脳卒中に対する質問
 1.序
 私は思うところあって転職し、32歳にして整骨院見習、本年度より東洋鍼灸専門学校に入学が決まった学生予備軍です。先生のホームページには、ここ5年ほど練習している『峨眉十二庄』という気功の祖師周潜川医師の足跡をたどっているうちに、孟昭威教授が後継者の1人であるとの記述に出会いその著述を調べるなかで、たどり着きました。
 さて、今回お便りを差し上げたのは、往診マッサージに時々お邪魔する家のおばあさんの話に真実味があるのかどうか、とにかく伺ってもらおうと思ったからです。
 このおばあさんは、満州国が建国され、関東軍が進駐していた頃、旦那さんが気象庁長官として内地から派遣されたときに従っていきました。そこで暮らしていたホテルの年取ったボーイさんから「脳梗塞を治す針の打ち方」を教わったとのことです。そうです、教えた側も正式な老中医でないし、教わった側も素人ですので、眉唾話として一笑に付せば良いのかもしれません。
 でも、当人はそれで動かなくなっていた人が元のように動き出したのを見たというし、当時としても教養の高い方で、今でも中国のいいかげんな部分と、尊敬すべき部分とをしっかりと見極められておられる方です(もちろんボケてもいません)。以下、お暇なときに読んでいただければ幸いです。
 2. エピソード
 満州国での日々の暮らしについては省略。
 あるとき、ホテルの年取ったボーイさんが倒れて動けなくなった。このおばあさんHさんがかけつけたとき、口がやっと利けるだけの状態だった。Hさんに、「息子を呼んでくれ」という。息子が来ると、「私は、脳卒中で動けなくなった。わたしは、こんな状態から回復する針の打ち方を知っている。しかし、動けない自分では、打てない。おまえに教えるから、やってくれ。」といってやり方を話して聞かせた。しかし、息子は恐がってやらない。どんどん時間が過ぎていく。「これは、早いうちにやらなければ効果がない、早くしろ!」と急かすが息子は尻込みする。
 そこで、Hさんに、「こうなったらあなたに教えるしかない。あなたがやってください。お願いです。」とやり方を教えた。Hさんが思い切ってやると、老ボーイは徐々に動けるようになり30分後ぐらいには、また元のように動けるようになり、あとにはもとどおり生活ができた。
 3. 補足
 この老ボーイは、ジャンさんといい、むかしは中国の南のほうで大きな商家を営む旦那であった。つまり、もともとも中医師であったわけではないが、健康に関する知識をいろいろな形で収集していたようです。しかし、戦乱の中で、難を逃れて遠い北の満州でHさんの居住するホテルの老ボーイとして働いていたようです。
 だから、Hさんいわく「いわゆるシナ針とはまったく違うから、特殊な家伝のものだったのじゃないかしら。中国はインチキがすごく多いけど、ときたま何気ないところに本物があるから馬鹿にしちゃだめよ。」とのことです。その後内地に帰ってきてずーっと忘れていたが、往診に来る私と色々話をしているうちに、ふと思い出し「この人に話そう」と思ったのだそうです。私自身、身内に脳梗塞の患者がいて、その後遺症害の回復に対する鍼灸の可能性を信じたことが志望の原動力の一つであっただけに、この話を聞かされたとき、はっと胸に来るものがありました。
 Hさんには「特別なものだから、誰にも教えちゃだめよ」といわれ、真偽はともかく胸にしまっていたのですが、先生なら「それは、どこどこに伝わる○○という民間療法の亜流でしょう」とか、「××という針の打ち方の特化したものですね」とか「鍼灸としてはとりたてて見るべき技法ではないですね。捨て置きなさい」とか、広い中国医学の知識からアドバイスを頂けるかと思いましたので(場合によっては、「それは覚えておいて損はない技法ですが、△△という点が不明瞭ですね。Hさんの生きているうちに明確に聞いておきなさい」ということも考えられますので)。
 4.技法
 高血圧による脳卒中症状が対象
 脳卒中症状による麻痺が出てから一時間以内(遅くとも2〜3時間)
 上肢静脈に以下の形で針を3回ほどちょいちょいちょいと刺す(刺して1分ほどそのままにしておく)
 針は、先端6ミリほどを出した形で、だいぶ前のほうをつまむように持つ。
 血管は突き抜けてはいけない(血管を輪切りにしたときの上辺のみ刺された状態で、下辺まで突き抜けない。上辺も突き抜こうとすると、大抵下辺まで突いて傷つけるので、当に”ちょいちょいちょい”でいいそうです)。
 健常者にやらない。やると血がでてくる。脳卒中者の場合、上記の刺し方なら血が出ない。
 針形状は、Hさんは縫い針で説明してくれたが、そういう形状の針だったのかは聞いてません。
 5.結
 ふとした勢いで、このような文章でお目よごししてすみません。ただ、先生の日中両国にわたる鍼灸知識の豊富さ、また脳梗塞後遺症の鍼灸治療の話しを読み進むうち惹きこまれてしまった事(すみませんホームページの感想がこんな具合で)、また、周潜川医師→孟昭威教授とたどっているうちにふとたどり着いたご縁を感じたこともあり、「この先生に話そう」と愚考してしまった次第です。
 それにそもそも、上述のような場合は法的には救急医療が優先される場面とも思え、仮に将来鍼灸資格を取ったとしてもなかなか使える場面ではなく、有効な技法だとしても私が実地で経験をつむことはないでしょう。ですからせめて、中国の民間伝承針の逸話として、それが無理でも先生の一服の茶飲み話として、記憶に残る価値があることを祈るばかりです。

 それに対する答(脳卒中急性期に家庭でできる治療法)
 孟昭威ですか。私の翻訳した『経絡学』に「経絡現象と現代研究」と題して、第三平衡学説を唱えている人ですね。『刺血療法』にも序文を書いています。気功畑の人だったのですか。北京堂も中国サイトにリンクされているとは知りませんでした。アングラで、鍼灸学生のためにウンチクするページと思っていたのですが。
 この先生の第三平衡学説は、私が支持する日本の「経絡筋肉学説」と真っ向から対立していますね。でも中国では「第三平衡学説」は、画期的な学説として幅広く支持されています。日本人の私としては、日本の「経絡筋肉学説」を支持したいですね。
さて、お話ですが、老ボーイは、何も特殊なことをしているわけではないと考えられます。中国では健康マニアがいて、かなり鍼灸などの知識を持っていることがあります。
 これは一般の鍼を使ったのではなく、縫針を使って治療したものと考えられます。
 一般に脳梗塞の鍼治療は、急性期と後遺症期に分けられますが、急性期の鍼治療は醒脳開竅と呼ばれます。これは脳卒中になった直後に刺鍼しなければならないので、我々のような鍼灸師が係わることは滅多にないと思われるのですが、偶然に居合わせた場合に縫針などで治療する方法です。素人にでもできるので、覚えておいて損はないでしょう。
 これは脳出血が起きているとき、上肢の指先(主に十宣穴)を手近にある針で刺し、脳溢血を軽く収める方法です。恐らく爪楊枝でも効果があると思われます。

 この方法は、残念ながら「特別なもので、誰にも教えられない」ものではなく、中国医学で脳血管障害を学んだ人なら、誰でも知っていることです。
 うちにも前に脳出血で来た人があり、その人が、なぜ鍼治療を受けに来たかというと、「韓国で脳溢血になり、そこの鍼灸師が刺鍼したところ、かなり症状が改善された」というのです。どこにやったか尋ねたところ、やはり十宣穴を瀉血したのでした。我々のような日本の鍼灸師が、なぜこうした方法を使わないのかですが、こうした現場に立ち会うことは滅多になく、われわれの所へ来るのは後遺症期の患者さんで、言語障害や手足の不随を治療することが主な目的だからです。
 これは満州国の話ですから中国東北部です。その辺りは脳卒中が多く、ハルピンなどでは脳溢血や脳梗塞など、心臓とか動脈に障害を持っている人が多いのです。私が氷灯を見に行ったときなどは、夜が-40、昼が-20度でした。しかし部屋の中は、お湯が循環していて暖かです。そんな場所なので、脳卒中について中国では最も進んでいますが、その代表が高維濱などです。人は、暖かい部屋から冷たい外へ出ると、広がっていた体表の血管が急速に縮み、血が流れなくなります。すると体内の動脈に、体表の血まで集中して流れますから、血圧が高くなって血管が破れるのです。ハルピンの室内は10度以上ですから。
 こうして脳の血管が破れますと、脳には血が来なくなりますから、脳は血圧を上げて血を来させようとします。それで出血がひどくなるのです。
 手は、脳表面で占める面積が、かなり大きいのです。それが治療と関係するのかもしれません。手のひらは、痴漢などで手のひらで触るとアウトと言われるぐらい知覚の発達した部分です。だから脳で占める面積も大きいのです。そこで指先を鍼でチクチクします。こりゃ痛いわなぁ〜。思わず手を引っ込めてしまいますので、手首を握って刺します。自分では痛くてできません。
 すると頭の血管は、あまりの痛さに収縮し、出血量が少なくて済むため病巣部が小さくて治まり、破れ目も塞がって軽症で済むというわけです。この場合は、早ければ早いほど効果があります。しかし血栓で血管が塞がったときは、効果がないと考えられます。その場合は頭鍼で血管を広げたほうがよいでしょうが、縫針というわけにもゆかないので、やはり病院へ救急車で運んだほうがよいでしょう。

 というわけで、鍼灸師としては、偶然にして、そうした場面に居合わせることはないと思うので、覚えておいても意味がないかもしれませんが、東北やら北海道のような脳溢血が起きやすい地方では、一般の人が手近な縫針で治療するのに優れた方法とは思います。鍼灸の方法なのですが、民間療法としたほうがよいでしょう。年寄りや高血圧患者を抱えた家族は、知っておくと便利です。

 私も少し、しょうもない話をします。この方法は、指先に知覚神経が集中しているために、そこへ刺鍼すると血管が収縮して血流量が減り、出血が軽くなるので後遺症も軽症になり、あとで頭鍼ぐらいの治療により完治して正常人のようになると申しました。しかし昔は、そのように考えてはいなかったのです。

 昔は、脳卒中が判らなかったので失神だと思っていました。失神は気絶と呼びますが、本当に臓器の気が絶えたのではなく、経絡の気が絶えたものなのです。気血の流れがおかしくなり、気血の絶えるところが血管にできたために意識がなくなると考えたのです。それを治療するためには、気を循環させてやらなければなりませんが、陰陽の気を繋ぐために十宣などへ刺鍼したのでした。陰陽の気とは、陰経脈と陽経脈を流れる気血なのです。陰経と陽経は、指先や足先で繋がっていますので、そこへ刺鍼して陰陽経脈の気血を連絡させれば治ると考えたのです。ほかにも人中や鼻先、会陰などで陰陽が接しています。これは陰の任脈と、陽の督脈が交わる場所ということで使います。いずれにしてもビックリして跳び上がりそうな場所ですが、こうした陰陽経脈の交わる部位へ刺鍼して、陰陽の気を繋がらせるのです。恐らく、これは後に考えた理屈付けでしょう。
 刺鍼する部位は、指先の爪先端の下です。ううっ、痛そう!
 こうして出血を止めた後は、臍に塩を詰めて施灸します。ううっ、熱そう!

 理屈としては脳卒中に、会陰とか足先に刺鍼してもよいようなのですが、実際には使いません。理由を考えると、会陰ではズボンやパンツを脱がす必要があり、足先では靴を脱がすので面倒臭いし時間がかかるためと思われます。また足や会陰では、脳に占める面積も少ないので、やはり効果が悪いと思われます。鼻先や人中は、よく使われますが、やはり顔は脳に占める面積が大きいため効果があるのでしょう。

 というわけで、縫針で誰でもできる簡単な脳卒中治療法として、日本でも民間に普及させるべき方法と思います。それで半身不随患者がいなくなれば、日本の保健税も安くできることでしょう。指先に2〜3mmしか刺さないので、針が折れる心配もありません。緊急なら針先をライターで焙るだけで消毒になります。

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