証候の構成比を統計する。
2.主要証候
主要証候に対する分析では、まず合併病証,体質類型,地域環境,気候季節など、証候に深い関係を及ぼす要因の中で、それぞれ多い証候の構成比を別々に統計し、有意性検定と相関分析などの統計学手法、そして医学理論による分析を使い、多い証候と上述した相関要素の関係を分析し、多いならびに次に多い証候のなかから、疾病の本質により決定される主要証候を選別する。そして合併病証,体質類型,地域環境,気候季節などの影響によるものは、疾病の特殊な本質が決定して現れるものでもなく、主要証候でもない。
例えば国家の重要課題としての中風病(脳血管障害)証候に関する研究では、風,火熱,痰,血瘀,気虚,陰虚陽亢が中風病の6大基本証候であることが判った。そのうち痰と瘀の2証は、ほとんど全部の発病経過にわたって存在し、一貫して高い比率を占め、中風病機の主軸となっている。また羅翌らは、救急の眩暈患者632例を使って、異なる疾病における中医証候の分布傾向を調査、分析した。その結果、メニエル病により眩暈が出現したものは肝腎陰虚型が主で50.9%を占め、高血圧症により眩暈が出現したものは風陽上擾型が主で58.2%を占め、脳動脈のアテローム硬化により眩暈が出現したものは気血虧虚型が主で42.9%を占め、椎骨-脳底動脈の血液供給不足により眩暈が出現したものは肝腎陰虚と気血虧虚型が主となって計79.9%を占めることが判った。また上海中医葯大学が慢性胃炎患者601例に対して中医証型の分布傾向と特徴を分析したものでは、脾胃湿熱型140例23.3%、湿濁中阻型147例24.5%、湿濁中阻と脾胃気虚の兼証94例15.6%、脾胃気虚と脾胃虚寒型が計114例21.8%、肝鬱気滞と肝胃鬱熱型が計89例14.8%で、そのうち湿証が63.4%を占めた。
(二)証の変遷法則
疾病の進行プロセスにおいて、証候は動態変化の中にある。つまり疾病が進行してゆく時間と段階により、異なる証候として出現するが、それには自然の変遷法則がある。そのため疾病の証候に対する時相特性(時間の変遷によって特徴が変わること)と変遷法則を知って把握することは、疾病の予防や治療にとって重要な指針となる。証候に関する時相特徴と変遷法則の研究は、主に疫学の断面調査と縦断的研究の方法を使っている。
1.証の変遷法則の断面調査
断面調査とは、疾病の発生から進行するプロセスで、ある時点と段階における証候の特徴を観察することである。例えば同じ疾患(例えば脳卒中)の何組かの人々を、それぞれ異なる時点(例えば急性期,回復期,後遺症期)に選び分け、その証候特性を観察して、総合分析すれば、証候動態変化について知るための助けとなる。主な証候の転化関係を分析するときは、まず異なった発病経過,病状,病期における各主要証候の構成比を統計し、そのあと有意性検定や傾向分析など統計手法を医学理論による分析と組み合わせ、各主要証候と発病経過,病状,病期の関係を分析し、それによって各主要証候における前後の配列順序ならびに転化関係を確定する。こうして疾病の全プロセスを貫いている基本病機,各主要段階における病機,それらの転化関係を明らかにする。
断面調査とは、異なる人々により異なった時点で得られた結論であり、その真実性は縦断的研究より低い。しかし、この調査は簡単に実施できるので、やはり欠かすことのできない価値ある研究方法である。
2.証の変遷法則の縦断的観察
縦断的観察は、同一患者群で異なる時点における証候特性を観察する計画調査である。これによって疾病の発生進行プロセスにおける証候の形勢と変遷、転帰を分析する。
この研究は同一患者群を計画調査するもので、それによって得られる証候の変遷に関する結論は真実性が強い。しかし、この研究は難度が高く、消費する時間も長く、観察対象が行方不明になったりと制御が難しく、そうしたことが研究結果を正確に導き出せなくすることが多いので、現在の証候変遷法則に関する研究においては使われることが少ない。
つまり循証医学ならびに臨床疫学の原則に基づくデザイン設計は、集団調査のデータ結果に基づいて証候の分布と変遷法則を分析することが、すでに常識と趨勢になっている。しかし個々の研究においては、より中医特性と適合するデザイン方法とデータ処理方法をどのようにして選択したり探索するかが、探求する価値のある重要テーマである。

二、証の診断基準の研究
(一)証の診断基準のパターンと構造
証候診断のパターンと構造について、現在でも統一された定説がない。既存の証候診断のパターンに基づけば、次のように分類できる。
1.定性と定量の診断
(1)定性診断基準:幾つかの項目から基準が構成されるが、一般に主症と随伴症状に分けられ、その中にある幾つかの項目を満たすことで判定基準(診断基準を構成する項目を軽,中,重のクラスに分けて評定し、その重症度を示したり、治療効果を判定する根拠にする)とする。
(2)定量(計量)診断基準:証候基準を構成する幾つかの項目に対し、それが証候で占める重要度に基づいて量的クラス分けし、それに一定の得点を与え、症状の総得点が規定の得点に達することを基準としたり、あるいは症状の証候に対する貢献度に基づいて、全ての症状の相対値を加え、累計を合計して一定の域値(限界値)に達することを診断基準とする。
2.マクロとミクロの診断
(1)マクロ診断基準:特定の症状と徴候などにより、マクロ的に表れた構成要因。
(2)マクロとミクロが融合した診断基準:症状と徴候、ならびに関係する物理化学的指標により構成され、たんに診断基準の中にミクロ辨証指標を取り入れたもの。
3.症と病,証が融合した診断
(1)証候だけの診断基準:病の特性を考慮しない証候診断基準であり、例えば血瘀証や気虚証などの診断機順手せある。この種の診断基準は「異病同証」に共通した診断基準である。
(2)病と証が融合した証候診断基準:ある種の中医や西洋医疾患名称による証候診断基準を指し、例えば高血圧の辨証分型診断基準である。
上述したパターンと構造の診断基準において、まだ幾つかの問題が残っている。例えば証候診断基準を構成する症状や徴候に対して持続時間や重症度の記述がない。また証候診断において排除基準の症状項目がない(つまり証候診断の排除基準がない)。さらに診断基準の内容が、病因,病位,病性,病勢の内容を表しているかどうか、あるいは少なくとも定位と定性の内容を分けているかなど、やはり検討すべき問題である。
以下に「脾虚証」に関する診断基準を収録して、証候診断基準のパターンと構造を理解し、分析するために役立てる。
中国中西医結合による虚証と老人病の研究専門委員会が、1982年に広州会議で討議して制定した脾虚証の診断基準。
①食欲減退。②午後の腹脹。③大便溏薄。④面色萎黄。⑤肌痩無力。
この5項目のうち3項目以上があれば確定診断する。
1986年、鄭州会議にて上述した内容を一部改修し、「大便溏薄」を第1項の内容とし、「午後の腹脹」に「圧すると喜ぶ」という条件を付け加え、さらに尿キシロース排泄量と唾液のアミラーゼ活性を補助的臨床検査の診断指標として推奨した。
中国中西医結合学会小児科専門委員会が、1999年のアモイ職務会議にて「小児脾虚証の診断基準」を改訂した。
主な指標:①食欲不振。②大便失調(泄瀉,大便の形があっても回数が多かったり出にくい)。③面色萎黄でツヤがない(無華)。④形体消痩(体重が正常な同年齢,同性の平均値より10%以上低い)。⑤舌質が淡、舌苔が薄白。
副次的指標:①肢倦乏力(手足が怠くて力がない)。②腹脹。③浮腫(軽度)。④貧血(軽度)。⑤口流清涎(流涎)。⑥睡露睛(眠って眼球が出る)あるいは多汗。⑦脈が細弱か無力、指紋が淡い(3歳以下)。⑧尿キシロース排泄量が正常より少ない。⑨唾液アミラーゼ消化試験が低下する。⑩血清ガストリンが低下する。
他の臨床検査の参考指標:①尿アミラーゼ測定の低下。②小腸アミノ酸吸収機能試験の低下。③基礎代謝率の低下。④細胞免疫機能の低下。⑤血清免疫グロブリンの含有量低下。⑥筋電図検査で筋線維の興奮機能の低下が見られる。
およそ主要指標4項目、または主要指標2項目と副次的指標1項目、あるいは主要指標1項目と副次的指標2項目ならびに臨床検査の参考指標2項目があれば、いずれも脾虚証と診断できる。
解説:上述した脾虚証の診断基準を基にして、具体的には次のように分型される。①脾陽虚:畏寒(寒がる),四肢不温(手足が冷たい),完穀不化(未消化便)が主な指標である。②脾胃陰虚:大便乾結,舌質嫩紅,少苔,冷たいものを飲みたがることが主な指標である。③脾気下陥:脱肛や内臓下垂が主な指標である。
(二)証の診断基準のデザイン
現在に使われている幾つかの証候診断基準は、およそ次のような事柄で決定されている。①古代の医家の論述と医学著作の記載。②一定範囲内の臨床観察や疫学調査。③現代の教科書ならびに幾つかの学術書の描写。④学術団体が公布した基準、あるいは専門家の調査票の結果に基づいて制定した。⑤政府部門の組織した専門家により編集された診療規範。⑥課題研究小委員会が上述した基準を参照して自発的に制定した。
このうち後の4つは、前の2項目に基づいて制定したものが多い。だから証候の臨床診断基準は、主に文献研究と臨床的な集団調査に基づいていると言ってもよい。
1.文献研究
文献研究とは、訓詁学(古書を現代語で解釈する),校勘学(書物の内容や字句の異同を調べる),版本学,目録学,闡経学(教典の内容を明らかにする),歴史学などの方法を使い、歴代の医学文献資料を整理,発掘し、研究することである。その方法の多くが「経学(教典研究)」に由来することから、経学方法と呼ばれることもある。
歴代医学文献は非常に多く、現存するものだけでも万部の量があり、そのなかに多くの科学内容があるので、文献研究方法を使って、歴代の中医典籍を系統的に発掘整理し、解釈して評価することは、中医を継承するポイントとなり、中医を研究する前提条件でもあって、中医を発展させる基礎にもなる。ただし文献研究の意義には、ある程度の限界があり、原著,元の様相,本来の意味を尊重するのが原則で、適切で明確に古代の医学家本来の認識や経験を再現するよう努めなければならない。その研究結果は、信頼性の高い歴史的資料となるだけでなく、ある種のヒントにもなり、さらに研究するための手がかりや根拠ともなるので、医学研究の科学的結論ばかりのためではない。そのため文献研究の結果は、必ず臨床治療のなかで検証し、判定しなければならない。
2.集団調査に基づく診断基準の確立
20世紀の1980年代から、徐々に臨床疫学の集団調査方法を使って、幾つかの証候基準の研究が始まった。証候の疫学調査で得られた多くの臨床と研究室資料の中には、辨証的価値の高いものもあれば少ないものもある。そのため最初に各症状,徴候,中医証候診断に対する研究室指標の価値を評価し、徐々に診断意義の大きな指標を選び出して、それと証候の量的関係を確立することが、証候診断基準を確立する前提と根拠になる。そして証候に対して主に脈症を分析したが、主に脈症の頻度統計,多要因分析,医学理論分析を融合させた方法を使う。クラスター分析は、臨床で比較的に繁雑な脈症を、証候の病因病機との関係に基づいて幾つかに分類し、中医辨証理論と組み合わせて分析したあと、最初に臨床辨証の根拠とできる脈症を選び出せる。主成分分析は、別の角度からクラスター分析の結果を検証したもので、主要な脈症類のなかから、それぞれの証候に対する重要性(それが関連率)を区別する助けともなる。脈症の頻度分析は、上述した分析を基礎にして、証候における一つの脈症ならびに脈症組み合わせの構成比を統計する。さらに脈症を「多い,次に多い,滅多にない」のように区分し、簡略化した辨証基準を制定するための根拠ともなる。
こうした一つの因子によって分析する方法は、各因子の結果に対する影響を個々に研究するものであり、連合作用(組み合わせて相乗効果のある)を持つ因子は見落としがちである。だが特定の因子が結果に単独の作用があったにせよ、その作用は他の複数因子による連合作用で置き替わるものであり、連合作用において、それは余計なものに過ぎない。したがって複数因子の結果に対する単体作用と連合作用を分析したければ、多変量解析の方法を使わねばならない。多変量解析と特定因子分析を比較しあえば、さらに全面的な統計分析方法となる。
『黄帝内経』の昔から、ある程度の数学言語と思考が使われていた。例えば『霊枢・九宮八風』には「生数」と「成数」、そして「九宮」などがあるが、それは中国古代数学で有名な幻方定理である『河図絡書』の内容である。近年は科学技術の進歩に伴って、中医薬の研究でも、意識的に現代数学言語と方法が導入されるようになった。整体観や相互連絡、そして相互制約の特徴は、中医理論の中でも突出した表現である。そのため非生命科学の中で発展してきた数学は、中医薬領域で応用されるとき、多変量判別分析の数学方法が必要となる。多変量解析は、人体生命活動の特徴と法則を総合体で表すことができ、より中医と内在的な適合性がある。そのうちでクラスター分析と主成分分析、多重ロジスティック回帰分析が重要な方法であり、一緒に運用すれば更に効果的である。中医薬学研究の全体的傾向は、客観化,標準化,数量化であるが、そのうち数量化は非常に重要なポイントである。多変量解析は、この重点部分で他の仕事を展開するための土台であり、それを中医に移植すれば中医薬の科学研究活動が、伝統的な定性描写を主とする方式から徐々に定量研究の方式に向かって移行する幾つかの有意義な探求となる。また中医薬規範化研究においても、新しい活気と活力を注ぎ込むことにもなろう。
中医薬学理論には数学言語と思考が満ちており、証の分類や構成,変遷には多変量の曖昧な数学思想が混在しているので、数理統計学を証の研究に導入することは実現可能であるばかりでなく、科学的でもある。すでにクラスター分析や多重ロジスティック回帰分析などを使って中医証候を研究している学者もある。梁偉雄らは、指標クラスター分析を使い、中風病(脳卒中)急性期患者221例に対して証候特性ならびに関連症状,舌象,脈象の関係を分析し、中風急性期証候が風火証,痰瘀証,気虚証,陰虚陽亢証の4種に分けられると提唱した。王順道らは、クラスター分析と主成分分析方法を使い、中風病開始状態の証候発生ならびに組み合わせ法則について研究した。李秀昌らは、指標クラスター分析を使い、過多月経血瘀型患者の12項目の指標を3類にまとめ、過多月経に第三類があまり関係してないと結論付けた。{登乃}兆智らは、類風湿(リウマチ)患者163例の頭髪で、14種元素のモニター患側した結果に基づき、動態クラスター分析を使って多次元空間にて分類したところ5種の証型が得られたが、それは一般の臨床証候診断の結果とかなり一致するものであった。黄益興は、ロジスティック回帰分析や多変量段階的回帰などによって頭風病(慢性頭痛)証候の診断基準、ならびに9個の証候辨証基準を確立した。
証の分類,構成,変遷には、多元の曖昧な数学思想が混在しており、証候は症状群の組み合わせ形式として現れているが、同時に多くの元に影響される。証と症状の関係は、単純な線形や標準化された関係ではない。多種多元の統計方法を有機的に組み合わせ、集団調査に基づいて収集した情報を使えば、さらに優れた、より合理的な利用となり、異なる角度から証候の特性を検討し、明らかにできる。
方法においては完成されたものではなく、またサンプル量の制限などの要因もあり、まだ結果にも限界性がある。そのため臨床治療と科学研究の要求に応えるため、上述した研究成果を基礎にして、さらに証候の診断基準を研究し、完全なものとすることが現在の共通認識である。
まず集団調査に基づく診断基準は必然の傾向であるが、疫学の研究方法と数理統計の分析方法をどのように科学して合理的に使い、データ分析した結果を臨床の現実と融合させたらよいかは、非常に価値のある探求問題である。次に、マクロの診断基準を確立するだけでなく、現代生物学による基礎研究 成果を証候へ取り入れ、マクロとミクロの多元情報に基づいた診断基準を確立し、さらに客観性とゴールド基準の属性が備わるようにする。ゴールド基準とは、肯定や否定において最も信頼できる基準である。また中医の特性に基づき、証候診断基準を研究する方法と作業台の確立の探索することであり、併せて政府組織による総合的ガイドライン、意図的で段階的な、全方位的,大サンプルの研究を展開させ、徐々に完全で統一した証候診断基準を確立することが急務である。
3.証の診断基準の評価
循証医学の原則と理論に従って、すでに確立された証候診断基準の感度と特異性を査定し、また感度と特異度を評価することによって確立した診断基準が臨床に応用できるレベルを満たしているかどうか判断することが必要である。
循証医学(Evidence-based Medicine:EBM。証拠に基づいた医学)は、科学的根拠に基づいた医学であり、各領域で展開された臨床研究結果を系統的に収集し、全面的な定量化と総合分析評価(例えば無作為対照試験とメタアナリシス)することで、医療治療に信頼できる科学的根拠を与える。中医学は、臨床を証拠として重視してきた。字面からすれば「証」は「証候」や「証明」であり、「候」は「外感」や「表現」なので、患者の臨床表現から得られた証拠を治療の指針としている。中医学は、医学文献の収集と整理を非常に重視し、理論と治療における伝統文献の指導的な意義を強調する。これも循証医学の観点と一致している。循証医学は、人の関与する措置に対する整体反応を重視しており、その論理的な思考方式は、中医学と酷似している。中医学の歴代の医家が広めた多くの有効な臨床治療経験を継承して発展させるためには、それに対して科学的な評価を与えることが重要な作業となる。循証医学と現代疫学の豊富な知識を中医証候研究の方法と手段に使い、無作為(患者の無作為割付け),対照(対照群の比較),再現(追試)を守ることが一般原則であり、同時に中医薬理論と臨床特性を融合させて専門デザインし、中医辨証研究をしっかりした科学的基盤の上に確立すれば、中医薬が前進する歩みを必ず加速できる。
ただし中医は主として症状に基づいて診断しているため、それ自身が統一した診断基準を欠いており、さらにゴールド基準も欠いているので、証候診断基準の感度と特異性に対して規格化した評価を下すことは難しい。しかし臨床による検証によって、証候診断基準の評価ならびに大勢の臨床専門家による診断一致性を判定できる。その評価において、例えば操作時には盲検(ブラインドテスト)を採用し、評価される症例の割付けは代表性(典型証候,非典型証候,その証候が明らかにないなどの症例を含むこと)が必要、非典型証候の症例の十分なサンプル量(被験者)が必要、そして正確な計算評価指標など、一定の原則を遵守しなければならない。さらに臨床診断に参与する専門家は、一定のオーソリティや代表性を備えてなければならない。一般的に証候の診断基準の確立は、評価→改正→再評価→再改正を繰り返しながら徐々に完全なものとなる。証候診断基準が比較的完全となり、同業の専門家が広く承認されたとき、この証候診断基準もゴールド基準となる。

第四節 証の病理や生理の基礎研究

現代科学の角度により、証候の科学の混在と本質を解明し、証候の本質的特異性を反映できる客観指標を探し、それをミクロ辨証の根拠として、中医の主要な根拠であるマクロ表象に基づく診断の不足を補うため、近年では臓腑,八綱,気血などの証候を重点とし、整体(全身),器官,細胞,分子など多くの段階から、証候の病理や生理の基礎研究がされている。
証候の病理や生理の基礎研究において、臨床研究材料の限界を補うため、徐々に関係する証候動物モデルを確立し、動物実験を使って更に深くて細かい研究が展開された。また研究において、相応する証候に対して中医処方薬の関与する効果を参照とし、方(処方)によって証(証候)を推定したり、検証する作用を果たし、中医の理,法,方,薬の一貫性を示す。
一、証の病理や生理の基礎を臨床研究する
中医は、進行段階が一様でない疾病では、それぞれ異なった証候として現れる。また異なる疾患であっても、ある段階に進行すれば、病機が同じために同一証候が現れると考えている。これを「同病異証」や「異病同証」と呼ぶが、そのために臨床では「同病異治」や「異病同治」が発生する。臨床研究では、だいたい「同病異証」や「異病同証」の角度から始め、現代医学の多系統機能ならびに指標の変化特性が証候とどのように関係しているかを観察、比較することによって、証候の現代病理と生理の基礎を探求する。
例えば脾虚証は臨床に多い証候で、多くの消化系疾患(慢性胃炎,慢性腸炎,慢性消化性潰瘍,胃下垂,消化不良,慢性肝炎など)と非消化系疾患(慢性出血性疾患,慢性気管支炎,慢性腎炎など)にあると判り、それに対して補脾益気の治療方法を使えば、いずれも一定の治療効果が得られる。したがって脾虚証は研究されることの多い証候の一つである。臨床研究において、ほとんど脾虚証と現代医学の各系統の関係が研究し尽くされ、脾虚証患者は、消化系の分泌,吸収,運動機能が変化して、例えば口腔液のpH値が低い、唾液アミラーゼの活性が低下,膵臓の外分泌機能が低下,小腸の吸収機能が減弱(キシロース排泄率から小腸の吸収量が判る),消化管の運動機能の乱れ(小腸と結腸の運動が亢進し、胃張力が低下)などがあるだけでなく、微小循環(爪床微小循環の血流が緩慢になるなど),血液流動学(全血粘度の下降など),微量元素(一部の微量元素の増加や減少),免疫機能(細胞免疫機能の低下,免疫調整メカニズムの乱れ,免疫抑制が優勢となるなど)などが異常に変化する。
二、証の病理生理の基礎となる動物実験研究
動物モデルは、現代の医学研究において不可欠な手段の一つである。証候の基礎研究ならびに中薬(漢方薬)の治療効果の評価を進展させるため、20世紀の1960年代以降、中医分野では証候の動物モデルを使って研究が進められ、それが証候研究の一つの方向と内容になった。現在までに使われた証の動物モデルは100種を超え、それらには陰虚証,陽虚証,気虚証,血虚証,各臓腑の虚証,血瘀証,肝鬱証,寒証,熱証,温病の衛気営血の諸証,裏実証,温病湿熱証,湿阻証などのパターンがあり、証候に対する病理や生理の基礎研究において一定の前進させる作用を果たした。
例えば「脾主肌肉」は脾の重要な機能の一つであり、脾胃が運化した水穀の精微が栄養して、人体の筋肉が発達し、豊満になり、壮健になる。脾の運化機能が障害されれば、四肢が困倦乏力(怠くて力がない)となり、力仕事ができず、筋肉が痩せ、ひどければ萎縮して動かなくなる。こうした考えに基づき、「脾虚証」動物モデルを使い、筋肉エネルギー物質貯蔵ならびに筋肉エネルギー生成、そして筋肉エネルギー代謝に関係するポイントから着手し、脾気虚証に関する骨格筋エネルギー代謝系変化の分野で系統的に研究された。研究した結果、「脾気虚」ラットの骨格筋には、エネルギー産生不足(ミオグロブリン-アデノシン3リン酸分解酵素ならびにクレアチンリン酸分解酵素の活性低下、ATPの直接生成減少)およびエネルゲン物質(筋グリコーゲンやリポイド、蛋白質)の欠乏が存在してい た。骨格筋細胞の低酸素、ならびに好気性酸化の場所であるミトコンドリア構造の異常変化により、骨格筋細胞内と好気性酸化のポイントに関わる酵素の活性が低下し、好気性酸化能力を下降させてエネルギー供給が不足し、代償性の嫌気性解糖を活発にさせるので、嫌気性解糖に関係する酵素の活性が増加する。骨格筋の線維構造が異常に変化する。などの事柄が明らかになった。それとともに健脾益気類の薬物治療によって、こうした異常な変化が、ほぼ回復できた。上述した研究によって、脾虚証の病理生理学の基盤を明らかにさせ、「脾主肌肉」の中医理論に一定の根拠となる。
ただし上述した研究結果は、科学的で合理的な動物モデルの存在が前提となり、信頼性もあるので、どのように動物モデルを作り上げ、それを評価するかが、動物実験を使って証候の病理生理の基礎を研究する一つの重要な側面でもある。次に脾虚証動物モデルを例とし、証候動物モデルの研究製作と評価方法を解説する。
(一)証の動物モデルの製作方法
1.モデルを研究製作するよりどころ
中医理論に基づけば、久病で体が弱る,久瀉や久痢(慢性下痢),飢飽失常(空腹や満腹),苦寒の薬物を長期に服用した,生や冷たいとか油っぽい食物を食べ過ぎたり、過労などが、脾虚となる主な要因として関係する。そのため研究では、その臨床発病と関係する1種か多種の要素を選び、それを動物(ラットやマウス)に施し、脾虚の発病プロセスに似せて、脾虚の動物モデルを作り出す。
2.モデルの作成方法
(1)単因子作成法:脾虚証の発病と関係する因子1種を選んで使い、モデルを作る方法である。例えば①苦寒瀉下法:単味の大黄,芒硝,番瀉葉、あるいは大承気湯を使う。②耗気破気法:青皮あるいは厚朴三物湯(厚朴,枳実,大黄を1:1:1)を使う。③飲食不節法:毎日、白菜を食べさせて飼育し、二日ごとにブタの脂身を1回加えて食べさせる。量は決めない。④限量栄養法:例えばエサを半分にする。⑤脾虚患者は消化系の病理変化だけでなく、自律神経系や体温中枢、血管運動中枢の働きも乱れていることに基づいて、レセルピンやネオスチグミンなどを使い、副交感神経機能を亢進させ、大便の排便回数を増やしたところ、脾虚の症状が現れた。
(2)複合因子作成法:脾虚証発病と関係する因子を2種以上を併用してモデルを作る。例えば①苦寒瀉下に飢飽失常を加える。②苦寒瀉下に労倦過度を加える。③労倦過度に飲食不節を加える。d労倦過度にに飢飽失常を加える。④耗気破気に飢飽失常を加える。⑤労倦過度に飲食不節と苦寒瀉下などを加える。複合因子を使ってモデルを作ることは、臨床において脾虚患者の発病因子が複雑なことが多いことを考慮してである。
(3)病証結合作成法:中医の脾虚モデル作成方法を西洋医の疾患モデル作成方法と組み合わせ、モデルに中医脾虚証と西洋医の目的疾患を併せ持たせる。例えば①脾陽虚型腫瘍モデル:瀉下剤(下剤)を与えると同時に、相応する癌細胞を動物に接種する。②脾気虚型潰瘍モデル:瀉下剤を与えると同時に、酢酸法を使って動物に胃潰瘍を起こさせる。
(二)動物モデルの評定方法
脾虚動物モデルは、主に次の事柄によって評価する。
(1)発病因子が似ている:モデル作成の因子選択を、臨床の脾虚患者の主な発病因子ならびに発病プロセスに似せる。
(2)症状の現れ方が一致:臨床で証候を識別するとき、主に患者と医者の主観的感覚に頼っている。そこで証候動物モデルも、主に動物の外型や姿,飲食,大小便などの観察によって評価する。脾虚動物モデルは、体重減少があったり増加が緩慢で、少食,便溏か泄瀉,{足巻}縮(手足を縮めて丸くなる),懶動(動きたがらない),活動減少(あるいはネズミの遊泳時間が短縮する),毛髪枯槁(毛のツヤが悪くなる),両目{目米}縫(目を細くする),拱背(背を丸める)などの状態が現れる。
(3)薬物反証:健脾益気の薬物を服用することによって、上述したような動物モデルの変化に対抗できたり、解消できるかを観察する。それによって、そのモデルが脾虚モデルであるかどうかの反証となる。
(4)客観的指標の証明:例えば免疫機能低下やエネルギー代謝の異常など、臨床的で脾虚患者に現れやすい客観指標を選択し、モデルを評価する証明とする。
三、証の病理生理学基礎の研究において存在する問題ならびに解決できる対策
証候の病理生理に対する基礎研究において、証候に関する一つ一つの指標の研究については一定の進展があったが、特異性の指標が少なすぎ、また系統性や規範性、客観的な再現性が欠乏するという問題がある。その原因を分析すると、以下のようなものが考えられる。
(一)研究の前提の信頼性
1.統一された客観的な証候診断基準を欠いている
証候に厳密な内包と外延が欠けており、証候に対する識別に統一された客観的な「ゴールド基準」がないため、現在は多用されている中医証候診断基準を使っている。だが証候判定時に、基準とされる四診情報には量的に明確な規定がないため、実際の運用では基準の指導性が低下し、拘束力も弱まって、臨床研究で選抜する研究対象が同質性に劣るという問題が存在する。均一な実験モデルを作るためにも、証候について病理生理の基礎研究が必要だが、まず証候の規範化や標準化の研究をしなければならない。また研究のデザインでも、抜き取ったサンプルが全体(母集団)を代表しているか、対照群の設置ならびにその合理性の有無なども、研究結果に影響する重要な問題である。
例えば現在、一般に脾虚とされる証候には、脾気虚証,脾陰虚証,脾陽虚証、ひどいものは脾気下陥証や脾不統血証などがあるが、多くの研究報告では脾虚証としているだけで細かく分けてはいない。そこで最初に理論的、ロジック的な規範、脾虚証の内包と外延を明確にするなどが、すでに共通した認識となっている。
2.証候の動物モデルにも一定の欠陥が存在する
証候の動物モデルは、実験的角度から証候についての病理生理の基礎となる前提と根拠を研究するため、証候動物モデルが本物かどうか、信頼できるかが研究する上でポイントとなる。
(1)モデルの作成と評価方法から見る:①仮に中医の伝統病因に似せて証候動物モデルを作成すれば、モデルの病因,症状,客観的指標,薬物反証が比較的一致し、実験結果と中医理論が噛み合いやすいので、中医の「証」の実質を解明しやすく、中医中薬の治療効果と作用メカニズムを検証し、また中医理論と治療手段に新機軸を打ち出せる可能性もある。しかし曖昧性,適当さ,不安定さなどの欠点がある。②もし西洋医の病因病理を使って証候動物モデルを複製しようとすれば、長所としてモデルの作成が完成されていて、作成方法も安定しており、実験結果も信頼性が高く、再現性も優れており、現代医学の結果とも比較可能性がある。だが、こうした作成方法は、西洋医の思考回路で中医理論を検討したものであり、西洋医の指標を使って中医の規範を作るもので、中医を西洋医の目で研究し、解釈した状態であり、中医の伝統的な病因と一致せず、臨床薬理とも噛み合いにくいので、「証」の本質を研究するには不都合である。③例えば中西医結合の病因学説に基づいて証候動物モデルを作るならば、その長所は中西医がモデル作成分野で成功した経験を吸収しているので、中医理論とも関係し、西洋医学のある種の疾患とも一致しやすく、中西医結合理論の研究を深く発展させるために有利である。ただし中医学と西洋医学は、結局は異なる概念の医学体系であることから、両者の融合点が少なく、こうしたモデルの作成難度も高く、進展が望めない。
(2)動物モデルとヒトの比較可能性から見る:中医の証候動物モデルを疑問視する人もある。例えば、臨床で見られる脾虚証は、慢性なので継続時間が長く、治療しなければ自然治癒が難しいのに、動物モデルではモデル作成の操作を中止すると、すぐに正常へと回復してしまう。ある学者は、中国で報告された脾虚モデル130個を統計したところ、そのうち自然回復時間が明確に記録されたものが17個あった。マクロ指標(体重,体温,外観症状)を基準にすると、それが自然回復する時間は2~14日、平均して6.6日で、モデルの平均作成時間(12.5日)より明らかに少なかった。そのうち自然回復時間がモデル作成時間より短いものは13個、モデル作成時間の方が長かったのは3個に過ぎなかった。つまり現在の脾虚モデルの実質は、多くが外因(作成因子)による脾失健運(脾が健運しない)の段階に留まっていることを示唆しており、中医臨床における本当の意味での脾虚証(体内の虚損を強調)ではない。したがって現在のモデル作成方法をどのように改善するかは、やはり脾本質を研究する上で重要なポイントである。
(二)研究思考回路が完全でない
現在、中医学の理論研究において、主導的な位置を占めている研究方式は「西によって中を解く」である。こうした研究は、中医の学術内容を医学問題について研究したり解決する武器にするのではなく、それを研究したり検証する対象にしている。こうした研究において、西洋医の知識と方法は検証と説明の基準であり、こうした基準に一致すれば結論が出せるが、もし基準と一致しなければ、否定されたり放置されるかもしれない。そうなれば中医理論の現代研究と中西医結合研究にとって、大きな困難をもたらすであろう。そのため中医理論の研究では幾らかの新機軸が必要であり、こうした研究方式を打破し、中医の自主独立した研究と発展する進路を堅持しなければならない。つまり数千年に渡って独自に発達した基礎に、現代の条件下で自主独立に新たな発展を実現することが、中医学を古代教典の段階から、現代医学の段階へと発展させることにつながる。
遺伝子工学の研究が深化するにつれて、多くの疾病が発生する原因が遺伝子によって発生する(感受性遺伝子と関係する多遺伝子調節の乱れ)が、それは単一遺伝子によって決定されるものでないと現代医学は考えるようになった。こうした多遺伝子の論点は、中医の整体観念を具象化しており、中薬複合処方の複数ターゲット(遺伝子の発現と調節を含む)調整に対する優越性も具象化も具象化している。そして遺伝子の複雑性は、中医の「同病異証」や「異病同証」の証と、ある種の内在的必然関係があるのではなかろうか? このことは中医科学研究者に、研究テーマを調べるチャンスも与えている。現在すでに人類遺伝子配列の相違マップが完成しており、遺伝子工学と証候の相関性研究を創造する条件が整っている。そのため多くの人が生物情報学の方法を導入し、証候を発生させる遺伝子発現と調節の法則を研究し、証候表現の遺伝子特性ならびに遺伝子発現を調節する変化や法則を調べ、疾病証候や不健康状態の証候および正常な生命活動の3状態における遺伝子発現の相違性を研究し、証候発生の遺伝子工学の特徴をまとめ、証候遺伝子診断学の基礎を徐々に作り上げれば、恐らく今後の証候研究の一つの発展方向になるであろう。
(三)証自体の特殊性
1.証の内包が広すぎる
中医が疾病を認識する方式は、主に直感のイメージ思考を大量に使って、整体とマクロ的視野から疾病の本質を把握するようにする。中医の証は一群の概念を総合したもので、同類通性系列事象の総合概念なので、まさに証候の幅広い内包が引き起こした不確定性により、いかなる1つのあるいは1組の現代医学指標であっても特異性を持ちにくくしている。中医証候の特殊性は、それが「徴(徴候)」や「症(症状)」の内包と比較して、更に幅広い集合体であり、多系統の機能変化の総合表現である。証候の研究において直面しているミクロ指標の特異性が弱いという問題は、そうした特性を具象化している。
脾虚証について例えるなら、脾失運化(脾が運化しない)は脾虚発生時にもっとも基本的な内包である。ある時期から、脾虚の生化学指標の変化に研究が集中し、脾虚証を診断する特有な指標を見つけ出そうとした。その結果、現在まで70以上の指標が測定されたが、現時点で公認されている指標はキシロース排泄率と唾液アミラーゼの2項だけである。つまり単純に西洋医の還元分析法を使って中医の「証」の本質を探ろうと試みたり、中医の脾虚証を西洋医の「吸収不良症候群」に相当すると見なすのは適切でない。例えば前述した中医の「証」の実体は、西洋医の「病」の段階的変化なので、どんな検測指標であってもマクロ的概念の一部分あるいは一点を表しているに過ぎず、証の全部ではない。脾虚証は、こうした無数の部分や点から構成されているので、こうした観点からすれば脾虚証特有の診断指標が得られにくく、やはり「病」と「証」が融合した基礎上に存在するとだけ言える。
2.証の動態性と複雑性
中医の証は、疾病が進行変遷するプロセスで、ある特定時点においての特殊な表現形式である。このプロセスにおける、その外在表現だが、四診情報の出現も固定して不変なものではない。まさに、こうした理由のため、現在まで中医の証の診断基準は統一が難しい面があり、常用されている診断基準があるという面もあるが、もちろんその出所は『高等院校教材(大学教材)』であり、やはり国家中医薬管理局が公布した『中医病証診断療効標准』なので、証ついて変更のない確固たる規定を最終的に確立することは難しい。それは中医の教育や臨床、科学研究に多くの問題を投げかけている。そのうえ臨床医療においても、単一な証であるケースは稀で、複数の証が兼夾して出現することが多い。それが中医の証を更に錯綜して複雑なものへと変え、証の確立と鑑別に困難をもたらしているように見える。
3.四診情報の客観化が難しい
主観と客観の要因による干渉を排除し、客観的事実と一致する四診情報を得て、中医証の診断の客観性を確保するため、現代科学技術の方法と機器設備の助けを借りて四診情報が観察された。こうした方法を使えば、四診情報の客観性を確保するためには当然一定の助けとなるが、人体自体の体表の色ツヤ,拍動リズムならびに大小や強弱などの面による違いが大きい。そのため、どのような科学を使えば、こうした方法が中医診断業務にとって助けとなるのか、今一つの検討が待たれる。次には四診情報だが、例えば問診における患者の幾つかの感覚(頭昏,悪心,胸悶,寒がる,{病俊}痛,麻木など)、それ自体は患者の病気に対する一種の主観的な体験だが、これは機器を使って測定することが難しい。そのために四診情報を得て、中医証診断を客観化しなければならず、現代科学技術方法や機器設備の助けを借りることは、こうした方法を解決する唯一の方策ではない。
以上をまとめれば、症と証ならびに病の規範化の研究、診法の客観化の研究、証の分布や変遷法則と診断基準の研究、証の病理生理的基礎の臨床研究など、4つの研究方向が現在の中医診断学の発展動向を表しており、その点は政府が制定した発展領綱のなかにも充分に示されている。
『中医薬基礎研究発展提綱(試行)』では、中医薬基礎研究の発展目標を次のように定めている。①中医理論概念が内包する系統を深く生理して規範化する研究を展開させ、徐々に専門用語を統一し、概念内包をはっきりさせ、理論の段階を明確にし、厳密に規範化された中医理論とする。②証候の規範化研究を展開させ、代表的な証候の細胞分子生物学のメカニズムを調べ、基本的な中医証候に対する科学的評価システムを作り上げ、四診を主とする診察方法を規範化して完成させ、整体観念に基づいた個別化の中医薬診療システムとする。
そして今後の研究の重点課題が次である。①証候という中医薬の科学研究の最先端に沿って、証候の規範化と科学的評価方法の基本作業を発端とし、現代の科学技術の手段を駆使して、証候や蔵象,経絡について深くシステムを研究し、その科学の内包を示して、中医基礎理論の新機軸を打ち出せるよう促す。②文献整理と臨床疫学調査などの方法を使い、証候の核心の特徴を規範化する研究する。現代の数学やコンピュータなどの技術を導入し、臨床と融合させて、科学的に証候学を評価する方法を確立する。典型的な方と証から着手し、伝統と現代の科学理論の方法を使って、証候の包括する人体内在の変化法則、ならびに生物学に基づいた整体,細胞,分子および遺伝子レベルのシステムについての研究。中医証候研究の現代方法学を確立する。積極的に創造する条件のもとで、証候の遺伝子工学ならびにプロテオミクス(蛋白構造学)で探る研究を展開し、新しい辨証方法を模索する。③「証」か「病証結合」の動物モデルを作り上げる。既存の比較的優れた基礎的な病や証の動物モデルについての確立、ならびに完全なモデル作成技術基準と評価基準は、臨床や薬理,薬効研究の差し迫った需要に応える。
『中医薬基礎研究発展提綱(試行)』において「臨床疫学の研究方法を普及させ、臨床科学研究デザインレベルを向上させる。中医薬臨床診断と治療効果の評価システムの基礎を確立し、中医疾病と証候診療規範を引き続き完全なものとし、各科病証の診療規範の被覆率を50%以上にする」という中医臨床研究の発展目標を掲げた。そして証候の分布特性と変化法則,ならびに辨証規範の研究、中医病名の規範化と中西医病名の対照研究(中医病名が西洋医学の何に相当するか)、中医疾病診断規範と治療効果評価基準の研究、中医臨床証候の客観的指標ならびに証候変遷法則の研究、重点疾患の臨床証治法則の研究などを今後の研究において重点課題とする。

 とまあ何の変哲もない文ですが、漢方も客観的な根拠を求めて、色々と画策しているというところ。
  もちろん鍼灸は、朱漢章の『小鍼刀』以降、こうした問題は、かなりの部分でクリアしてますが。

※本文は出版社の了承を得ないで転載しています。
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