鍼灸情報 Accupuncture Information 2001年5月11日更新
[米国立衛生研究所、補完・代替医療センター(NCCAM)によるAccupuncture Information and ResourcesよりAccupuncture Informationの部分を翻訳]
鍼灸
鍼灸は、世界最古の非常に多用されてきた治療法の一つです。2000年以上前の中国に起源を発しますが、1971年にニューヨークタイムズの記者ジェームス-レストンが北京の医師に術後の腹部痛を鍼で鎮痛してもらった実体験を書いたことで、米国で広く知られるようになりました。鍼灸が様々な健康状態の治療に効果があることは、研究によって明らかなっています。
米国では、過去20年の間に鍼灸人気が高まってきています。米国食品医薬品局(FDA)は、1993年に年間900〜1200万人の米国人が開業鍼灸師のもとを訪れ、鍼灸治療に5億ドルも費やしたと推定しています[1]。1995年に概算で10,000人の国家資格を持った鍼灸師が米国内で施術していましたが、2000年までに、その数は2倍になると推測されています。また現在、資格のある鍼灸師の3分の1は医師であるとも推測されています[2]。
米国立衛生研究所(NIH)は鍼灸に関する様々な研究プロジェクトに資金提供してきました。それらのプロジェクトはNIHの下部組織である米国立補完・代替医療センター(NCCAM)、米国立アルコール乱用・アルコール依存症研究所(NIAAA)、米国立歯科衛生研究所(NIDR)、米国立神経疾患・脳卒中研究所(NINDS)、および国立薬物乱用研究所(NIDA)の研究奨励金を受けています。
鍼灸理論
伝統中国医学の理論によると、人体は12本の正経と8本の奇経からなる経絡で結ばれていて、2,000以上の穴位があるとされています。中国医学の医師たちは、これらの経絡が体表と内部臓器との間にエネルギー(気)を伝えると考えています。
気は精神、感情、心理、および身体のバランスを調整し、相反する力である陰と陽の影響を受けます。伝統中国医学によると、陰陽の調和がとれたとき、それが気の自然の流れに作用して、身体を健康にし、健康状態を維持するよう働くとされています。鍼灸は陰陽のバランスを調整し、エネルギーの正常な流れが滞らないよう維持して、身体と精神の健康を回復させると考えられています。
伝統的な中国医学(鍼灸、漢方薬、食事療法、按摩、および瞑想的な体操など)はすべて、気の流れを改善することを目的としています[3]。
西洋の科学者たちは、経絡が神経や血液循環と直接対応しないため、経絡の実体は認識しがたいと考えています。一部の研究者は、経絡が身体の結合組織中に存在すると考えており[4]、気など全く存在しないと思っている人達もいます[5、6]。こうした意見の違いのために、鍼灸は科学的議論の的となっています。
前臨床試験
前臨床試験により、鍼灸の有効性は立証されましたが、西洋医学の枠組みの中で鍼灸の作用機序を完全に説明することはできませんでした[7、8、9、10、11、12]。
作用機序
主に痛みに対する鍼灸の作用を説明しようと、今まで幾つかのプロセスが提案されてきました。経穴は中枢神経系(脳と脊髄)を刺激して、筋肉、脊髄、および脳に化学物質を放出させると考えられています。これらの化学物質は痛みの体験を変化させるか、または身体の自己調節系に影響を与えるホルモンなどの他の化学物質を放出させます。
1.電気信号の伝導:西洋の科学者たちは、経穴が電気信号の良導部位である証拠を見いだしました。鍼灸を用いてこれらの経路に沿って経穴を刺激すると、電気信号が通常条件に比べてより大きな率で中継されます。これらの信号は鎮痛作用のあるエンドルフィンなどの生体内化学物質の放出を開始させ、傷ついていたり疾病に対して無防備になっている身体の特定部位に向けて免疫系細胞を放出させると考えられます[14、15]。
2.オピオイドシステムの活性化:鍼灸治療中に幾つかのタイプのオピオイド(麻薬類似物質)が中枢神経系へと放出され、それによって痛みが軽減されることが研究によって明らかになっています[16]。
3.脳内の化学反応、感覚、不随意身体機能の変化:幾つかの試験から、鍼灸が神経伝達物質や神経ホルモンの放出を好ましい方向へ変えて、脳内の化学反応を変化させることが示されています。
また鍼灸は、感覚や不随意身体機能に関連した中枢神経系の一部、たとえば免疫反応、血圧や血流および体温を調整している過程に影響を与えることも実証されています[3、17、18]。
臨床試験
1997年11月に国立衛生研究所の合意形成パネルに召集された科学者や研究者、臨床家によると、外科麻酔や癌化学療法による吐き気、さらに歯科手術後の歯痛に対する鍼灸の効果が臨床試験によって示されています。またパネルは、鍼灸単独あるいは鍼灸と従来の治療法の併用が薬物中毒、および頭痛、月経痙攣、テニス肘、線維性筋痛、筋筋膜性疼痛、変形性関節炎、腰痛、手根管症候群、喘息の治療に有用であり、脳卒中後のリハビリテーションの助けにもなると認めています[19]。
鍼灸は次第に従来治療の補完的役割を果たしつつあります。例えば、医師は患者の手術に関連した疼痛をコントロールするのに鍼灸と薬剤を併用しています[20]。鍼灸と従来の麻酔薬の両方を与えると、完全な疼痛寛解状態を一部の患者にもたらすことが可能なことに医師たちは気がついています[16]。また、鍼灸の使用は従来の鎮痛薬の必要量を減らし、薬剤を服用する患者の副作用の危険を低減させることも明らかになっています[21、22]。
米国国外では、国連の保健衛生部門である世界保健機構(WHO)が鍼灸治療が使える40以上の病態リストを作製しています[23]。以下の表はこれらの病態を示しています。
消化系 腹痛 便秘 下痢 胃酸過多 消化不良 |
情動系 不安 抑うつ 不眠症 神経質 神経症 |
眼科・耳鼻咽喉科 白内障 歯肉炎 視力低下 耳鳴り 歯痛 |
婦人科 不妊症 更年期症状 月経前症候群 |
その他 中毒のコントロール スポーツの成績向上 血圧調整 慢性疲労 免疫系の強化 ストレス軽減 |
筋骨格系 関節炎 背部痛 筋痙攣 筋痛/筋脱力 頸部痛 坐骨神経痛 |
神経系 頭痛 偏頭痛 神経因性膀胱機能障害 パーキンソン病 術後痛 卒中 |
呼吸器系 喘息 気管支炎 感冒 副鼻腔炎 禁煙 扁桃炎 |
出典:世界保健機構、国連。“鍼灸についての視点”1979年(改訂版)。[23]
現在、米国人が鍼灸治療を求める主な原因の一つは慢性痛の緩和であり、それは特に関節炎、腰痛などの病態による疼痛緩和を指しています[24、25]。幾つかの臨床試験から、鍼灸が慢性痛(長期間継続する)および急性または突然の痛みに有効であることが示されていますが、鍼灸は慢性痛を全く軽減しないと示唆する他の研究もあります[27]。最終的な解答を出すにはさらに研究が必要でしょう。
食品医薬品局(FDA)の役割
食品医薬品局は、有資格鍼灸師が使用するための鍼灸鍼を1996年に承認しました。食品医薬品局は、鍼灸鍼製造者にディスポーザブルの表示を要求しています[28]。毎年何百万人も治療を受け、それに使用される鍼灸鍼の数を考えれば、今まで食品医薬品局に報告された鍼灸利用による合併症の数は比較的少ないといえます。とはいえ、鍼の不適切な消毒や治療時の誤った施術方法が原因となって合併症が生じています。正しい方法で施術しなければ、鍼灸によって感染や臓器の刺創など重篤な有害作用が起こるおそれがあります[1]。
補完・代替医療センター(NCCAM)の資金提供による臨床試験
当初、1992年に代替医療局(OAM)として設立された補完・代替医療センターは、従来とは異なる医療の研究評価を促進し、この情報を一般に広めることを目的としています。補完・代替医療センターは1998年に設立され、特定の健康状態や疾患に対する補完・代替医療の試験を実施するための9つのセンターを支援しています。このうち幾つかのセンターでは鍼灸治療の研究を行っています。
バルチモアのメリーランド大学にある補完・代替医療センターの研究者たちは無作為化対照臨床試験を実施し、歯科手術後に鍼灸治療を受けた患者の疼痛の程度は、プラセボ治療を受けた患者に比べて少ないことが判明しました[20]。このセンターの他の研究者たちは、変形性関節症の高齢者では、従来薬の単独使用後に比べて、従来薬と鍼灸の併用後に有意に大きな疼痛緩和が得られたことを認めています[29]。
ミネソタ州のミネアポリス医学研究基金では、アルコール中毒やベンゾジアゼピン、ニコチン、およびコカイン中毒の治療に対する鍼灸の利用が研究されています。ニュージャージー州のKesslerリハビリテーション研究所では、脳卒中に関連した嚥下障害と脊髄損傷に伴う疼痛の鍼灸による治療が研究されています。
また現在、国立補完・代替医療センター(NCCAM)となっている米代替医療局(OAM)は、1993年と1994年に数名の個人研究者にも資金提供を行い、鍼灸に関する予備試験を実施しました。ある小規模な無作為化対照臨床試験では、鍼灸治療を受けた大うつ病の症状を持つ女性11人のうち半分以上に有意な改善が見られました[30]。
別の対照臨床試験では、鍼灸治療を受けた注意欠陥多動障害(ADHD)の小児7名のうちほぼ半数に症状の改善が見られました。研究から、この病態の小児では標準薬物治療の代替として鍼灸が有用であるという結論が出ています[31]。
三番目の小規模な対照試験では、骨盤位分娩の率を低減させる目的で妊婦8名に灸治療を行いました。骨盤位とは、胎児が頭が下の正常位でなく、足が下の胎位にある状態を言います。研究でこの治療法が安全であることは判明しましたが、効果があるかどうか確証が得られませんでした[32]。その後、灸を使用した大規模な対照臨床試験の実施報告が、米国医師会雑誌(JAMA)1998年11月11日号に発表されました。骨盤位が明らかな妊婦130名に灸治療を施した結果、足が下の正常分娩の数は有意に増加しました[33]。
鍼灸の利用
鍼灸の利用については、他の多くの補完療法や代替療法と同じように、かなりの数の逸話的証拠が存在します。こうした証拠の多くは自分の治療成功体験を語る人達がもとになっています。ある治療が安全そうで、その治療法を使った後に疾病や病的状態から回復したことを病人が告げれば、他の人たちもその治療法を使ってみようと決心するかもしれません。しかし、科学的研究からはそうした逸話的報告が証明されない可能性もあります。
ライフスタイル、年齢、生理、および他の因子は、結びついて各個人を異なったものにしています。一人に効く治療法は全く同じ症状を持つ別の人には効かないかもしれません。あなたは医療消費者(あなたに病気があれば特にこれがあてはまります)として、鍼灸についてかかりつけの医師と話し合うべきです。充実した従来医学のトレーニングを受けていない鍼灸師の疾病診断に頼ってはいけません。医師の診断を受けた後、従来医学の効果がないかあまり効果が見られないとき、かかりつけの医師に鍼灸が助けになるか質問したいというのはよいでしょう。
資格のある開業鍼灸師を見つける
医師は鍼灸師紹介のよい情報源です。医師の鍼灸に関する知識は増えつつあり、資格のある開業鍼灸師をよく知っているかもしれません。そのうえ、神経科医、麻酔医、物理療法の専門家などの医師で、鍼灸や伝統中国医学、他の代替・補完療法の訓練を受ける人は現在増えつつあります。友人や家族も紹介者となるかもしれません。
治療法のチェック
治療法に注意を払い、用いられる治療法とその成功の見込み率について知りましょう。また、施術者が毎回パッケージを開封して新品の使い捨て鍼を使っているか確認する必要もあります。米国食品医薬品局(FDA)は、有資格鍼灸師に使用を限定した国のラベルのついた無菌、無毒な鍼の使用を規定しています。また、鍼灸師は鍼の刺入前に施術部位をアルコールまたは他の消毒薬で拭かなければなりません。
一部の鍼灸師は電気鍼を使用することがあり、灸を使う人もあります。こうした手法は伝統中国医学の一部であり、西洋医学の研究者たちはそれらによって鍼灸の効果が高まるかどうか研究を開始し始めています。
初診のとき、鍼灸師は詳細にあなたの健康状態やライフスタイル、行為について質問するかもしれません。鍼灸師は治療の必要性と病状の一因になっている行為について完全に把握しようとしているのです。この全体論的手法は中国伝統医学に特徴的なもので、他の多くの代替・補完療法の特徴でもあります。
鍼灸師または医師に自分が受けているすべての治療または薬物治療について教え、ペースメーカーをつけていることや妊娠していること、胸やその他の部位にインプラントを入れていることを知らせて下さい。これらの事項を知らせなかった場合、鍼灸によってあなたの健康に危害が及ぶおそれがあります。
鍼の感覚
鍼灸鍼は金属製で、西洋医学で薬剤投与や採血に使われる太くて中空の皮下注射針と異なり、中が密で髪のように細くなっています。人によって鍼灸治療の感じ方は異なりますが、たいていの人は鍼の刺入時に最低限の痛みしか感じません。治療によって気力が充実する人もあれば、リラックスする人もあります[34]。また、鍼が怖くて鍼灸治療を怖がる人もあります。不適切な置鍼、あるいは患者が動くこと、鍼の欠陥によって、治療中に苦痛や痛みが起きるおそれがあり[35]、これが資格のある開業鍼灸師から治療を受けることが重要な理由です。
鍼灸研究の重要な進展が世界中で達成されていくにつれて、開業鍼灸師と医師は患者に最善の治療を提供するため、次第に協力し合うようになってきています。
原文および参考文献:米国立衛生研究所、補完・代替医療センター(NCCAM)Accupuncture Information and Resources
用語集
※線維性筋痛
筋肉痛、脱力感、硬直、疲労、代謝異常、アレルギー、頭痛などの複数の症状が見られる複雑な慢性状態。
※全体論(整体概念)
治療を受ける身体の特定部位だけでなく、精神面、心理面を含めた「人全体」についての事実に基づく治療のことを指します。全体論に基づく鍼灸師は、患者の治療のために食事や身体活動、他のライフスタイルの要素を変えてみることを勧めることがあります。
*訳注
少し情報が古いですが、米国立衛生研究所補完・代替医療センターの一般向け鍼灸情報の日本語訳です。日本人なら当然知っているような知識も書いてありますが、鍼灸をはじめとして代替医療が盛んになりつつあるアメリカの状況を伺い知ることができます。
本文中に開業鍼灸師の紹介先として医師が挙げられていますが、当治療所でも歯医者さんとか生協病院から紹介されることはあるとはいえ、やはり友人、家族、知り合いの紹介がほとんどです。医学界での鍼灸の評価が日本に比べてはるかに高い米国の話が、日本国内の状況にすべてあてはまるわけでもないようです。また、米国の鍼灸は中国鍼灸、日本鍼灸、ヨーロッパに伝わった鍼灸のミックスなので日本鍼灸と異なっている可能性もあります。医師の診断を受けた後に、鍼灸治療を、という点は当然ともいえる話で、日本でも鍼灸師に診断権はありません。よい鍼灸師は何回か施術して改善が見られなければ、病院での検査を勧めるでしょう。
(翻訳:淺野淳子)
北京堂針灸ホーム