手根管症候群

 鍼灸の不適応症として、手根管症候群の治療および弾撥指の治療を述べます。
 この2つは、一般の鍼灸では簡単には治りません。
 弾撥指は、ばね指とも呼ばれています。
 バネ指は、最初は腱鞘炎から始まります。手首から手のひらには、各指ごとに細いストローのような管が通っていますが、その管が腱鞘です。その管の中を腱という紐が通っています。腱と腱鞘は刀と鞘のような関係なので、腱鞘といいます。この腱鞘が骨に貼りついているために、指を曲げても腱がビンと持ち上がることはないのです。その腱鞘のなかを腱という紐が行ったり来たりして指が動きますが、その摩擦が多すぎれば、腱と腱鞘が擦れて、「もういい加減にしてくれ」と痛みのサインを出すのです。特に重いものを下げたり、力を入れて握ったりなど、力も加われば腱と腱鞘の摩擦が強くなり、炎症が起きて腫れたり痛んだりします。この段階ならば、まだ腱鞘炎ですので、その患部に細い鍼をして置鍼し、刺激を鎮めながら、その腱の筋肉に太めの鍼をして置鍼し、筋肉を緩めれば治ります。ただ男性なら治りが早いのですが、女性では長く、1カ月ぐらい治療しないと治らないことが多いのです。
 ばね指の治療は、腱鞘炎と全く違います。私は不適応症として書いているので治療したことはありませんが、書物によると「腱が小豆粒大になったところへ太い鍼や三稜鍼をし、腱の球になった部分に穴を開けて、その部分を包帯でグルグル巻いて圧迫し、球から粘液を押し出せば、球が小さくなるので腱鞘に引っかからなくなり、治癒する」と書かれています。しかし、その間は感染しないように水仕事をしてはならず、まことに悠長な治療法です。恐らく現代の中国では、このようなバネ指治療をしている人はいないでしょう。というのは、小針刀というものがあって、それで簡単に治るようになったからです。小針刀は、私のQ&Aで、実物の写真を掲載しています。だいたい太さ1mmぐらいのマイナスドライバーのような針です。
 まず、なぜバネ指になるかですが、腱鞘炎のような状態になっても、同じような力を入れたニギニギ作業を続けていますと、その腱鞘ストローの入り口で、腱の紐は手繰り寄せられて球ができてしまうのです。角度が急ですから、よけいにそうなりやすいのです。
 ようは球が消えれば、腱紐が腱鞘ストローの入り口に引っかからなくなるのですから、球へ腱鞘の向きにマイナスドライバーの小針刀を当てて1〜2mmの傷を付けてやるわけです。普通の鍼では小さな穴が開くだけで、ゴムにアイスピックを突き立てているようなものですから弾力性で穴がすぐに塞がりますが、マイナスドライバーでは縦に切れていますので、弾力性があっても穴は塞がりません。だから内容物が出て球が消えるのです。
 後に残った幅1mmの傷跡には、バンソコウでも貼って水の侵入を防げばよいのです。 ちなみに朱漢章の『小針刀療法』178ページから182ページまでを引用します。これが小針刀を使ったばね指の鍼治療です。
 参考に、質問が来ましたので、Q&Aへ。

「 十九、指屈筋腱腱鞘炎
 概説
 指を頻繁に屈伸するため、指屈筋腱と腱鞘の摩擦損傷によって発病する特に多い疾患である。親指と人差指の腱鞘炎がもっとも多い。また手指掌側の指関節横紋部分には皮下組織がないため、皮膚と腱鞘が直接隣り合っている。だから外傷が直接腱鞘に及んで腱鞘炎となる。そうした原因で指屈筋腱腱鞘炎の発病部位は、ほとんどが手指の掌側指関節横紋の部分である。
 この疾患に対して整形外科では腱鞘を緩める手術をする。一般に保存療法では効果が得られにくい。小鍼刀を使えば簡単で安全に治療でき、しかも効き目が速い。
 局部解剖
 指屈筋腱腱鞘は浅指屈筋腱と深指屈筋腱を包んでおり、外層の腱線維鞘と内層の滑液鞘からできている。腱線維鞘は掌側の深筋膜が肥厚してできた管で、指骨関節包の両側に付着し、筋腱の固定と潤滑作用がある。筋腱滑液鞘は二層からなる管状の筋腱の滑液鞘で、臓側板と壁側層に分けられる。臓側板で筋腱を包み込み、壁側層は線維鞘の内側面に貼り着いている。滑液包は筋腱を保護し、摩擦をなくして潤滑作用がある。
 病因と病理
 指屈筋腱腱鞘の変性拘縮は摩擦損傷によって起こったものであり、炎症性変化も続発性なので原因ではない。使い過ぎにより損傷され、腱鞘が修復されて瘢痕ができ、さらに損傷後は分泌物が減少して摩擦損傷に拍車がかかる。
 症状
 患指の屈伸が制限されるが、ほとんどは掌側で、指関節横紋が痛んだり腫れたりして箸を持ったりボタンを止めたりしにくい。長引けば患者の多くは指関節の弾発音を訴える。圧痛点にヒモ状や塊り状の硬結を触知できる。
 図は人民体育出版社の運動解剖図譜136頁を引用
 診断
 @手指の損傷や使い痛みがある。                                                                 A手指掌側面の指関節横紋に、痛みや圧痛がある。
 B手指の屈伸障害がある。
 治療
 @患側の手掌面を上にして治療台に乗せ、患指掌側の指関節横紋を触って硬結や圧痛があれば、そこから刺入する。
 A鍼体を手掌面と垂直に、刃を指屈筋腱と平行に刺入して骨面に到達させる。
 Bまず切開剥離をおこない、さらに縦行剥離あるいは横行剥離をする。硬結があれば切開する。操作が終わったら指を2〜3回屈伸させる。
 注意事項
 刺入点のほとんどは手指掌側面の指関節横紋の中点である。刃を指骨の両側に移動させてもよいが、手指両側面の軟部組織に刺入してはならない。手指の重要な神経や血管の多くは手指の両側を通っているため、それを傷付けないようにする。
 症例
 秦××、女、46歳:沐陽章集公社章集大隊人。患者の右手指に指屈筋腱腱鞘炎が起こってから5年になる。いろいろ治療したが効果がなかった。1980年1月21日に骨科に来た。検査すると右親指掌側の中手指節関節横紋に、圧痛と大豆の花弁の 位の大きさの結節があった。親指は半分曲げたような状態になっている。小鍼刀治療を5日に1回おこない、3回の治療で治癒した。1年半後に再調査すると、親指はスムーズに屈伸できるようになり、何も不快感はない。

 二十、手背伸筋腱腱鞘炎
 概説
 手首の後ろに6個の骨線維管があるが、それが手背伸筋腱腱鞘である。6つの腱鞘は、どれでも腱鞘炎を起こすが、長母指外転筋と短母指伸筋の腱鞘炎、総指伸筋と示指伸筋の腱鞘炎がもっとも多い。
 局部解剖
 伸筋支帯は肥厚した深筋膜からできており、両側は橈骨と尺骨、そして手根骨に付着しており、靭帯の深部から5個の筋膜隙が出て、橈骨と尺骨の下端背側面骨面上に止まる。手首の後ろには6個の骨線維管があり、前腕尺骨から来た12本の筋腱を6つに分けて滑液鞘で包み込み、その6個の管を通って手背と手指に達している(57図)。手背の橈側から尺側まで、各管の中を通る筋腱の順序は次のようになる。@長母指外転筋腱と短母指伸筋腱。A長橈側手根伸筋と短橈側手根伸筋。B長母指伸筋腱。C総指伸筋腱と示指伸筋腱。D小指伸筋腱。E尺側手根伸筋腱。
 57図は『小針刀療法』181ページから。
 病因と病理
 57図 手背伸筋腱鞘解剖位置図 手背伸筋群の腱は、すべて腕関節背部に並び、手首を伸ばしたり指を伸ばすような複雑な動きを担っている。しかし、これらの腱鞘は狭い腕関節背部に押し込められているので、小さな空間しか占められない。また、これら腱鞘の深部は腕関節部の骨組織なので弾力性がなく、腱鞘周囲は硬くて窮屈である。さらに手首の背屈運動が頻繁におこなわれるため、生理構造からも、こうした腱には摩擦損傷がおきやすい。
 手背伸筋腱鞘炎は、疲労性の摩擦損傷のほかに、急性損傷も起こる。こうした骨性線維管が一度損傷されると瘢痕癒着となり、拘縮して管腔を狭くするので症状が現れる。
 症状
 腕関節背側の一部に怠い、腫れぼったい、痛みなどがあり、手掌を背屈すると局部に運動制限があったり、腕関節背部に大豆ぐらいの結節がある。
 診断
 @腕関節部に疲労歴や損傷歴がある。
 A腕関節背側に怠さ、腫れぼったさ、痛みなどがある。
 B腕関節背側の一部に、はっきりした圧痛点があったり、スジ状の腫脹があったり、硬結があったりする。
 C患者が腕関節を背屈したとき、腕関節に運動制限がある。
 D患者によっては、腕関節部の皮下にはっきりした腫脹がある。
 上の症状に基づいて、橈側から尺側に腕関節背側の伸筋腱を並べれば、どの腱鞘に病変があるのか判る。腱鞘の走行方向は筋腱の走行方向と一致しているので、それに基づいて刃の方向を決めて治療する。
 治療
 @腕関節掌側を下に向け、治療台に手を乗せる。手首の下には脈を診る枕を挟み、腕関節を掌屈させる。
 Aもっとも圧痛のはっきりしたところか腫れたところ、あるいは硬結部分に刺入する。刃は筋腱の走行と平行に刺入する。
 B鍼体が腕関節平面と垂直になるよう刺入し、骨面まで到達させる。
 Cまず縦行剥離したあとで、横行剥離する。硬結があれば切開剥離し、硬結があったら縦に切開する。
 注意事項
 @長橈側手根伸筋や短橈側手根伸筋の腱鞘炎の治療では、橈骨神経の枝を傷付けないよう注意する。尺側手根伸筋腱腱鞘炎の治療では、尺骨神経手背枝を傷付けないよう注意する。
 A切皮のとき鍼尖を筋腱に密着させる。そうしないと腱鞘炎を治療できない。
 症例
 尤××、男、22歳:沐城西関居委会在住。右側手首の背側が痛み出して1年あまり。腕関節の背部中央に大豆ぐらいの硬結が1つある。主訴:1年前に同級生と腕相撲し、手を組み合ったときに捻挫して、痛みは今でも続いている。右手で重いものを持てず、湿布薬を貼ったり鍼灸をしたが効果がなかった。1981年3月11日、骨科で診察し、総指伸筋腱の腱鞘炎と診断した。1回の小鍼刀治療で治癒した。1年後に再調査したが、手首の動きは正常で、少しも不快感がない。」

 次に手根管症候群の治療です。我が島根県の某病院では、明らかに手根管症候群症状なのに、なぜか肘の手術をします。当然治らないので、患者さんの信用を無くしています。
 私も最初は、手根管症候群という名前だけは学生時代に同級生から教えてもらいました。
 でも、そうした患者さんにあっても、何が原因なのか判らず、「判りません」と答えるしかなかったのです。そうした患者さんは、勧められるまま某病院で肘管の手術をし、結果は徒労に終わりました。しかし、そうした患者さんが何人も出るうちに、たまたま1992年に中国へ行ったおり、『小針刀療法』の本を買い求め、それを読んだ途端に、それはどういう病気だったか氷解しました。
 だいたい手の痛みというのは、頚や背中が原因ならば肩、肘が原因ならば肘から下、手首が原因ならば手首から下だけに症状が現れます。だから肘がおかしければ、前腕にも症状があって当然なのに、手根管症候群は手のひらが痛んだり、痺れたりします。特に夜間痛がひどく、重症だと物が持てなくなります。(図は科学出版社『中国針法微型外科学』103ページのものを引用)

 この病気も腱鞘炎のような物ですが、発病部位は腱鞘ではなく筋支帯、特に屈筋支帯に原因があります。これも手の使いすぎによる屈筋支帯のタコのようなものが原因ですが、タコと言えば漁師さん。というわけで農家の人もなりますが、漁師さんの多い病院が手根管症候群治療が得意なようです。
 我が松江市近辺ですと、米子の医大や皆生の病院などです。私も患者さんから色々聞きましたが、具体的にどこの病院で、どのお医者さんが良いらしいと公開できませんが、近辺の方ならば、これがどの病院を意味しているか判るはずです。
 この辺では、ヘルニア手術ならば厚生年×病院の××先生、顔面麻痺の星状神経節麻酔治療ならば島根×科大学の麻酔科とか、人気投票があるようです。

 横道にそれてしまいました。では手根管症候群とは、どんな病気かということですが、指を動かす筋肉は前腕、カイナと呼ばれる部分です。その前腕、つまり手首から肘までの間に主に付いています。そして手首からは腱という紐のような物で指を操作しています。 そこで前腕の筋肉が縮むと、手首を通っている紐がたぐり寄せられます。普通ならば手首が曲がると同時に、紐が引っ張られるので手首が盛り上がりそうですが、手首には腕時計のベルトのような筋支帯が締めていますので、手首が紐で持ち上がることはありません。 ところが、この筋支帯が問題なのです。力を入れて握るような運動をしょっちゅうしていますと、筋支帯の下で腱が往復します。そうすると手首ベルトである筋支帯は、紐で擦れて切れてはなりませんので、自衛手段として厚くなります。つまりタコのようなものです。
 厚くなれば丈夫になっていいじゃないかと思うでしょうが、この筋支帯の下には腱だけでなく血管や神経も下を通っていますので、血管が圧迫されれば手が白くなり、神経を圧迫されれば痺れたり痛みが出たりします。ただの押さえだった筋支帯が、神経や血管を圧迫する腕輪に変わったのです。図は人民体育出版社の運動解剖図譜126ページと133ページを引用。
 診断
 手のひらが痺れる病気は、他にもあるのではないでしょうか?なぜ手根管症候群と判るのでしょう。手の神経は肘から下で、橈骨神経と尺骨神経の2つに分かれます。個人差はありますが、ほぼ橈骨神経は親指と人差し指、それに中指へ走ります。そして尺骨神経は小指と薬指に走ります。手首では、すでに橈骨神経は中央より少し親指寄り、そして尺骨神経は小指側を走っているので、筋支帯が肥厚した場合は、親指,人差し指,薬指の3本、そして薬指と小指の2本というように、親指側と小指側に分かれて痛みや痺れが来ます。重症の場合は5本の指ぜんぶが痛んだりもしますが、一般的には分かれて痛みます。また腱鞘炎やばね指と同じように、指や手首を使う人に多いのです。
 小針刀による手根管症候群の鍼治療は、この筋支帯に垂直に刃を当てます。つまりマイナスドライバーの刃を腱と平行に刺すのです。そうして厚くなった筋支帯の縁に少し切れ目を入れて、筋支帯の圧迫を緩めてやるのです。すると神経や血管の圧迫が和らいで、神経は痛みを感じなくなり、血管は血が流れるようになります。ちなみに普通の鍼では破壊力が足りず、刃が付いてないので筋支帯を切れないため、手根管症候群を鍼で治療することは、どんなに太い鍼を使ったとしても形状からして不可能です。これは小針刀ならではの治療法です。次に『小針刀療法』の手根管症候群を引用します。173〜176ページ。

「 十七、手根管症候群
 概説
 手首の使い過ぎや損傷によって手根管が狭窄し、難治性の症状が現れたものである。手掌が痺れ、手首が痛み、出関節と手指の屈伸が制限される。以前は鍼灸、電気治療、漢方薬に浸すなどの治療法があったが、あまり効果がなかった。保存療法で効果がない場合、外科では横走手根靭帯の切開弛緩術をおこなったが、癒着したり腕関節に力が入らなくなったりした。
 小鍼刀療法には優れた治療効果がある。
 局部解剖
 手根管は手首の掌側面にあり、背面は手掌面手根溝により、手掌面は横走手根靭帯により構成された弾力性の少ない狭い管で、その中には正中神経、浅指屈筋、深指屈筋、長母指屈筋など、9本の筋腱が通っている。それぞれの筋腱は縦束線維束に取り巻かれ、血液供給と滑り機能を保障されている(55図)。
 病因と病理
 横走手根靭帯は厚くて硬く、幅約2.5cmで弾力性がない。損傷すると瘢痕拘縮し、手根管を狭くすると同時に縦束線維束にも瘢痕拘縮が起こるので、場合によっては横走手根靭帯と筋腱が癒着し、55図 手根管の手掌面 筋腱と神経を圧迫して引きつけ、局部の血行障害を起こして複数の筋肉や正中神経を引っ張り、運動制限させる。
 症状
 腕関節の掌側に怠い、腫れぼったい、痛み、こわばり、手掌の痺れなどがある。腕関節と手指の屈伸が制限される。
 診断
 @手首の損傷歴や疲労歴がある。
 A手首の掌側で少し尺側によったところに圧痛があり、腕関節がこわばっている。
 B腕関節を背屈すると局部が痛み、手掌の痺れがひどくなる。
 治療
 @手掌面を上にして、手首を治療台に乗せ、腕関節部の下に脈を診る枕を置いて腕関節を背屈させる。
 A患者に力を込めて拳を握らせ、掌側に手首を屈すると、腕関節部掌側に3本の筋が浮き出る。真ん中は長掌筋腱、橈側のは橈側手根屈筋腱、尺側のは尺側手根屈筋腱である。
 B定点:遠位腕関節横紋にある尺側手根屈筋腱内側縁を1つの刺入点とし、尺側手根屈筋の内側縁に沿って遠端に2.5cmほど移動したところを次の刺入点する。遠位腕関節横紋の橈側手根屈筋腱内側縁を1つの刺入点とし、さらに橈側手根屈筋腱を遠端に2.5cmほど移動させたところに、次の刺入点を取る(56図)。
 Cこの4点から、それぞれ刺入する。刃は常に筋腱と平行にして、鍼体と腕関節平面が垂直となるように5mmほど刺入し、両側の筋腱内側縁に沿わせて横走手根靭帯を、それぞれ2〜3mm切開する。それと同時に、刃を手根屈筋腱内側縁に沿わせて平行にし、中央に向けて数回そっと推す。その目的は手根屈筋腱と横走手根靭帯の癒着を剥がすためである。
D操作が終わったら鍼孔にガーゼを被せ、患者の手を持って腕関節を3〜5回屈伸させる。
 注意事項
 @必ず尺側と橈側の2つの筋腱の内側縁から刺入しなければならない。だから2つの筋腱の56図 手根管症候群の刺入図 外側縁は、尺骨動脈と橈骨動脈、そして神経の走行部位となる。筋腱の内側縁に、ぴったり密着させる。中央に向けると正中神経に当る。
 A横走手根靭帯を切断するときは、常に患者に鍼感を尋ねる。もし痺れや触電感があったら、すぐには先を移動させる。
 症例
 薛××、女、48歳:清江化工工場の機械組立て工。手根管症候群となってから5年。いろいろ尋ね歩いたが、効果がなかった。上海の某医院で手術を勧められたが、カタワになるのが恐くて治療しなかった。1979年11月17日に骨科にきた。1回ほど小鍼刀治療をして、三七錠を5日間飲んでから再診に来た。再診に来たとき、患者は手首に軽い腫れぼったさがあるだけで、他の症状は全部なくなったという。帰ってから温めた酢に患部を5回ほど浸すように申し付ける。1年2カ月後に再調査すると、10日後には症状が総べて消え、現在に至ってもいかなる不快感もない。」

 これは恐らく古代九鍼の鍼が変化したものであろう。小針刀が発明される1〜2年前に小寛針というのがあった。山東省の黄氏が古代の九鍼を応用して作ったという物で、当時は山東省でしか売っていないようで、ステンレス鋼を研ぐ製作方法まで書いてあった。(右図は黄枢著『中国針法微型外科学』15ページの図。左2つが小寛針、右が小針刀)
 小寛針療法は、小寛針を刺入して抜針したあと吸玉をかけるという治療法だった。その1〜2年後に、朱漢章が注射針を使って結合組織を切って治療したことから小針刀を発明し、小針刀が小寛針に取って変わった。小寛針は鍼体が菱形なので回すことができないが、小針刀は円形なので刃を回して垂直にしたり平行にしたりできる。その後、握りが身体を曲げて三角形にしただけの小刀針も誕生したが、小針刀の亜流として消えたのかもしれない。しかし整骨医だった朱漢章の思想と小針刀は、十年後には鍼灸師に受け継がれて進化した。まず小針刀の鍼柄は、小寛針に似て1cmぐらいの大きさしかなかったが、現在の鍼は5cmぐらいあり、小さな握りで操作しにくかったのが、大きな握りで力が入りやすくなった。また鍼尖もマイナスドライバーのような刃だったものが、刺又のように中央が凹んだ刃に変わり、中央に捉えたら逃がしにくくなった。何よりも小針刀は、恐らくオールステンレスだろうが、現在はプラスチック柄の使い捨て鍼も出た。左図は『中国針法微型外科学』3ページから引用した微針(套管針)
 私は、朱漢章が注射針から小針刀を思いついたのと違い、小寛針の本を読んだときに、当時は太くて長い毫鍼を持っていたので、尖端をペンチで切り取って、研いでマイナスドライバーのような刃を付けたらどうだろうなと考えた。まあ実際にはやらなかったのだが。 この本を読んだときに、目を見開かれた思いだったが、残念ながら出版社は相手にしてくれなかった。鍼の本ではないからだ。しかし中国の痛みの鍼治療系は、ますます小針刀に傾き、整骨医の発明した小針刀を、鍼→小寛針→小針刀→現在の微鍼と発展してきたと位置づけ、痛みの治療に改良してきたが、それは鍼とメスの間の子として、小さな損傷で癒着を切り離したり、骨棘を粉砕したりするようになった。だが、それが正式に始まったのは、刃を付けた鍼を発明したもののキチンとした理論にしなかった小寛針ではなく、癒着を剥がして筋肉や神経を自由にしたり、骨増殖や骨棘のできる理由を説明した小針刀からだろう。左図は小針刀から進化した様々な微針(『中国針法微型外科学』3ページから引用)
 今回は朱漢章の『小針刀療法』に記載されている疾患の中で、一般の毫鍼を使っても治すことができない疾患だけピックアップして解説しました。他にも踵骨の骨棘など、治らないかなとも思います。細い鍼先に刃を付けた、メスとも違い、鍼とも違う損傷の少ない切除鍼を紹介しました。これからも身体の損傷が少なく、輸血も輸液も必要ない小針刀改良型が開発され、たいした手術もしないで病気が治るようになると思います。ますます鍼と手術の差が、なくなってゆくことでしょう。古代中国にあった中空の鍼が、注射針に変化したように。注射針の原型となった古代中国の中空鍼は、最初は膿や血、液を抜く道具だったようです。                                                                                                             北京堂鍼灸ホーム