胃下垂の鍼

  by Asano Shu   


 胃下垂を鍼で、簡単に治す方法を開発したので紹介します。
 胃下垂の治療に来られる患者さんは、食事をとらないで来てください。
 方法は緑書房の『難病の鍼灸治療』を参考に改良しました。

 『難病の鍼灸治療』の胃下垂治療を要約すると、28〜32号、7〜8寸の長鍼を使い、巨闕から刺入して左肓兪まで斜刺し、ゆっくり抜鍼する方法が書かれています。もう一つは、右承満穴から左天枢へ斜刺し、同一方向に鍼を搓り、それ以上は鍼が回らなくなったら、左手を胃の下部(大弯)に当てて、鍼で引き上げながら、掌で胃を押し上げるという方法が書かれています。もう一つの体鍼には、天枢から4寸の長鍼を気海へ向けて斜刺する方法です。

 最初の治療法の治癒率が、後者の方法に比較して、やや高いようです。
 私が最初に治療したのは、28〜32号、7〜8寸の長鍼を巨闕や承満、鳩尾などから胃へ向けて斜刺する方法です。
 その結果は、骨盤にあった胃が臍の上まで戻り、食欲も出て食べられるようになりました。今では患者さんに感謝されていますが、後日談として、この治療は非常に苦しかったけど、胃下垂を治してもらえるもんだと思って耐えていた。いまでは食べ物がおいしくなって、喜んでいるとのことでした。その患者さんは、痩せてガリガリだったのですが、普通の体型になりました。すこし血中脂肪が高いそうです。
 この治療が、どのくらい苦しいものか判りませんでしたが、その後は2個所に治療所を開設しました。するとある日、再び痩せた患者さんが来て「胃下垂がひどくなって、忘年会だというのに飲食がほとんどできない」と言われます。さあ困った。ここには7〜8寸の長鍼はない。あるのはせいぜい4寸の中国鍼(日本鍼の3.5寸、10番に相当)だけだ。しかたがない。それを使おう。膀胱に鍼が当たったときのことを考えて、患者に排尿させる。

 胃を探ってみると、はるか骨盤の下に堅いシコリがある。その膀胱辺りにあるのが胃だろう。4寸の鍼では、巨闕や鳩尾から刺入しても胃壁まで達しそうにないので、左天枢から刺入することにした。胃壁に鍼が達した感覚があったら一方向に鍼を回し、胃壁を鍼体に巻き付ける。胃壁を引き上げ、力を入れるには10〜20番ぐらいの太い鍼が適している。そして左手を骨盤の上へ置き、強く押さえて胃の下部(大弯)を支え、右手で胃壁の巻き着いた鍼を少しずつ引き上げながら、左手の手掌で胃の下部(大弯)を胸に向けて押し上げる。長鍼を使った場合は腸を傷付けている恐れもあるので、そのまま1時間ほど仰向けのまま休んでもらい、胃が元の位置に戻らないようにベルトをきつく締めてもらう。初日は、それで帰ってもらった。

 1週間ぐらいして、また来たが、あれから物が普通に食べられるようになったとのこと。胃の位置を探ってみると、臍の下に堅いシコリがある。どうやらそれが胃らしい。この患者のために7寸や8寸の鍼を用意してきたが、表面に当ててみると胃を貫いてしまう。治療は、かなりきつかったろうと聞いてみると、ぜんぜん辛くなかったとのこと。どうやら短い鍼を使ったので、身体に与えた損傷が小さいためだろう。7寸や8寸の鍼では胃を通過してしまいそうなので、やはり前に使った4寸鍼を使い、今度は左太乙辺りから鍼を刺入して、胃壁に鍼を巻きつけ、臍の下で膀胱の上ぐらいに左手を当てて「ウンコラセ、ウンコラセ」と引き上げると、胃は臍の上に来てしまった。ああっ、こんなに早く胃下垂が治ってしまっては、私が患者さんに、たいした治療もしてないと思われる。そこで左承満から臍の上にある胃へ向けて刺入し、左手を胃の下部(大弯)に当てて引っ張ると、胃は完全に正常な位置へ上がってしまった。もうそれ以上、挙がりようがない。ベルトで胃が下がらないように押さえようにも、胃は遥か上にある。そこで両手を胃の下に当てて、自分の手で胃が戻らないように押さえてもらうことにした。そのまま1時間休憩。

 患者さんは、また胃下垂が再発することはないでしょうか?と聞いてきたが、最初に治療した患者さんが8年ぐらい前だったので、今も再発してないようだから、たぶん大丈夫でしょう。と答えておいた。本人は、心配だからもう一度来ると言っていたが、未だに3回目の治療を受けに来ないので、恐らく再発していないのだろう。
 このようにして2日の診療、3回の治療で、胃下垂はキレイに治ってしまった。

 今まで『難病の鍼灸治療』を見ても「7〜8寸の長鍼は持ってないし、よう使いこなさん」と考えていた鍼灸師の皆さん。3.5寸の鍼で、刺入する穴位を徐々に移動させながら少しずつ引き上げれば、身体に与える損傷も少なくて患者さんの苦痛も少なく、うまく胃下垂を治せることを発見し、自慢しいの私は、是非この方法を追試してもらい、私の鍼治療技術を誉めてもらおうと発表しました。

 これを嫁に報告しましたが、嫁は「なんで胃下垂やと食欲がのうなるんや」と聞く。そこで胃が上にあれば、胃に入った食べ物は下の十二指腸へスムーズに送られるが、胃が臍より下にあれば、胃がU字管の下にあるようなもので、胃に入った食べ物は上の十二指腸へ押し上げねばならん。それが簡単じゃあないので、胃に入った食べ物は出てゆけず、胃の容量分しか食べられないことになる。「胃壁に鍼を巻きつけて引っ張りあげるとは気色の悪い治療法やの。だけど胃下垂で痩せてる人は滅多におらん。むしろ太っている人が多い(嫁もデブである)。胃下垂で食欲がなくなるのなら、逆に臍の下から上向きに鍼を入れ、胃の上を手で押し下げて胃下垂にすれば、デブは痩せるわのう。そんな胃下垂を治すなど患者の少ないこと考えんと、もっと銭になるようなことを考えなあかんわ」と嫁は言う。

 もしかすると嫁と同じ考えの同道もおられるかもしれません。しかし痩せるために健康な人を病気にするというのは、如何なものでしょうか?ちなみに嫁に従って胃下垂を起こすとしましょう。その結果はどうなるのか?以下は仮定です。

 では逆に、天枢から胃に向かって刺入します。「あっ、胃に当たった感触があります。念のために、もう少し入れましょう。あれ、鍼がドクドク動いていますね。では引っ張りますよ。せいの!あれ、患者さん動かなくなっちゃったな。顔色も紫色になっている。息もしていない。まったく死んだフリの上手な患者さんだなあ」で終わりです。

 実は、巨闕とか上腹部の穴位を上に向けて刺入するのは厳禁なのです。垂直あるいはチンコに向けた斜刺でなければ危険なのです。その理由は心臓に当たる可能性があるからです。中国では巨闕を上に向けて刺入する医者があったりして(文革のためロクな教育を受けてなかったため解剖知識がない)何人も死んでいるのです。脾臓に当たっても肺に当たっても都合が悪いのです。なぜ心臓に当たると死ぬかと申しますと、心臓だけなら死にませんが、心臓は動くため肺との摩擦を防ぐように心嚢という袋(心膜)に包まれています。心臓は収縮するだけで、広がるときは自然に元に戻っているだけなのですが、心臓から出血すると、心臓が拍動する度に心臓と心嚢の間に血が溜り、心臓が血で圧迫されて広がらなくなります。つまり心嚢の中で心臓が縮んだままになってしまうのです。
 日本の鍼なら細いから心臓に刺さっても大丈夫という人もあります。心臓の壁は厚いので、細い鍼ならば出血せず、あるいは死ぬことはないのかもしれません(この辺りは経験不足なもので)。しかし心臓に鍼を刺したからといって、治療効果が期待できるわけではありません。それに胃下垂に使う鍼は結構太いので、それが心臓に刺されば確実に出血するでしょう。したがって人工的に胃下垂にしようなどという考えは、道理を考えれば非常に危険なことなのです。以上、嫁を陰で批判して終わり。

 追伸。これを載せたあと、患者さんからえらい反響がありました。前の男の患者さんは、それから半年後、「また、あまり食べられなくなった」とのことで、再度の来院をしました。本人の言うことには、40kgだった体重が50kg台になったとのことでした。半年後のときは、胃の下部(大弯)が臍の少し上にあったので「あまり下がっていませんが」と言ったのですが、本人が治療してくれと言うことで、ミゾオチ部分まで戻しました。上にあったため、1回の治療で、よくなったようです。その後、岐阜、宮城、東京と、相次いで患者さんが訪れました。岐阜の人は、胃の下部(大弯)が臍の横にあったので、「えっ、これで胃下垂?」と思いましたが、遠くから来られたので治療しました。後の2人は、骨盤ぐらいまで胃の下部(大弯)が下がっていました。しかし、最初に私が治療した現地人(島根県人)が、一番程度がひどかったようです。もう恥骨あたりまで下がっていましたから。ですから東京の人は、若い女性だったため、もし恥骨あたりまで下がっていたら、肝心なところへ手が当たってしまうのではないだろうか?と焦りました。しかし2人とも、そこまで下ではなく、まあ骨盤の中でした。岐阜と宮城の人は、若い男性でした。個人的な趣味はともかく、若い男性は腹筋が強いため、老人や女性と違って胃の下部(大弯)を支えにくく、中央の腹直筋を避けて、腹横筋から腹直筋を挟むような感じで胃の下部(大弯)を支えないとならないので、非常にやりにくいことが判りました。いままでは50代の人しか治療しなかったのですが、若い人は腹直筋が堅いということが判りました。これではベルトのようなもので支えようとしても、腹直筋が梁のように持ち上げるため、ほとんど効果がないでしょう。また「腹筋を鍛えれば胃下垂は治る」と言われたそうで、ますます強力な腹筋をしているのです。
 この男性2人は、1回の治療で胃下垂が治ると思われていたようで(私が誤解を招くような書き方をしましたが、この治療法のオリジナルである『難病の鍼灸治療』には3回で1クールと書いてあり、胃下垂治療の第1号患者さんは6回ぐらい。ここに書いた第2号患者さんは3回治療をし、半年後に1回治療しています)、後は胃下垂治療用の鍼を渡し、近くで後2回の治療をしてもらうように申し渡しました。最後の東京の人は、すでに次の飛行機を予約してきたとのことで、私が最後まで治療することになりそうです。
 1回の治療で胃の下部(大弯)が3.5cmぐらい上がるようです。ですから1度に10cmとか20cm上昇させるのは、無理と思います。それから、やはり胃壁を貫いた後、胃壁を巻き付けて引っ張るのは、きつい治療らしいです。これがきつくないという人は1人、きついという人は3人なので、やはり、この胃下垂治療はきついという結論になりそうです。胃壁を引っ張って胃が上がるのならば、胃カメラに風船をつけて胃内で膨らまし胃袋を引き上げたり、胃カメラに鈎爪を付けて胃袋を引き上げるという治療法も成立しそうな気がします。ただ胃下垂といっても、胃が下垂しているわけではなく、伸びているだけなので、風船の膨らまし療法は、引っかかりがないかも。
 東京の女性は、「NHKの番組で、足底に鍼を打って胃下垂が上がる番組を見た」と言っていました。もし足底で胃下垂が治るなら、すごいことだなと思います。それが本当なら、私がやっている「胃壁に刺鍼したあと、胃壁を巻き付けて引き上げる」などという方法とは、電話線とブロードバンドの違いぐらいあるのではないでしようか?まさに魔法のような方法です。私も「足三里に刺鍼すると胃液が出て、蠕動運動が活発になり、陽陵泉へ刺鍼すると胃液が出なくなって、蠕動運動が静まる」というのは読んだことがあるのですが、「足の裏で胃があがる」というのは初耳でした。胃提という奇穴があり、それが胃を引き上げる新穴だから胃提と名付けられたというのは、15年前の奇穴の本に載っていたような気がします。NHKさんの情報提供を期待します。こんなに反響があるのなら、ほかの治療法も、もう少し調べてみようかな。

 あれから早いもので、1週間がたちました。東京の女性が2回目の治療にやってきました。嫁のフン公さんが、治療前にマジックで印を付けたら何cm上がったか判るといい、「確かに」と思ったので、マジックで印を付けました。そうして治療を始めますと、臍の下3cmぐらいのところに胃の下部(大弯)がありました。調子を聞いてみると、胃が軽くなったとのこと。この人は胃拡張もあるとのことで、いくらでも食べられるそうです。そこで鍼の長さを当てて胃の位置を確かめ、肋骨の縁から胃へ刺入し、引っ張り上げました。一回目はスッポ抜けたので、2回目は慎重にゆっくりと引き上げました。すると急に胃が上がって、ミゾオチに収まってしまいました。

 1度の治療で、3回刺鍼して引っ張ります。今回は2回の刺鍼で上がってしまい、ちょっと鍼の長さが長すぎると感じながらも、3回目の刺鍼を鳩尾ぐらいから刺入し、「ウンコラセ、ウンコラセ」と引っ張り上げました。まあ、とりあえず完治しました。後は半年後に、少し下がっているかどうかです。
 今回、マジックで印を付けたため、新たに判明したことは、1回で3cmぐらいずつ引き上げていたと思っていたのですが、実際に印を付けて測ってみると、今回は7〜8cmぐらい上昇していました。前回は、かなり下にあったので、印を付けると肝心な部分が見えてしまったかもしれません。ただ最初にあったと思われる位置から測ってみると13cm上がっており、ということは最初に3cmぐらい上昇したと書いたのは目分量の誤りで、実際には5cm上がっていたので、3.5cmぐらい上がるというのは間違いでした。それから2回目の治療は、最初の治療のようにしんどくなくて、楽だということです。
 それから左手でも押し上げると思っていたのですが、臍の下にあるときは力ずくで左手を使って押し上げるようなのですが、臍から上だと鍼がスッポ抜けた瞬間に、胃がゴロゴロ動いて勝手に上がっていったような気がします。もしかすると前回は本当に力ずくだけで上げたので5cmしか上がらず、今回は勝手に胃が上がっていったので7〜8cmも上がったと考えられます。
 あと判ったのは、患者さん本人に胃を支えてもらうと、腹筋が堅いので腹筋を押さえてしまうことです。これでは胃の下部(大弯)を押さえるのではないので、あまり意味がありません。やはり治療者が腹直筋の脇から胃の下部(大弯)を支える方が確実なようです。
 しかし『難病の鍼灸治療』には治癒率4割で、著効率4割、合計8から9割なのに、私は結果の判らない岐阜と宮城を除くと、3連勝してしまったのでしょう?これでは難病じゃなくて、簡単病になってしまう。得意な坐骨神経痛が8〜9割の治癒率、五十肩だって何年かに1人ぐらいは完全に治らない人がいるというのに。もしかすると胃下垂は、鍼がメチャクチャに効く病気なのではないだろうか?
 というわけで東京の女性は、2回の治療で完治しました。

 その後、1回だけ治療した宮城の男性からもメールをもらいました。1週間ぐらい下痢気味になったとのことですが、どうも胃が前の位置に戻ってしまったようだとのこと。やはり1回の治療では、あまり効果がないのかな? まぁ私的には、胃下垂治療用の特殊な長鍼を渡し、1度ほど治療を受ければやり方が判るので、県内とか隣接県ぐらいで後2回の治療を受けてもらいたかったのですが、なかなか地方では、こうした現代中国の鍼灸治療みたいなことを試して見る人は少ないようです。確か原文では、2週間だったか20日後に2回目の治療をしていたと思います。あまり間隔が開くと、前の効果がなくなってしまい、2回目とか3回目で上がらなくなってしまうのではと心配です。今までの人では、治療後に下痢気味になったと言う人はいませんでしたが、報告してくれないだけかもしれません。でも胃腸の運動が活発になれば、水分を吸収する前に肛門から出てしまい、多量の水を含んで軟便になることは考えられます。実際、中国でやっている痩身治療では、入院患者に刺鍼して蠕動運動を活発にさせ、腸が吸収する前に排出させてしまう治療があるそうです。

 これを見た人は、「胃袋に刺鍼するなんて、大丈夫なんだろうか?」と思うでしょう。
 私も中国の学校で、授業中に先生が、胃潰瘍か何かで胃へ刺鍼するというのを聞いて、自分は絶対にそんな治療しないわなぁと思っていました。
 しかし胃下垂で食欲がなく、ガリガリに痩せた母親の友達が助けを求めてきたとき、「なんとかせにゃあならんわな」と思いました。そして『難病の鍼灸治療』に掲載されていた胃下垂治療を試してみたのです。
 腹への刺鍼を調べてみたところ、腸は壁が薄いため、腸を貫いて腹膜炎を起こした事例は中国であったようですが、胃は壁が厚いので内容物が腹腔へ溢れる恐れはなく、安全なようです。そうでなければやりません。
 それと腹の中央には動脈が通っているので、書いてはありませんが、少し横にずれたところから刺入するとよいと思います。深く刺しすぎて腸を傷つけなければ、腹の皮に沿わせるような感じで入れ、胃に当たったら手応えがあるので、そこで止めれば腸を貫くことはないはずです。こうした方法は、刺入する部位が問題ではなく、胃壁に刺して巻き付け、引っ張ることが重要なようですから、太い動脈のある中央部は避けるべきと思いますし、私は避けましたが、効果があったようです。刺鍼事故に関する本を4冊ぐらい持っていますが、鍼で胃穿孔したため内容物が腹腔へ溢れて腹膜炎を起こした事故は一件もなく、むしろ子供の腕に注射して血液循環が悪くなり、指が落ちたり萎縮したなどの事故が遙かに多かったです(中国では穴位注射も鍼治療と見なされている)。かなり鋭角の斜刺ならば腸には刺さらないのだから、鍼で直刺するよりはよっぽど安全です。
 刺鍼した後は一般に飲酒せず、2時間ぐらい横になって胃の下部(大弯)を押さえないといけません。これが治療より大変と思います。あと時間を掛けてゆっくりと鍼を抜くことがポイントかな。

 その後、広島から兄ちゃんが胃下垂を治療してくれとのことで来ました。この兄ちゃんは臍下5cm、ちょうど腰骨のあたりに胃の下部(大弯)があった。やはり腹筋を鍛えていたので、胃の位置が判りにくかった。胃底(胃底とは、胃の上部)の胃壁を貫いて、鍼を一方向へグルグル回転させ、それ以上回らなくなったら引っ張ると、えらい痛がりようで、1回目の刺鍼して引っ張ったあと少し休み、もう一回巻きつけて引っ張ったらしんどいという。そこで回転を解いて、少し引っ張っただけで終わった。1時間ぐらいして、またやってくれと言うので、また胃壁に刺して回転させ、引っ張った。結局1回と途中まで引っ張って解除した半回、3度めは少し巻き付け方を緩めて引っ張ったら楽だという。巻き付け方を緩めたんじゃ!
 最近は、どうせ胃壁を引っ張るだけだからと経穴に拘らず、胃壁を貫いた時点で止めている。マニュアル通りやると、経穴から経穴まで透刺しなくてはならないので、上の胃壁も下の胃壁も貫いてしまい、胃の串刺し状態になると思う。だから胃上部の胃壁(胃底部)を貫いたところで鍼の刺入をやめ、胃の中に鍼尖がある状態で回転させている。結果は臍上2cmまで下部が上がったのだが、この兄ちゃんは肋骨が協会の尖塔のような形をしているので、そんな細いところに胃が収まったままかいなと心配だった。少し無理があるのでは?
 この兄ちゃんは、「胃下垂で正常な位置に胃がなければ、そこには何があるのでしょう」と聞くが、調べると胃の上部は肝臓と脾臓に挟まれているらしい。兄ちゃんは、次までに臍の上間での胃を保っていられるのだろうか?しかし、こののような理論のない治療、なんぼ効果があっても、どうかなと思う。やはり、どこか足のように別の場所へ鍼を打つと、胃がスウッと上がるなどと神業的なことができればいいのだが……。 

質問:胃検査で胃下垂であることが判明しました。以前このHPで「鍼で胃を持ち上げる」ことが書いてありました。
 最後に:これを書いてから、2003年ごろから胃下垂の人が多く治療に訪れ、なかにはスイカを2個も送ってくれ、後で電話がかかり、胃下垂も頭痛も治って、全て順調ですと連絡をいただいた江戸川区の某さんなどがありました。それまで連絡がなかったので、治ったかどうかサッパリ判りませんでした。
 そのあとも順調に治療し、もう10人ぐらい治療し、全員が臍より上に揚がりました。 新たな発見は、
 @生まれつきの胃下垂は、胸郭のミゾオチが鋭角になっていることが多く、完全に正常な位置まで揚がらない。臍上10pぐらいまでで我慢する。
 A胃下垂は、鍼で一度上がると、最低半年は元の位置を保っている。
 B骨盤から胃が出ると、女性では手で押し上げているだけで胃が揚がってくる。ただし、3時間ぐらい圧し続けなければならない。
 C胃が重いのは、背中の凝りや頚の凝りも関係していることがある。
 D胃の位置が判らなければ、一杯のお茶を飲み、振動を与えればポチャポチャいうので判る。
 かなり胃に鍼を絡みつけるのはきつい。だから手加減もする。胃を引き上げるときは、時間を掛けて、鍼がすっぽ抜けないようにする。
 正直言って、胃下垂の鍼は、治療は一時間ですが、胃を押さえるのに3時間ぐらいかかります。暇な治療所向き。
 最初は怖かったけど、これまで胃に鍼を刺して、死んだ人や、調子の悪くなった人はなし。
 力ずくで揚げるのは、泥臭くて、何の工夫もないのですが、胃提に刺しても、刺しただけでは胃が揚がらなかった。やはり鍼を絡ませて引き上げないとダメみたい。
 腸に刺さると、内容物が漏れて、腹膜炎になると本に書いてあるので、胃壁に刺さったら止めること。胃に刺さると手応えがあり、患者も胃の重苦しさを訴える。
 関東で、胃下垂の治療をする鍼灸師はいないようです。神戸では弟子がやるかもしれませんが確信なし。ちなみに、手や足に鍼を打つ治療をした患者さんがありましたが、胃下垂には無効だったそうです。臍まで上がれば、手で押しても揚がるので、やはり物理的な力が必要なのでしょう。
 胃下垂についての質問は、非常に多いので、Q&Aにも載ってます。

 このあと、知り合いの娘さんが腰痛で来ました。そこの妹が、胃下垂がひどくてミイラみたいだったので、一緒に来た母親に「妹のほうは、胃下垂じゃないかと思って、治療する必要があると思ったので、最近は自信が付いたので連れて来てください」というと、「あんた、何言ってるね。あのあと病院で検査してもらって、胃下垂の治療をしてもらったがね。もう胃下垂も治って結婚し、子供までおるよ」とのこと。胃下垂で治さねばならないと気になっていましたが、まさか治していたとは思いませんでした。難病の鍼灸治療に記載されたオリジナルでやったので、かなりしんどかったことでしょう。
 この姐ちゃんは、なかなかの美人で、「使用前と使用後の写真を持ってきてください」と母親に頼んだのですが、その場では「いいよ」と言っていたのに、一向に持ってきてくれません。そこで胃下垂の治療前と治療後の写真はなし。実を言うと私も、ミイラのような治療前の印象しかなく、普通の体になったところを見ていないのです。もしかすると、どこかであったかもしれませんが、治療したのは彼女が十八九のとき、私が現在出遭ったとしても、まったく気づかないでしょう。というわけで島根県では三人の胃下垂を治療しており、その全員が十年しても再発していないことがわかりました。
 ああっ、ちがいました。おっさんだけは四年前の治療なので、二人が約十年間再発していないことがわかりました。
 患者さんは、ほとんど関東方面の人なので、「あとで結果を連絡してください」というのですが、ほとんど連絡してくる人はいません。
 二人だけ治ったことがはっきりしています。一人は江戸川の人で、今年の納税のときに医療費として申告するので、領収書をくれとのことで連絡がありました。治療費は3500円×3で、一万円ちよっとなので、どうでもいいそうですが、飛行機代が40000×3=12万とのことで、それを申告したいとのこと。調子は、いまだに快調らしいのです。それと治療完了して、すぐに電話して来た人があり、その人は心配性で、うちに来るまで、米子駅に着いてからも三度も電話して来た人で、一回だけ治療した人なのですが、「帰ったら、いくらでも食べれるようになったのですが、いくら食べてもいいのでしょうか?」と電話してきたので、治ったことが判った。長期間の効果は不明(この患者さんは、千葉県の人で、東京へ引っ越したら再びやってきました。一年間は治っていたようですが、健康診断で中性脂肪が高いと診断され、ダイエットしたら再び胃下垂になったそうです。その人は落ちやすいようで、一ヶ月に一度ぐらいは、胃下垂治療に来ます)。しかし、三回治療した人は、胃下垂だけは治っているようです。

 患者さんと話しているうちに、後天的な胃下垂があることが判りました。後天的な胃下垂は治しやすいです。
 以前は胃下垂の患者は、すべてが本当の胃下垂だったのですが、最近では何人も、胃下垂でないのに「胃下垂の治療してくれ」と来る人が多くなりました。水を飲ませて胃の位置を確認すると、どう考えても正常位置にある。「どこの医者が胃下垂だと言ったのですか? レントゲンありますか?」と聞くと、急にオドオドして「いえ、医者には行ってないのですが。行かないと行けませんか?」という。「なぜ自分が胃下垂だと思うのですか?」と聞くと、「症状を見ていたら、自分にピッタリなので、胃下垂だと思いました」という。
  胃下垂を治療して判ったのですが、胃下垂のような胃もたれや食欲不振があっても、胃下垂とは限らないのです。胃下垂患者の中には、胃下垂治療によって胃が正常な位置になっても、胃もたれや食欲不振の症状が消えない人があります。そうした人は、首や背中の悪くなった自律神経失調症になっているのです。
  最初は私も不思議でした。確かに胃がミゾオチまで上がっているのに、胃のもたれる位置が臍の上になっただけで、やはり症状は変わらないという。お姐ちゃんだったので、からだを触りまくって調べたところ、まあだいたい首と背中が悪いのではないかと当たりをつけてはいましたが、やはり首や背中がカチカチになっていました。
  首の前には星状神経節という自律神経があり、迷走神経も胃に行っているので、首が凝ると星状神経節や迷走神経が圧迫されて、胃が重く感じるのです。また背中には自律神経がないのですが、背骨の裏側には自律神経節があります。その同じ分節(同じ高さ)にある背中の筋肉が凝ると、その筋肉内を通る神経を圧迫し、その神経が前の自律神経に影響します。自律神経は内臓神経なので、胃腸の働きがおかしくなります。
  たとえば老人には便秘が多く、中国医学では「気が衰弱してウンコが押し出せなくなる」といっていますが、そうした老人は腰が硬く、大腰筋へ刺鍼して大腰筋を緩めてやれば、すぐに便秘は治ります。中国医学で説明付けると「腰は腎の府だから」となりますが、実は背骨の前側にある交感神経節から胃腸に神経が出ており、その神経が命令を出して胃腸を動かしているのですが、大腰筋は背骨と腸の間にあるので、その神経を締め付けてしまいます。「ばかなこと言うな。神経が締め付けられれば痛むじゃないか!」と思われるかもしれませんが、それは知覚神経のこと。知覚神経は痛みを感じる神経だから痛みを感じるわけで、聴覚神経の痛みは耳鳴りとなって現れ、運動神経の痛みは筋肉のピクピクとなって現れるのです。
  つまり自律神経が少し圧迫されると興奮し、胃腸の動きが活発になって下痢となります。まれですが若い人で、腰痛になった途端に一日7回もの下痢が襲ってきたという人があります。少数ですが、腰痛で大腰筋や腰方形筋が痙攣した途端に、下痢が始まる人があります。しかし、大部分は神経の信号が筋肉の圧迫によって遮断され、腸に「動け」という命令が伝わらなくなるために便秘になるのです。だから大腰筋刺鍼は、老人性の便秘にもよく効きます。
  とにかく、このように背中や首の筋肉が凝ると、自律神経を圧迫し、胃が重く感じたり、蠕動運動しなくなったり、蠕動運動が過敏になったりします。その結果、胃に入った食物が消化される間もなく排泄され、そのために太らないので「自分は胃下垂でないか?」と悩む人が結構います。しかし、そうした人は首や背中への刺鍼で治るもので、胃下垂治療する必要はありません。
  当ホームページが胃下垂治療を書き始めたのは四年ぐらい前からですが、最近は胃下垂でない胃下垂患者が増え、そうした症状は胃下垂の治療でなく、背中や首への刺鍼でよくなるもので、そうした治療は北京堂に限らず、どこの治療院でもやってくれるので、ワザワザ交通費使って北京堂まで来る必要ないものだということをお知らせします。
  確かに、胃へ直接鍼を入れるなどということは、恐ろしくて「自分は殺人者になりたくない」と思うので、経験がなければ治療できないようです(私の弟子も恐れてやらないそうです)。ですから胃下垂とレントゲンで確認された人は治療しますが、最近は勘違いが多いので、確定診断された人のみ治療を受け付けます。
  この胃に鍼を巻きつけて引っ張り上げる治療法は、胃が骨盤内の恥骨まで下がっていれば三回、臍より5cmぐらい下だと2〜3回、臍と同じ高さか臍より高ければ一回で正常な位置に引き上げることができます。要は胃を引き上げればよいようで、経穴は関係ないようです。胃提という奇穴もありますが、そこに刺鍼しても全く胃は上がらず、奇穴図譜などを見てみると、やはりそこから刺鍼して胃に刺し、引き上げるというものでした。だから中国では、何十年も昔から、少なくとも奇穴図譜が出版されたのは1980年代でしたので、そのころには中国で胃を巻きつけて引っ張り上げるような治療が行われていたということです。危険がなかったら六寸の鍼を使うようになったと思います。
  うちの治療法は、まず水を飲ませて胃を揺すり、ポチャポチャ言わせて位置を確認し、そこから10cmぐらい上方へ刺鍼して、すぐ横に寝かせて腹膜に沿わせて下へおろし、胃に刺さった感触があれば、同じ長さの鍼を当てて胃壁に刺さっているかを確認し、それから同じ方向へ鍼を回して胃壁を鍼に巻き付け、ゆっくりと上に引き上げる方法です。腹直筋は厚いので、鍼を回転させるとき邪魔になりますので、左側の腹直筋を避けた位置から刺鍼します。コツは、あまり熱心に治療しないことです。なにせ痛いので、いかにして力を抜くかがポイントになります。そりゃあ強く絡ませると鍼が抜けにくく、強く引っ張ったほうが上がるでしょうが、それでは治療されるほうも大変なので、顔色を見ながら回転の力を止め、顔色を見ながら引く力を加減するという具合です。途中で巻き方が足りず、胃壁からすっぽ抜けたりしますが気にしません。もう一度刺し直して、引っ張りなおします。
  まあ、あまりたいした病気ではないので、真剣に治療しようという人もいないでしょうが、やせ細って生理もない。食べたら吐き出さないと苦しくてやれない。そうした胃下垂の人もあって、親も自分たちより早く死ぬのではないかと心配している。
  現に、私が昔治療した娘さんも、健康になって姉より早く結婚し、子供を生んでいるという事実をみると、やはり、お医者さんも重症の胃下垂を治す手術なり方法を考えなければならないと思います。私の思うには、鍼で引っ張ったぐらいで上がるのだから、胃カメラの先に風船をつけて、それを胃の中で膨らませて引っ張れば、胃を引き上げることができるのではないかと思います。どないだ?これ。かえって胃が膨らむので悪化する? なるほど。
 いまのところ治療経験が増え、一回の治療で治る人が多くなりました。三回かかる人は、あまりいません。なかには引き上げた後、1〜2ヶ月しか持たない人もあります。その人は千葉から通ってくるのですが、最初は一年ほど持っていたらしいのですが、医者から「血中脂肪が高いからダイエットしろ」といわれ、ダイエットしたら調子が悪くなったそうです。臍下5pぐらいまで下がっていました。一回で正常位置に戻ったのですが、また1〜2ヶ月すると下がってきて、胃のもたれなどが始まるそうです。だんだん早く治るようになってきて、この間は一回、しかも短時間の治療で上がりましたので、普通料金で治療してしまいました。手間が要らなかったからです。
 現在の技術では、一回で十pほど引き上げられると思います。それから胸の厚い人なら、腹筋を鍛えれば治るようです。胸と恥骨が同じ高さであれば、腹筋を鍛えても効果がありません。胃下垂が治れば、腹腔内に脂肪が溜まり、胃下垂が治るようです。しかし、胃下垂を治すと、おいしく食べられるので、血中脂肪が高くなる副作用があります。一番最初に治療した人は、その後の十年ちょっとで正常体型になり、血中脂肪が高くなりまして、そのあと言葉が出なくなりました。そんな状態だと母から連絡があり、すぐに脳梗塞を疑って、病院へ行き点滴をして事なきを得たようです。もっとも70を過ぎてますから、当然のことといえば当然ですが、胃下垂を治すと血中脂肪が高くなる副作用があります。
 北京堂が東京へ移転し、島根県時代のように二ヶ月に一人の胃下垂患者でなく、毎日のように胃下垂患者を治療するようになりました(ほんと、しんどいわ)。現在は、自分では胃下垂治療がシンドイので、弟子にやらせようとしています。弟子は毎日のように胃下垂治療を見ており、一日二件の胃下垂治療を見たりしています。それ以上は、ちょっと無理です。
 内弟子と外弟子の二人が、胃下垂を引き上げるところを見ていますので、そのうちに「胃下垂治療は鍼で」という時代になってくるのではないかと思います。一応、3回やった胃下垂治療の治療効果は、ほとんど100パーセントに近いのですが、自律神経の働きが悪いと、胃のもたれる位置がミゾオチになり、臍下から変わっただけで、もたれることは一緒だということになります。そこで自律神経失調症の人は、自律神経失調症の治療も併用しなければなりません。それは3回ぐらいかかります。
 胃下垂は、食道が伸びて胃が下がっていると思われるでしょうが、実際には胃が伸びるため底面が臍下にあり、ミゾオチから臍下まで胃が広がっています。だから期門あたりから鍼をブチこめば、必ず胃に当たるので、そんなに難しい治療ではありません。うちは、どちらかというと、五十肩や坐骨神経痛の鍼灸院ですので、鍼灸院の皆さん、挑戦してみてください。中国では提胃を使って、古くからやられている治療法ですから(といっても何十年の歴史しかないけど)。そうして胃に強い刺激を与えることにより、胃が縮んで、上がってゆくのです。
 なお私が開発した短い長鍼を使う胃下垂治療というのは、むかし提胃というツボを使って胃下垂治療がされていた方法と、ほとんど同じだということが判明しました。それも四寸鍼を使いますが、胃を巻き付けるか巻き付けないかの違いしかありませんでした。私は、胃を巻き付けたほうが刺激が強いので、うまく上がると思います。中国では60年代頃から、こうした方法で胃下垂治療がされていたのですね。
  関東方面では北京堂鍼灸百合ヶ丘、横浜では北京堂鍼灸生麦、関西方面は二天堂鍼灸
で、この胃下垂治療をします。

      北京堂鍼灸ホーム