近頃では、五十肩で腕が挙がらなくなったり、腕が後ろに回らなくなって服を着るのに不便となる人が多くなりました。20代で、肩の挙がらなくなった女性もありました。
 五十肩が非常に増えた原因は、主にパソコンの普及です。
肩凝りは、実は後頚部の凝りが原因で起きているのです。ですから鍼治療だけをしても一向に治りません。これを完治させるには、どうしても日常生活を改める必要があって、それだけで肩凝りが楽になり、鍼治療の効果も現れるからです。日常生活を改めなければ肩凝りを治すこともできません。

 まず、どうして後頚部が凝ると、肩が凝るかですが、肩へ行く神経は、すべて頚から出ていますが、感覚は神経が脳に伝えているのです。だから頚で神経が圧迫されると、肩が圧迫されているような感じが起きるのです。
 少し長くなりますが、犬や猫には肩凝りがあるのか? という問題について話します。
 人類の誕生については、ネズミのような動物が木に登るようになり、手足が発達して猿になったと考えられています。そして気候が乾燥し、草原地帯になったため、遠方の動物から身を守るため、猿が直立して高い位置から遠くを眺めるようになり、そのために手が自由になって人間になったと考えられています。
人の頭蓋骨は、他の動物の頭蓋骨と明らかに違うのです。その違いは、人では頭蓋骨と背骨を繋ぐ大後頭孔が、頭蓋骨底部の中央にあります。ところが猿を含めて動物は、その穴が中央でなく後ろにあります。
 つまり犬猫のような動物はクワやカマのように頭が付いていますが、人ではコマの如く頭の中心に頚が付いています。
 この構造が意味するのは、動物では水平方向に頭を下げているのが無理のない姿勢で、立ち上がることは無理な体勢なのです。ところが人間は、垂直に頭を立てているのが無理のない体勢で、水平方向に頭を倒すのは無理な姿勢だということです。

 犬は頭も小さくてクワのような頭で、人でいえば目が頭の両側、ちょうど耳の上に付いています。犬にとっていえば、人間は頭のてっぺんに目が付いているのです。見慣れていなければオバケですね。

 人は垂直に適合した動物なので、頚も垂直にしていれば、頭の重量が垂直方向に頚の骨に加わります。もし犬が人間並みの頭を持っていたとするなら、重みで頚がやられ、肩凝り犬になるに違いありません。
 こうした動物なみ外れた重い頭を水平方向に向ければ、手に水を入った重いバケツを持って腕を水平に伸ばしているのと同じで、非常な負担がかかります。犬は頭が軽いので耐えられるのです。
 つまり頭を前に傾ければ、頚の後ろ側にある筋肉が収縮し、後頚部を引っ張って頭が落ちないように支えなければなりません。少しの時間ならよいのですが、これが一時間、二時間と同じ姿勢を保ち続ければ、後頚部の筋肉は収縮しっぱなしになり、その筋肉を栄養している血管は筋肉によって圧迫され、血流が悪くなって硬くなってしまいます。
 頚の筋肉が硬くなれば、神経は脊柱から出ていますので、肩へ行く神経が圧迫されて肩凝りを感じるのです。これが肩こりの起こるメカニズムです。

 これを治すには、後頚部の筋肉の緊張を緩めなければなりません。それには頚の筋肉を凝らす前傾姿勢を止めなければなりません。
 鍼は筋肉を緩めることができますが、筋肉を緩めたところで、すぐに前傾姿勢を続ければ、せっかく緩めた筋肉も収縮し、血流が回復して発痛物質が筋肉から運び去られる前に血管が圧迫されてしまいます。これでは鍼した効果も全くありません。
 肩凝りを治療するのは鍼ではなく、こうした後頚部の筋緊張をさせないことが第一の治療になります。それをしないと肩凝りが一向に治らず、頚周りの筋肉収縮が強くなって頚椎を縦方向に引っ張り、頚椎ヘルニアになって神経を圧迫したり、その圧力に耐えられるよう頚椎が肥大して脊髄を圧迫するなど、重大な病気に発展してしまいます。

 わが北京堂の患者で、もっとも頚椎症を起こす原因となっているのは、何と言ってもパソコンでした。特にノート型パソコンは画面が下にあるため、どうしても頚を下向きにせねばならず、五十肩になっている人が非常に多かったのです。ノート型にする理由は、場所を取らないからというものでしたが、やはりノート型は一時的に使うためのもので、何時間も使うものではありません。
 パソコンをデスクトップに替えます。最近は液晶画面のデスクトップがあるので、それほど場所を取りません。こうしてモニターを目と水平の位置に調節します。こうして頚を垂直に保てれば、頚への負担はかなり減ります。
 次に多いのは、書類を机の上に乗せ、下を見ながらパソコンを打っているケースです。これも下を見なければならないので頚に負担が掛かります。書類ホルダーというアームの付いた書見台をパソコン屋さんで売っていますので、それをパソコンラックの縁に装着します。だいたい千円から二千円です。このように書類の位置をモニター画面と同じ高さにすれば、頚を水平方向に回すだけなので、頚への負担は軽減されて肩凝りが解消します。
 なかには「私は書類のようにペラペラしたものでなく、厚い本を見て翻訳するので、書類ホルダーなど使えない」と、うそぶく人がいます。本には、本用の書見台を売っています。エレコムから出ていて2500円ぐらいです。同じ品物が韓国製でもあり、それは500円ぐらいです。本は重いので、棚板を買ってきて、棚板支えでパソコンラックに装着して使うしかありません。
 こうして頚を垂直に保つ、つまり視線が水平にあるように工夫すれば、肩への負担が軽減します。

 高齢の方でキイボードから文字を捜しながら、「私は、これ一本だけ!」と自慢して、右手の人差指一本だけでパソコンを打っている人。これではキイボードだけを見つめているので、肩が凝ります。モニター画面など見ることもなく、ひたすらキイボードだけを見いれば、頚がヤラレて当り前です。ブラインドタッチをマスターしてください。
 なんですか? 私には、そんな卑猥なもの必要がないですって! 何か勘違いをなさっている。ブラインドタッチとは、キイボードを見ないで文字を打つことなのですよ! 日本語で言えば「メクラ打ち!」。あっ、差別用語があったようですので言い直します。視覚障害者触りと言えば分かり易いでしょう。つまりキイボードを見ずに、モニター画面を見て打てれば、頚を垂直に保ったままでパソコンが使えます。決してイヤラシイものではありません。しかし、お父さんの一本打ちでは難しいのです。これは左右の手で、位置を決定させて打たねばなりませんから。一本の指では目標がないので、どのキーを推すか予測がつきません。
 以上が北京堂で指導している肩凝り治療で、これを指導して書類ホルダーを買った患者さんは、もう二度と北京堂の敷居をまたぐことはありません。

 本当は頚椎症になったらパソコンなど打たず、横になって頭を布団に密着させているのが、頚に一番負担が掛からない方法なのですが。そうも行かないと怒られますので。

 次に多いのは読書。寝ながら読書する人に多いのです。寝ながら読書といっても、仰向けに寝て読書すればよいのですが、うつ伏せになって読書するので、犬型読書になって首を痛めるのです。仰向けで、手を伸ばして読書しましょう。何!さっきの父さん。手が疲れるって! なるほど、では小さなガラス製の机を買ってきます。その机に本を開いて伏せ、机の下に潜り込んで本を読みましょう! 何ですか! 確かに楽だけど、本が暗いって! 電気スタンドを使いなさい!

 これにてパソコンと読書は解決。
 以外と多いのが枕なのです。枕を新しいのに替えたため頭痛がしたり、肩が凝ったりする人がいます。枕は座布団か子供用の枕を使います。高い枕は、昔の人がチョンマゲを結っていたとき、チョンマゲが崩れないように高い枕を使っていただけなのですから。チョンマゲは中国人の習慣ですから、日本人には合わないでしょう。

 まだ肩が凝りますか! 父さん、パッチワークですか! それを作って人にあげるのですか! 残念ながら裁縫や編物も下を向く作業なので、頚に負担が掛かりますから、肘を机に着けて、目の高さに持ち上げて縫ってください。

 ほかにも碁とか将棋で、下ばかり見ている人にも起こります。できるだけ水平を眺めるようにしましょう。

 どうも昔の人は、下向きの作業が身体に悪いことを経験的に知っていたようです。それが証拠に、製図用の机は斜めに作られています。現在ではパソコンで製図するため、製図用の机がなくなりましたが、昔は少しでも頚の負担がなく製図できるように、下を向かなくてもよいように斜めの製図机がありました。
 どうしても下を向かなくてはならない人は、一時間ぐらい作業をした後は、20分ぐらいは別の仕事をして水平を見るようにしてください。

 また、それでも下を向いて仕事をしなければならない人は、頚の牽引器、ムチウチ症のポリネックなどを使って頚を支えると、それだけでも効果があります。手で顎を支えてもよいですね。  鍼治療で頚筋を緩め、携帯式牽引器でヘルニアを引っ張り、椎間孔を広げる。そして頚に負担をかけない。どうしても下向きになるような仕事ならば、机を高くしたり斜めにする方法を考えたり、パソコンに書類立てをつけたりなど、職場環境を整える方法を一緒に考えます。
 それからもう一つ。日本で宣伝されている首牽引器(
ネックストレッチ)は、説明書の使い方がすべて間違っています。中国の説明書を読んでみると、離れた方が前だと書かれているのに、箱の写真はいずれも離れた方を後ろ、チューブの繋がった方を前にしています。これでは顎ばかり上に挙げられ、かえって悪化するでしょう。ただしい使い方は、接着面が前になります。普通の頚牽引器も、頚の後ろを引っ張る挙げるようになっており、顎を引っ張り上げるようになってはいないのです。恐らく、中国語を読めない社員が、翻訳者に翻訳料を支払うのが惜しく、適当に説明書をでっち上げたために、こうした間違った使い方が広まってしまったものと思われます。
 似たような柔らかい「矯正ストレッチ」なるものも買ったんですが、同じメイドインチャイナでも、これはいけませんでした。頭が引っ張られるのではなく、頚が締まるだけでした。

 最も推奨するのは、北京市大祥新材料技術公司の新人牌頚速康、携帯用・頚椎牽引康復器です。3本のチューブが着いており(以前は2本だった)、全体に空気を送って柔らかく膨らんだら、一番上のチューブを閉鎖して顎があたるところに、それ以上の空気が入らないようにして柔らかさを保ちます。そして下の空気袋だけにポンプで空気を送って牽引します。少し複雑で、値段も高いのですが、これを最も推奨します。推奨品はチューブが横に着いており、右を下にさえしなければ、仰向けにも横向きにも寝られます。これの価格は207元でした。1元は17〜18円ぐらいと思います。
 最もダメなのは北京科学アカデミー大学を卒業した張さんが作ったという商品です。今まで見たこともなかったのですが、北京の大葯房の2階で見つけました。使い物になりませんが87元でした。日本では1900円で売っていたと思います。もちろん日本語でなく、中国語の説明書が付いていました。この Dr.エアー補正ストレッチは、牽引効果が無くて首が締まるだけでした。
 インターネットで検索したところ、ビッターズとかユーワークスという会社が牽引器を扱っていました。もし東京や大阪など、大都会の人ならば、東急ハンズの健康グッズ売場へ行けば、2150円で手に入ります。ネックストレッチは上の写真と同じもので、首の締まる恐れもなくキチンと牽引してくれますが、使い方を前後で誤っています。最近は、腰と頚を同時に牽引する機械も売っているんですねぇ。場所取りますけど、長持ちしそうです。ハルピン医科大学の実験によると、一日30分以上の牽引でないと、効果がないようです。だから10分や15分の牽引では意味なし。それから頚の筋肉がギュウギュウ引っ張っているのに牽引しても、療法が対抗しあって伸びませんので、できることなら鍼をして頚筋を緩めてから引っ張ってほうが効果的です。
 アルコール類は、いけません。特にウイスキーは、水割りを飲んだところ一発で悪化しました。

 一般に鍼したあとは、飲酒、運動、セックス、冷え、ネギなど刺激物を食べる、腹を立てたり心配事をするなどは厳禁です。

 このようなアドバイスをした結果、慢性の肩凝りに悩まされる患者さんを大幅に減らすことができました。これは私が長年、翻訳者としてやってきた経験、それに頚の解剖構造などを検討して得た結論です。こうした生活の工夫をしなければ、鍼だけしても肩凝りが良くならず、ひいては「鍼は効かない」という風評が立つことが恐く、治療法を公開しました。これは鍼が嫌いな人でも、十分に肩凝りを軽減させる効果があります。ぜひとも試してください。
                                                    北京堂鍼灸ホーム