鍼の効く疾患は、血液循環障害による疾患です。
これは、どういうものかというと、血液の循環が障害されて起きた疾患です。
 つまりリウマチの痛みやヘルニアの痛み、骨疎鬆症などは骨の疾患なので、いくら鍼麻酔で有名な鍼であっても一時的な効果しか無く、たぶん三日ぐらい痛みを和らげる程度でしょう。

 血液循環障害による疾患とは、例えば脳卒中とか神経痛の痛みです。
 脳卒中は、脳の血流障害によって発生した疾患なので、頭皮へ刺鍼することで頭皮の血流を改善し、その血管が頭蓋骨内へも繋がっているために出血の吸収を速め、翌日にも脳内出血が消えてしまいます。
 だから脳出血には頭鍼という形式が成り立ちますが、ただし程度問題。
 大きな出血では、脳の血流が遮断されます。そこで脳は血が回ってこないため、心臓の鼓動を強くして血圧を上げ、血を回らせようとします。ところがいくら心臓ポンプの鼓動を強くしても、パイプである血管が漏れているので血液は回ってきません。
 それでもポンプの鼓動を強くするので、さらに血圧が高くなりますが、血は破れた血管から、どんどん外へ溢れ出します。
 脳は頭蓋骨に守られ、さらに硬膜に覆われて、髄液という液の中に浮いています。つまり出口なし。その出口のない脳外部に、どんどんと血が高い圧力で入り込んできますので、脳は血でどんどんと圧迫されてしまいます。ところが脳は硬膜に包まれているので、脳外に注ぎ込まれた血液は出口がない。まあ心臓が心膜に包まれているため、心臓に穴が開くと、心臓から出た血が、心膜と心臓の間に溜まりますわなぁ。心臓は収縮して血を送り出しているので、広がるのは弾力性で広がっているわけです。ところが心臓と心膜の間に血が溜まると、その血に圧迫されて心臓が広がらなくなり、心停止となってしまいます。これは私が『刺鍼事故』という本に書いた、世にも恐ろしい出来事でありますわなぁ。心臓タンポナーゼと言います。まあ、覚えにくければアンネタンポンと覚えておいてください。
 これと同じ状況が、脳血管の破れた脳では起こっているのです。つまり脳硬膜の内部で脳と血液が押し合いへし合いしている。そうすると脳硬膜は、風船のように膨らんで(文学的ですわなぁ)、その圧力の逃げ場を求めて探すのです。
 頭の穴というのは決まっていますわなぁ。だいたい目玉の穴か耳の穴です。だから脳味噌が目玉や耳の穴からボトボトと外へ押し出される。
 これは極端な例ですが、こうなった状態を脳ヘルニアと言います。
 なに? ヘルニアは腰骨だろう。 あかんたれっ! あるべき所から出れば、すべてヘルニアなのだ。だから社会の窓が開いていれば「社会の窓が開いている」で済みます。しかし、そこから肌色のものがはみ出していたら「社会の窓が開いている」だけでは済みません。鼠径ヘルニアといいます。
 まあ、こうした緊急事態となったら、まず脳圧を下げなければなりません。
 アホな私が考えるには、髄液減少症のように腰椎あたりから髄液を抜いて、とりあえず圧力を下げる。また降圧剤を点滴して、血圧降下させる。それぐらいは考えますわなぁ。
 鍼灸が対象にするのは、だいたい出血量が50ml以下で、出血の圧力による脳壊死が起きない状態を治療します。なにしろ鍼のように些細な道具を使うので、ノミやノコギリ、ドリルなど無縁だからです。そんなにドギツイことができない。
 頭皮毛細血管を拡張して、その皮下にある血管の循環を活発にしようというのだから、頭蓋骨から離れた深部の出血には、手の下しようがありません。つまり頭蓋骨内側のクモ膜下出血に最も効果があるという頭鍼。
 中国で鍼治療といえば、ほとんどが脳卒中治療です。もっとも中国では、脳卒中のことを、発病が速いために中風と呼びます。風邪のように急激に症状が現れるからです。また脳卒中では、手足が振るえることが多いので、それが風に吹かれて揺れる小枝に似ているからです。

 日本では、いくら脳卒中に鍼の効果があるといっても、一般的なのはレントゲンでも判らない神経痛でしょう。
 例えば五十肩や坐骨神経痛、腰痛のような。また急性の寝違いやギックリ腰などは一発で治ります。来たときは杖をついてきていても、また頸を回すことが出来なくても、鍼を抜いた途端に自由に動けるようになり、頸を回すことが出来るようになるのです。もっとも、こうした急性症状に対する一発効果がなければ、恐らく鍼は廃れてしまっていたでしょうが……治癒率は100%です。
 脳卒中の鍼治療は、鍼をした翌日には出血がなくなっているので、視覚的にはよい教材です。しかし神経痛ではMRIで見ても、治っているかどうか判りません。

 鍼で治る痛みは、血液循環障害による痛みです。つまり筋肉の痛み。
 筋肉の痛みかどうか知るためには、自覚症状に頼らなければなりません。
 原則として、血流が悪くなると痛みが増すのです。

@お風呂に入ると、痛みが和らぐ。
温めると、その部分の温度が異常に高くなるので、その熱を血液で他所へ持って行くために、血液循環が良くなります。だから温めて痛みが和らげば、まず血液循環障害なので、鍼治療の対象です。中国医学では「温まれば血流が良くなり、冷えれば血も凝固する」といって、曇りや雨など、寒い日に鍼治療してはならないと書かれています。血流です。

A酒を飲んだ翌日に、痛みが悪化する。
酒を飲むと血液循環が良くなるから、痛みが悪化するはずがないと思いたいのが人情です。
確かに酒を飲むと、人間の毛細血管が広がって赤くなり、体温も上がります。しかし、そのあとで寒気を感じます。
これはアルコールが発熱し、熱を逃がすために体表の血管が広がって赤くなり、体温が上がりすぎないように一定に保とうとするからです。しかし脳は酔っぱらっています。つまり麻酔が効いているわけですね。そこで調子に乗って体温を放出していると、予定の体温より下がってしまう。「これはヤバイ、これ以上に体温が下がったら、死んでしまう」と、脳としては体温放出を止め、慌てて血管を閉めにかかるのです。そのときに鍼で広げた血管まで閉められてしまうのです。それで鍼の治療効果はストップ。
 このときに体温が下がりすぎるから、寒気を感じるわけです。飲んでなければ雪の中でも凍傷になるだけなのに、飲んでいると凍死してしまうのは、アルコールが入ると血管を閉めず、体温が下がりすぎてしまうからなのでした。それで中国医学では「飲んだものに鍼するな! 鍼したあとに飲ませるな!」と諫めています。これも血流です。

B寝ていると、夜中や明け方に痛みが出る。
寝ていれば、使っているわけでなく、むしろ休めているのに痛みが出る。これは非常に不思議です。
実は、人間は夜行動物ではなかったのです。だから日中にエサを探すなど動き回り、夜はおとなしく眠っていたのです。動き回るとなれば、心臓は馬車馬のように動いて、手足に血液を送り込み、十分な酸素を供給しなければなりません。しかし心臓も休息しなければ疲れてしまいます。そこで手足を動かす必要のない夜間には、心臓の鼓動が穏やかになり、血圧も低くなります。すると収縮した筋肉には、筋肉に血管が押さえつけられているので十分な血液が供給されず、酸素不足となって筋肉が硬直し、神経を締め付けて痛み始めるのです。これも血圧が低くなると血流が悪くなるから起きる現象です。

C運動したあとは痛みが悪化する。
これは筋肉が収縮していると、その筋肉内の血管が圧迫されて血流量が少なくなり、その少ない血液から運動に必要な酸素を取り込むので、結果として運動すればするほど血液や酸素不足となり、筋肉収縮が強くなって神経を圧迫するため、痛みが悪化するのです。だから縮んでしまった筋肉は、それに見あう血液量の運動しかできないのです。これも圧迫された血管の血流量が少ないから起きる現象です。

D台風が近づいたり、低気圧になると痛みが増す。
台風が近づいたり、気圧が低くなると、腰痛や頭痛の起きる人があります。これも血液循環障害です。
まず台風が近づいたり、低気圧になると、気圧が下がります。すごい。私はスゴイ!
周りの気圧が低くなると、血圧が一定なので、血圧に押されて血管が広がります。血管が広がれば、血が流れやすくなって、血圧は下がります。
「なんだ、血管が広がって、血が流れやすくなれば、いいんじゃないか」と思います。
太い血管の中を血液は流れますが、中には筋肉で圧迫された血管もあります。ところが血液は、そんな圧迫されて狭くなった血管など通らず、気圧という周囲圧力が減って通りやすくなった血管のほうを流れるわけです。
つまり、これまで筋肉に圧迫されて、他の循環路と2:3で流れていた血液が、他の循環路が広がって流れやすくなったため1:4とか1:5で流れるようになるわけ。血も水ものですから、流れやすいほうを流れますわなぁ。
すると今まで、少ないながらもある程度の血液が供給されていた収縮筋肉ちゃんは、血液が流れないので酸素不足となり、ますます収縮する。すると神経が圧迫されて痛みが悪化する。これも血液循環ですわな。

こうした症状に心当たりがあれば、それは鍼を縮こまった筋肉へ入れて緩めることにより、圧迫された神経と血管を開放し、治癒できる疾患ということですわなぁ。

次には鍼による副作用を解説します。

@鍼すると、その酸素不足筋肉を緩めたときに、酸素不足筋肉から不完全燃焼物が放出され、それが腎臓から尿となって排泄される間、なんとなくだるい感じが続きます。でも3日で治まります。これは運動による疲労物質と同じ物なので、夜はグッスリと眠れるはずです。これが鍼の副作用の一です。これを瞑眩反応と呼んだりします。

A鍼すると体温が37℃ぐらいに上がり、身体がだるくなることがあります。これは鍼に免疫力を高める作用があるためです。身体に鍼が入ってくると、身体は鍼を異物として認識し、攻撃しようとします。そのために体温が上がる人もあります。これが副作用の二です。やはり瞑眩反応と呼んだりします。

B三十代の女性で、鍼をすると痕が赤くなり、痒くなる人があります。これは免疫と同じく、鍼を異物として認識したためで、金属アレルギーと呼びます。3日ぐらいで治まります。金属アレルギーの女性には、金メッキ鍼を使うと良いのですが、メッキ鍼というか金鍼は効果が薄くなります。これが副作用の三です。やはり瞑眩反応の一種でしょう。

C治療中ですが、気分が悪くなったり、吐き気がしたりすることがあります。これは鍼すると、瞬間的に血圧が上がりますが、そのうち血圧が下がってきます。つまり刺鍼部位の血管が拡張するため、血圧が下がって脳への血流量が少なくなるわけです。早い話が脳貧血ですわなぁ。暈鍼と呼びます。対策は、返し鍼とか、いろいろあるわけですけど、これも副作用の四です。これは暈鍼と呼び、瞑眩反応とは言いません。

D鍼したところが、逆に痛くなることがあります。これは慢性の痛み、特に3年以上の痛みを治療するときに発生することが多いです。私の所に来る患者さんも「鍼へ行ったら、そこが逆に痛くなっちゃったんですよ」という人がいます。「それで、どうしました?」と聞くと、「だから恐くなっちゃって、ここへ来ました」という。「それって、たぶん治せる鍼灸院だったんですよ。残念なことをしましたね」
もちろん、こっちは痛みが出てからなんで、それからは皮を剥ぐように治ってゆきます。おいしいとこ取り。
たぶん、私が痛くした患者さんも、他所で取っているんだろうな。
これは筋肉が収縮し、極限まで痛みが強くなったとき、そこを通過すると筋肉が神経を圧迫しすぎて、神経が麻痺して感じなくなり、痛みが和らいでしまうのです。それを治療して筋肉を緩めると、神経が復活して痛みパルスを発生し続けるので、痛みが逆に強くなります。
こうした状態は、ふつうは治療を始めた最初や二回目に多いです。しかし異常に年数を経ている場合は、最初に治療しているときは変化が無く、6回目ぐらいになってやっと痛みを感じてきたりすることもあります。
こうした痛みは、一回か二回ほど続きますが、それ以降は暫時好転します。
この間も十年前、ふくらはぎの痛みでQ&Aに質問を載せていた人が尋ねてきて、2回目の治療で激しく痛くなって十日ぐらい歩けなくなり、3回目では少し痛いぐらいでしたけど、4回目からドンドンと好転して、ふだんの生活には支障がないようになりました。
本人曰く「あのときは悪くなったので治療を止めようかと思ったけども、続けていて良かった」とのこと。痛みの激しくなったときは、メールが来て説明、説得しました。
治るときは、一遍に治らないもので、悪くなった過程を逆進するように治って行くものなんですね。だから鍼をしたところが痛くなれば、それは治る兆しです。
これは瞑眩反応とは呼びません。一般に好転反応と呼びます。これから好転してゆくのですから。
ただ残念なのは、「鍼したら痛くなったので、ここに来ました」という人の多いこと。6回ぐらいは、様子を見てから結論出しても遅くないだろうと思います。そのために治るかも知れない近くの鍼灸院を捨てて、遠くの鍼灸院へ行き、そこは痛みから始めるので楽なこと楽なこと。

以上は、鍼灸適応症の見分け方でした。

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